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すくうもの 〜令和怪奇跡〜  作者: ももすけ
第4部 追慕編
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エピローグ 届きますように



「あのさー、やっぱゼッタイおかしいよ」



 古梶荘の食堂で、サトルたちは朝食のカレーを食べながら談笑している。カチャカチャと食器の擦れあう音に混じって、魅人が切り出した。



「ボクら、なんで大部屋で寝てたんだろ。男女で部屋別々だったよね?」



「おれバカだからよくわかんねえけどよ、枕投げでもしてたんじゃね?」



「おい、ちょっ、真島。喋るのはちゃんとゴックンしてからな。飛ぶのよ、カレーのライス」



「ぷっ! サトル、ゴックンて……。カレー吹きそうになっちゃった、あぶないあぶない」



「……あー、笑ったと言えば明璃、寝てたとき半目開いてたぞ。小さい頃のままだな」



「ちょっ、ンなコト今言わなくていいでしょうが!」



「じゃ、じゃあ、わたしも禅院くんに寝顔を見られた……?」



「樫見さん、顔赤くして大丈夫ですか? カレー、辛いですか?」



「あ、先生。カレーじゃなくて、その……」



「花子さんもメリーさんも帰ったみたいだし、そもそも昨日なにしてたんだっけ? ずっと夢を見てたみたい」



 他愛のない会話に盛り上がっていると、オーナーが何度も頭を下げ平謝りしながらやってきた。



「いや、申し訳ありません。暖炉のススがお見苦しくて……。しかも床にも散らばってて」



「んー、たしかに。せっかくのきれいな食堂に目立つよね」



 魅人はわざと頷いた。いつも食堂をきれいにしているのがわかるから、気にしないと言ったほうがかえって失礼と思ったからだ。



「食べ終わったら手伝いますよ、お掃除」



「いえいえ、とんでもない! お客様の手を煩わせるワケには……」



 扉の開く音がすると、オーナーはペコペコと頭を下げるのをやめた。サトルたちも思わず食べる手を止める。来客なのか、大きな足音を鳴らしながら食堂に近づいてくるのがわかる。



「じいさんはここかァい!?」



 大声と同時に食堂の扉が開いた。入ってきたのは、尖ったサングラスが似合う背の曲がった小さなおばあさんだった。



「まったく困ったモンだよ。ラジオで倒木で帰れないって聞いたのに、そんな跡はこれっぽっちもない!」



「ば、ばあさん。ほら、見て、お客様がおるんじゃが……」



「ありゃま、ホントじゃないか。ようこそ、古梶荘へ。あだしゃ真のオーナーだよ」



 オーナー婆はサングラスをとって、サトルたちにウインクをした。



「ぶーッ!」真島はカレーを吹いた。



「ウワーッ、汚ねえぞ真島ァ!」



「しかしまあ、近くで死体が見つかったってニュースになったのに、よく来たモンだね。なにが目当てだい、カネはないよ」



「ばあさんや、強盗なワケなかろう」



「じゃあ、あだしかい?」



「ばあさんや、カラダ目当てなワケなかろう」



「なんで急に夫婦漫才始めるの!?」



「予約して頂いたときは、ご一行は天体観測って言ってらしたわい」



 サトルら生徒は一斉に小林先生のほうを見る。先生はキョトンとしたあと、何度も首を縦に振った。



「ここいらなんて木が鬱蒼としてるのにねェ。まあ、なんでもいいわさ。じいさんや、アレの材料買ってきたぞい」



 オーナー婆はビニール袋を広げ、細く割った竹や針金を見せてきた。



「それ、なににするんです?」



 明璃がオーナー婆に尋ねた。



「これと書道の紙とかと合わせてな、熱気球を作るんじゃ」



「熱気球? なんでまた」



「……語ると長くなるが、いいかい?」



 明璃はテーブルを一瞥して、皿の上になにもないのを見ると、大きく頷いた。オーナー婆はサングラスを外し、イスに腰掛けた。



「……あだしらはここの近くの出身でね。名前は乙筒木村おつつぎむら、今はもうダムの中。そこではかつて、おぞましい出来事があったのさ」



 オーナー爺は黙って食器を片付ける。わざと音を立てるように。



「十年に一度、中秋の名月の日に行われる狼神様への生け贄……。それも、人の子供を捧げていた。あだしと同い年くらいの娘をね」



「……それが当たり前の時代ではなかったハズですよね」



 小林先生の顔が険しくなった。



「そんなモノがいたのかもわからないのにね。だけどやっていた、それがあだしらの当たり前だったから」



 オーナー爺が食後のお茶を用意してくれたが、誰も手をつけなかった。



「それから少し経って、村が沈むときた。大人たちは喜んで受け入れたよ、こんな村に住まないで済むって。高度経済成長様々だって」



 オーナー爺はスス掃除を始めた。徹底して聞きたくないようだった。



「移り住んだ土地で、じいさんが提案したのさ。中秋の名月の翌日に、追悼してはどうだって。ね?」



「大人どもは聞こうともせんで、自らの行いを忘れたがっておりました」



「だからね、あだしらだけでも忘れないようにっていう戒めで、勝手に始めただけさ」



「……ふたりは移住先でずっと暮らさなかったんですか?」



 サトルは真剣な眼差しを向けた。



「あんな村でもね、好きだったんだよ。忘れがたき故郷だもの。だから村を沈めたダムの近くに、このペンションを建てたのさ」



「望郷の念、ですか」



「ああ。それじゃあね、あだしは作ってくるよ」



「もうひとつだけ訊いても?」



「なんだい?」



「材料、ふたつぶん作れますか?」



 サトルは材料を受け取り、オーナー婆の手本通りに竹ひごで熱気球の骨組みを作った。



「作りたいだなんて、ムリに年寄りに付きあわんでもいいのに」



「いや、興味があったので」



「なるほど。天灯てんとうなんて、たしかに珍しいかもしれないね」



 骨組みの底に小さな綿を針金で固定して、骨組みの周りに習字で使うような和紙を数枚つなげる。これで小さな熱気球の完成だ。



「外国のお祭りみたいに、ほんとうはもっと大きなものを作りたいんだけどね、山の中だから仕方ない。さあ、外に出るよ」



 オーナー婆の歩調に合わせ、サトルたちも後をついていく。その間、明璃がサトルの隣につき、尋ねてきた。



「ねえ……もしかして、覚えてる?」



「ちゃんと覚えてるよ。宿題やんなきゃいけないってコトくらい」



「それじゃなくて。昨日の出来事」



「ああ……。どうだったかな」



「あっそう」



 サトルはとぼけたように言うと、明璃は露骨に呆れた顔をした。そしてサトルの油断を引き出すと、何気なくつぶやいた。



「素敵な式だったね」



「そうだな」



 返事をしてから、サトルは驚いて目を大きく見開いた。



「夢じゃないよね。あたしは忘れてないよ、昨日のコト」



「イヤだろ、悪夢を覚えてるのは」



「怖くなかった。サトルがずっと呼んでくれたから」



 明璃は微笑みながら、耳元でささやいた。



「あたしのためにここまで来てくれて、ありがとう」



「く、くすぐったいな……」



「あー! サトルくん耳真っ赤にしてどうしたのお?」



 明璃がささやいた後で、魅人が偶然を装って振り向いた。



「大丈夫、大丈夫。カレーが辛かっただけだから。マジに大丈夫」



 サトルは首筋を掻いているのを尻目に、魅人は肩をすくめる。



「はいはい、そうだね。風にでも当たって……おっと、止んでたか」



 外に出ると、風は吹いていなかった。人の少ない山中らしい静かな時間が流れていた。



「これなら気球を飛ばせるよ」



 オーナー婆は油性ペンを取り、外紙を破らないようにゆっくりと赤羽根ゆかりと書いた。



「鎮魂のために書くんだ。魂が空に昇りますように、ってね。おまえさんは書かんでいいかね?」



「いえ、書かせてください」



 サトルはオーナー婆からペンを受け取り、そして名前を外紙に書いた。



「知り合いかい? まあ、詳しくは聞かんがね。それじゃあ、飛ばすよ」



 オーナー婆はそう言いながら気球を地面に置いて、オイラーに入った燃料を綿に差し、そこにライターで火を点けた。



「わあ、火がきれいですね……」



「ところでサトルくんの、誰の名前?」



「千田、しーっ。ほら禅院さ、小学生の頃に……。なっ?」



「あっ、そういえばそうだね」



「まあ、この名前かは知らんけど」



 サトルも綿に燃料を差し、火を点けると、外紙が膨らんで宙に浮いた。オーナー婆はサトルを見上げ、にっこり笑った。



「年寄りに付き合ってくれて、どうもありがとうよ」



「いえ、これも縁ですから」



 ふたつの熱気球は炎に導かれながら、青空へと吸い込まれていく。邪魔な風はないと悟った熱気球は灯がともる限り、ひたすら空へ、空へ。



「ねえサトル。今日は……ううん。昨日と今日はいい日になったね」



「うん。……そうだな」



 小さくなっていく熱気球を見送りながら、サトルと明璃は静かに祈った。ふたりいっしょに、空の向こうへ届きますように、と――










               第4部 完

ここまで読んでいただきありがとうございました。第5部・残響編に続きます。

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