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すくうもの 〜令和怪奇跡〜  作者: ももすけ
第4部 追慕編
101/133

今は遥けき青空よ①



 樹洞の中は、一面が白に染まっていた。浮いているのか、立っているのか。どこが地面で空なのか。



 独りならば気がおかしくなるのも時間の問題だが、そんな空間にいるサトルと明璃は――



「ちょっと、もう帰れなさそうなトコに飛んじゃったじゃん!」



「オレのせいだって言いたいのかよ!? 横暴だぞ!」



「サトルが木を怒らせたからでしょ、ボケとか言うから!」



「ていうか、半分埋まってた時点で戻れないんだから誤差だろ!」



「どこがよ! 大雑把すぎるわ!」



 顔を突き合わせて、まだ言い争っていた。



「……もう、アンタまで来るコトなかったのに」



「勝手に吸い込まれたんだよ。たとえ明璃だけが吸い込まれても、放っておくワケないだろ」



「……ありがと」



 どうすればいいのかもわからなかったが、ふたりには心細さはなかった。



「おいおい、ワタシもいるんだが?」



「バク……今まで寝てた?」



「まあ、よく覚えていないのはたしかだが。それでここは夢の中か?」



「たぶん。それにしちゃあ、ずいぶん殺風景すぎるけど」



「白紙の夢なら、夢を描き込めばいいじゃないか」



「流行りの歌みたいなコト言うんだな。バクらしくない」



「フフ、こう願うのはどうだ? アカリがメイド服を着てるとか」



「校祭のときみたいに? おいおい、やめろよ。悪ふざけがすぎるよ。引っ叩かれるのはオレだぜ。なあ、あか……」



 笑いながら明璃のほうを見ると、いつの間にかメイド服に着替えていた。



「ゥヮァ……」



 サトルの戸惑いを隠せない反応で、明璃も気づく。



「ちょっと、なにしてくれんの!」



「いやオレのせいじゃねーし!」



「じゃあ、サトルには……」



「おいホントにやめろって、マジに!」



 明璃の悪い笑顔でなにが起こるか、膨らんだ胸元を見なくても確信した。



「また女の子になった気分はどう?」



「もう……サイコー」



「なんだ、キミも気に入ってるのか」



「皮肉だっつーの!」



 ここがどういう空間なのか少しずつわかったところで、また新入りが入ってきた。



「どわーっ!」



「あっ、藍原証悟だ」



 叫び声からして、樹洞に吸い込まれたのは間違いない。ふたりの近くに落ちると、すぐに立ち上がって周りを見渡した。



「ふざけたトコだな。おい、出口はどこだ?」



 証悟はサトルのほうを向くと、自然と学ランの上から膨らんだ胸に目がいった。



「おいおいおいおい! どうなってんだおい!」



「ジロジロ見るなヘンタイ!」



「そこの小娘も、どういうカッコしてンだおい!」



「ジロジロ見るなヘンタイ!」



「同じコト言いやがってッ。つまり、ここは夢の中ってワケだな!?」



 ふたりは怪訝な目をしながら頷いた。



「どうせ脱出のメドも、戦意もねェんだ。好き勝手してやるよ」



 証悟はどこからともなく鉛筆を取り出し、地面に素早くなにかを描き出した。サトルはそれを見ていると、身体の違和感が消えたのを覚えた。



「あッ、元に戻ってる!」



「あたしのブレザーも!」



 サトルの身体は男に戻り、ボロボロになった学ランも爆ぜた靴も、元通りになっていた。ふたりの目から敵意がなくなる。



「礼なんかすンなよ。オレがいなきゃ、ボロボロになってねェんだから」



「フフ、それはそうだ。だがオマエの絵は見事だな。筆舌に尽くしがたい、というヤツだ」



「そりゃこれで食ってたンだから当然だろ。口のお化け、おまえの夢を描いてやろうか?」



「あいにくだが、この生活に満足しているんでな」



「つまらねェヤツだな。……ん?」



 また声が聞こえてくる。証悟が素早く振り向いた先には、白いワンピースを着たゆかりがいた。



「証ちゃん」



「ゆかり……。もう、化けて出てきたのかよ?」



「やっと、証ちゃんらしい姿が見れたから。つい、ね」



「そうか。……そうか」



 証悟の目は人の頃の色に戻り、その黒い瞳からは涙がこぼれた。バクはわざと空気を読まず、そんなふたりを遮る。



「フフ、なあサトル。キミの夢も叶えてもらえよ」



「そうだな。……オレは、ふたりの夢を見てみたいな」



 証悟とゆかりは「いいの?」と言いたげに、サトルを見つめた。



「白紙を自分の色に染められるのは画家だけだろ? それともなんだ、人前で恥ずかしいかあ?」



「……ンなワケないだろ。オレたちの夢、見たけりゃ見せてやるよッ!」



 証悟は鉛筆から絵筆に持ち替え、目にも止まらぬ速さで絵筆を動かす。すると白の世界はみるみるうちに、鮮やかな色合いを伴って彩られていく。



 サトルたちは気づけば、青空と海に挟まれた橋の上に立っていた。



「オレはまだ覚えてンだ、誓い合った幼い頃の夢を。叶わなかった夢を引きずるのはダセェけどな!」



「ううん。わたしはうれしいよ」



「だからゆかり、今叶えようぜ。おまえらも招待してやるよ、オレたちの婚前旅行によ!」



 証悟の喪服がタキシードに、ゆかりのワンピースはウェディングドレスになる。そして、まるで地球儀を回しているかのように景色が目まぐるしく変わっていく。



「ゆかり、おまえにずっと見せたかったンだ。オレが見てきた世界を。まずは香港、100万ドルの夜景だ!」



「わあ……、すごい。夜がこんなに明るいなんて」



 息を呑むほどの煌びやかな夜景。きっと空から見れば、天地がひっくり返ったように、地上の星々は輝いているのだろう。



「「どわーっ!」」



 そんな中で、聞き覚えのある目立つ声がした。真島と魅人の悲鳴だ。空から落ちて、無事に顔面から着地した。



「ふたりとも、大丈夫!?」



「死んだんじゃないのお?」



「やめてよ悠吾くん、縁起でもないよ! ……って明璃ちゃん、無事だったんだね、よかった!」



 落ちてきたふたりは起き上がると、すぐにサトルは事情を説明した。



「吸血鬼と幽霊の新婚旅行……? 奇妙がすぎるよ」



「なんか吸い込まれたばっかりで理解できねえなあ! オオカミたちもどっか行ったし!」



 サトルは証悟のほうを見て、目線で意見を促した。



「今な、ゆかりが月桂樹に取り憑いてンだってよ。なんでもおまえらを吸ったり吐いたりして、かなり体力使ったみてェだ」



「おかげで、カンタンに取り憑いちゃった。オオカミたちも目が覚めたんだよね、証ちゃん?」



「ああ」



 ふたりの声は弾んでいた。夢に描いた新婚旅行を心から楽しんでいるようだった。



「お次は水の都、ヴェネツィア!」



 サトルたちは気づくと、大小色合い様々な建物に挟まれた運河に浮かぶゴンドラに乗っていた。二艘浮かんでおり、証悟とゆかりの乗るゴンドラは金と白を基調とした豪華なデザインだ。



「素敵な街並み……。ほんとにこんなところがあるんだね」



 島々を繋ぐ橋の陰から、もう一艘ゴンドラが現れた。なにやら賑やかな様子だ。



「がんばって漕ぐぞー! おー!」



「いやいや。ちょっと待って、おかしいわよメリー。これ、どうなってるの?」



「禅院くん、紫城さん! よかった……無事に会えて」



「真島さん、千田さん。これでみんな揃いましたね」



 そのゴンドラには樫見と小林先生、花子さんとメリーさんが乗っていた。



「ねえ、落ちてきたボクらとはえらい違いじゃない? 登場の仕方」



「まあまあ。まずは再会を喜ぼうよ、魅人」



「明璃ちゃんがそう言うなら、しょうがないなあ」



 合流したところで、花子さんは驚いた声を上げ、サトルの肩をバシバシと叩いた。



「ねえねえねえ、ちょっと待って! あのタキシード男、吸血鬼じゃないの!?」



「いだだだ。そうだよ、やっと気づいたのか?」



「いや、自然すぎて……。ていうか、気づいたらここにいた時点で不自然のカタマリなんだけど……。ああもう、よくわからないわ。今は敵対してないってコトでいいのね!?」



「だいたいな。ところで新婚旅行ってのはわかった?」



「わかるワケないでしょ! ああもう、しょうがないから盛り上げたるわよ!」



 花子さんは運河の水を操り、太陽に向かって水の柱を飛ばして、心地よい小雨を降らせる。青空にかかる七色のアーチのたもとから白いハトの群れが飛び立つ様は、楽園のようだった。



「わあ……。とってもきれい。ありがとう、えっと」



「花子よ。あなたもきれいね」



「ありがとう、花子ちゃん」



 ゆかりのために、また景色は変わる。証悟は描きながら思った。期待も希望も見捨てたこの世界は、なかなかどうして美しいじゃないかと。それは他に人がいないからかもしれない。



 いやいや、きっと違う。美しいのは、ゆかりが隣にいるからだ。ゆかりこそがオレの命だった。生きているうちに世界を巡れたら、どれほど幸せだっただろう。この旅の終着点で、こう思わざるを得ない。



「証ちゃん、ここは……?」



「……ルーマニアの洞窟の前。オレが死んで、オレが生まれ変わった場所さ」



 いつかは夢から覚めるモノだ。幸せな夢でも、悪夢でも、それは決して変わらない。



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