92話 おじゃまします!
冬草 雪とその母は秋風 紅葉の家に遊びに来ていた。
今度、大阪旅行をするので親同士の顔見せもかねて訪れていたのだ。
この日になったのは秋風の母がスイーツ店を複数経営しているため、滅多に休みがとれないためだ。休日は確かにあるが、それでも普段は店舗のためにと忙しく動き回っていた。
呼び鈴を鳴らすと秋風が出てきた。
「早かったね! こんにちはママさん!」
「お、おう」「こんにちは紅葉ちゃん。今日はありがとうね」
冬草親子が対照的な挨拶を交わし、笑顔の秋風がリビングに案内する。
そこには秋風の母が待っていて、冬草親子の姿を認めると頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました。紅葉の母です」
「も~母さん! 堅苦しいよ! 他人じゃないんだから!」
娘の紅葉が割って入ると母をたしなめる。
「紅葉ちゃんもそう言わないで。お母さんは緊張してるんだから」
「なんでわかるんだよ?」
冬草の母がフォローして娘が突っ込む。そりゃ、わかるわよーと冬草の母が笑って視線を秋風の母に向けてアイコンタクトを取るが、当の本人は頷いて言葉を発してなかった。
どうやら緊張していたのは本当のようで仕草も固い秋風の母親。
しばらくワイワイと言い合いしていたが、秋風が冬草を連れて自分の部屋へと行ってしまった。
「先ほどはありがとうございます。どうも口ベタで……」
冬草の母と2人になると秋風の母がソファーを勧めながら礼を言ってくる。
「い~え。初めての時は緊張しますよね? 私も紅葉ちゃんと2人の時は緊張しちゃって、いつも以上におしゃべりしてたの。変でしょ? アハハハハ」
「い、いえ。そんなこと」
くったくのない明るい冬草の母に、いくらか緊張も和らいだ秋風の母は思い出した様にお茶とお菓子を運ぶ。
「ありがとう。これはご自分で作ったお菓子?」
「ええ。うちの店で出しているクッキーなんです。お口に合うかわかりませんけど……」
「紅葉ちゃんからよくお菓子をいただくから、お母さんのはどれだけ美味しいだろうっていつも想像してたんです~」
言いながらも1枚つまんで一口食べる冬草の母。
美味し~~! と連発しながら平らげ、次の1枚を手に取る。
「とっても美味しい! 娘から聞きましたけど人気があるみたいですごいですね!」
「い、いえ、偶然ですから。今はお客様が来てくれているけど、いつ離れるかわからないし。そうならないようには頑張ってますけど」
「そういう姿勢が紅葉ちゃんから尊敬されているのね! 私も見習わないと!」
ニコニコと笑顔で話す冬草の母にいつしか元の姿になってきた秋風の母。口数は少ないながらも楽しそうに話し始めた。
そんな2人を壁の陰から秋風と冬草は見守っていた。
「ほら、な? 大丈夫だろ? ママって友達がすぐにできるみたいで、パート仲間とよく連絡とってるよ」
「ほんとすごいね雪のママさんは。うちの母は人見知りな方だから」
「むしろよくパティシエやってるな……」
「ふふ。母も頑張ってるから。でも良かった! 仲良くなれそうね」
ヒソヒソと冬草と秋風は話し目を合わせて微笑むと、今度こそはと部屋へそっとその場を離れた。
いつものようにゲームで遊ぶ秋風と冬草。
この日も格闘ゲームの対戦をしているが、いまだ冬草は秋風に勝てたことがない。
密かに冬草はこのゲームで1勝したら、ちゃんと秋風に告白しようと狙っていた。
しかし、いくらやっても勝てる気がしない。あまりにも秋風が強すぎて、にわかプレーヤーな冬草では歯が立たなかった。
親の事もあるし、早々にゲームを切り上げた冬草と秋風。
いつものようにお菓子と紅茶を運んでくると2人で一服する。
この間、冬草が秋風を押し倒してから一緒にいるとスキンシップがずいぶんと増えてきた。
先ほどから秋風が愛おしそうに冬草の唇を指で触れている。こういうときはどうすればいいのかわからない冬草は不動の姿勢で固まっていた。
「ほんとステキ。さわってるだけで胸がドキドキする……」
ウットリしながらふにふにと指で唇で遊ぶ秋風。繊細な指の感触が冬草を刺激する。
えもいわれぬ感覚にこれ以上ダメだと冬草は秋風を押し倒す。
柔らかく温かい秋風を抱きしめながらキスを始めた。秋風も目を閉じて冬草に応じる。
指以上の刺激に、これは気持ちよすぎてマズイんじゃないかと、クラクラする頭で冬草は考えていた。
──夕方。
冬草親子は玄関で見送る秋風親子に別れを告げて帰宅していった。
これまで以上に2人が進展したのを受けて秋風は上機嫌だった。
一方、秋風の母はなぜか浮かない顔をしている。楽しそうに母同士が話していたのを知っていた娘は首をひねった。
「どうだったの母さん? 雪のママさんっていい人だったでしょ?」
「そうね。とっても話し好きで優しい人だった……けど」
「けど?」
真顔で娘の目を見て母が続ける。
「……若かったの! 確かに紅葉から若い母親って聞いてたけど、まだ30代なのよ!?」
「は?」
斜め上の母の告白に娘は目が点になる。
そんな娘の態度を無視して母は、わっと両手で顔を覆う。
「私より7つも下なの! 肌もハリがあって羨ましいぃ!」
「ぷっ、あはははははは! そこ!?」
吹き出して笑う娘が母親を抱きしめる。
性格が合うとかいう以前に年齢差の事を母は気にしていたのだ。十代の娘にはイマイチわかりずらい部分。
母さんも見た目は若いよと娘がヨイショして慰める。
それでも、私の話をフォローしてくれたりして気さくな人だったと話す母に娘は安心した。
これなら家族間で親交を深めそうだ。
経営者の顔もある母には気楽に話せる友達が少ない。ずっと1人で頑張った結果なのだが、娘の紅葉としては恋人の母親と仲良くなれればいいなと思っていた。