93話 お願い!
夏野 空はシュークリームの入った袋を片手に道路を早歩きしていた。
ちょっとした丘にそびえ立つ書院造りの家を見ながら裏手の雑木林へとまわる。
歩きながらも、ひょっとして月夜部長とばったり会わないかなと淡い期待を抱いていたがダメだったようだ。
前に来たときの道順を思い出しながらトコトコと進む。
あのときは裸の木々が白い雪をかぶっていたが、今は青々とした葉が枝について別の世界のようだ。
そういえば、どの季節にあの祠を見つけたんだろうかと夏野は想像を巡らせながら歩いて行く。
やがて目的の祠に着くと辺りを見渡し、お目当ての人物がいるのかを確かめた。
シンと静まったまま誰もいない。風で葉のこすれる音や鳥の鳴き声だけが耳に届いている。
「いない……。キツネさーーーん! いますかーー? お供え物を持ってきましたよ~~~!」
夏野が大声でどこかにいる目当ての人物に呼びかける。上げた手には持ってきた紙袋を揺らしていた。
と、夏野の背後でガサッと音がして影が夏野を包む。
「おい。余はツキネだからな? いいな? あんな獣と一緒にされると困るのだが」
「やった! 来た!」
振り返った夏野は、いつの間にか目の前で立っているツキネの姿を見て笑みを大きくする。
「ごめんなさい間違えちゃって。ツキネさんですよね。エヘヘ」
「うむ。わかればいい」
満足げに頷いたツキネの視線は夏野の手に持つ袋に釘付けだ。
あっ! と思い出した夏野は袋をツキネに差し出す。
「これ、お供えです! どうぞ!」
「おお! なにかすまないな! そうだと思っていたが催促したみたいで悪いな」
受け取りながらも嬉しそうに袋を開けて中の物を取り出すツキネ。
不思議そうな顔をして凝視するその手にはシュークリームが握られている。
「なんだこれは!? えらいふわふわなまんじゅうだな!?」
「違いますよ。シュークリームでまんじゅうじゃないです」
「しゅ…?」
「シュークリーム!」
名前を繰り返す夏野に「しゅーくりーむ……」とつぶやきながらツキネが口にする。
もぐもぐと口を動かしてピタッと固まる。
え!? なにか悪い物でも入ってた!? 夏野は焦る。
「び、美味じゃ~~~!! なんだこれは!? うますぎる! この黄身のトロトロが甘くてうまい!」
叫んだツキネがパクパクとあっという間に平らげ、袋に残っていた最後の1つもむさぼるように食べ尽くした。
「もう終わりか……。こんな美味いものは初めてだ」
残念そうに袋の中を再び確認するツキネに夏野は微笑む。
「気に入ってもらえて良かったです。初めてなんて、ちょっと意外です」
「うむ。月夜は団子やまんじゅう、おはぎにおにぎりばっかりだからな。こんな菓子は初めてじゃ」
「へ~そうですか」
聞いた夏野は、月夜部長が気を遣って和菓子やおにぎりにしたかもしれないなと思った。神様かもしれないから昔からあるものにしていたのかもしれない。
満足そうに指についたクリームをなめるツキネ。どう見ても仕草が動物っぽい。
「なかなかであった。良くやった空よ」
「えっと、ちなみにシュークリームって西洋菓子ですからね? 和菓子じゃないですよ」
「なぬ!? 西洋とな! 驚いた…こんな美味いものが外国にはあるのか……」
なにか衝撃を受けているツキネに、これ以外にもいろんなお菓子があると教えたら余計な混乱を招きそうだ。
そっと夏野は他の種類のお菓子については自分の胸にしまっておいた。
落ち着いたツキネが片眉を上げながら夏野に聞いてきた。
「して、今日は何の用だ? まさかわざわざ土産だけを持ってきたわけではあるまい。月夜じゃあるまいし」
「あっ! そうでした! 実はお願いがあってきました」
「うむ。では早速お参りをしろ」
「はい!」
元気よく返事をした夏野は祠の前に移動し、手を合わせると目を閉じて願いを掛ける。
大阪へ行く部員たちの旅の安全と葵 月夜が自分のことを猛烈に好きになりますようにと。
しばらくして目を開けた夏野は後ろを振り返った。
「どうですか?」
「うーん。最初の願いはわかる。どこか遠出をするのか?」
「はい。今度部員たちで大阪に行くことになったんです。だから安全祈願です」
「なるほど。確かに大阪は京都についで魑魅魍魎が跋扈しているからな。それはわかる」
うんうんと頷くツキネ。いや、ただの旅行の安全なんだけどと夏野は言いづらい顔をしていた。ツキネの他にも化けるキツネがいるのだろうか?
「しかし問題は次だ。そんなに思いつめてるのなら自身で告げればよかろうに」
「それができないから頼んでるんです! お願いします!」
「えっと、いや、しかし、あれだぞ。そうすると我が月夜に間接的に伝えることになるが?」
「ぜひ! 出来れば夜中に月夜部長の枕元に立ってわたしの想いを伝えてください!」
なんとも無茶な願いにツキネは困った。せめて明日雨にして欲しいとか害虫を遠ざけてくださいとかなら良かったのにと、ため息をつく。
だいたい色恋に関してはからっきしなのだ。それに前回、抱き合ったからいいじゃないかとツキネは思った。
しかし、生まれて初めてこんな美味しい物を食べた後だ。むげに断るのも体裁が悪い。
う~んと悩んだツキネはしぶしぶ了解して、なんとか伝えようと夏野と約束をした。
無邪気に喜ぶ夏野を見て、なんとも人は不思議な生き物よとツキネは頬をゆるめた。
「それではありがとうござました! 帰ります!」
「そうか。最後に余の尻尾にはふれなくてよいのか?」
「はぇ!?」
「誤魔化さなくてもよい。さっきからずっと目が尻尾に注がれておる。あまりの視線に火がつきそうじゃ」
ツキネは言いながら尻尾を持って夏野に差し出す。
思わぬ出来事に夏野はエヘヘと照れ笑いしながらツキネの尻尾にふれる。
それは今までさわった中で1番のモフモフだった。あまりのさわり心地のよさに夏野はウットリする。
しばらくなでて満足した夏野は礼を言い、手を振ってツキネと別れた。ツキネは照れくさそうに手を振り返していた。
雑木林から表通りへと出てきた夏野に自転車のベルの音が聞こえた。
「空じゃない!? どうしたの? お姉ちゃんならいないよ?」
月夜の妹の海がママチャリに乗って近くを走っているのが見えた。ついで、倉井 最中もママチャリで海の後ろにいた。
2人は夏野の近くへ来るとママチャリを止める。
「海ちゃんに最中ちゃん! 家に帰るところ?」
「そうだよ。空はこんなところで何やってるの? さっきも言ったけど、お姉ちゃんならいないよ」
「ううん、違うの。この先にある祠に行ってたんだ」
「ああ、あの小さいのね。何にもなかったでしょ?」
「ツキネさんがいたから楽しかったし、お参りしたんだ」
「ウソ!?」
夏野の言葉に驚く海。そんな海のリアクションに夏野と倉井は首をかしげる。
倉井が海に聞く。
「どうしたの海さん?」
「だ、だって、前にお姉ちゃんと行ったときは誰もいなかったのに。てっきりお姉ちゃんの作り話だと思ってた」
「そうなの?」
「うん。気になってたまに行くけど、今まで会ったこと無かったのに……。ズルイ!」
すねた海に倉井は苦笑いをしている。明日、一緒に見に行こうよと倉井は海をフォローしていた。
ツキネは誰とでも会うわけではないんだ。なんでわたしなんだろうと夏野は不思議に思った。
海と倉井は夏野に別れを告げると丘の上へと自宅へ向かう。
2人を見送って夏野は願いが叶えば良いなと家へ軽い足取りで帰っていった。
──翌日。
目を覚ました月夜は枕元に黄色いタンポポの花が並べられているのに気がついた。
そこには、
『ソラハツキヨヲシヌホドシタッテオル』
と片仮名でしるしてあった。
「ヒーーーーッ!!」
起きがけの衝撃で目を見開いた月夜は腰を抜かした!
そのまま両手両足を床につけたままで妹の部屋へ駆け込むとまだベッドに寝ている海へ抱きつく。
「きゃああああああああああーーーーー!!」
ビックリした海が悲鳴を上げた!
「なにかあったの!?」
聞きつけた母が慌ててやって来た!
朝からの騒動に母まで出てくると事態が収集つかなくなってしまう。
悲鳴を上げる海に腰が抜けて立てない月夜。それに怒りの母が怒鳴っている。
やがて落ち着き、月夜が説明しながら部屋にあるタンポポを皆で検証した。
しかし、驚いた月夜がドタバタしていたおかげで、タンポポの列は崩れて一部解読不可能な状態。
結果、「ソ●●月●●死ぬ●●たって●●」と解釈され、誰かのイタズラだろうとされた。
その誰かは謎のままだが。
恐ろしくなった月夜は1人で寝るのが怖くて、しばらく海と一緒にベッドに入っていた。




