89話 こんなとこに?
学校が春休みのこの時期はイベントが目白押しだ。
川岸 水面は、あてもなくローカル電車に揺られながら座席に着いていた。
イ○ンでのイベントが早々に終わり、グループからそっと1人で抜け出してきたのだ。
彼女は大阪を拠点とするアイドルグループに所属し、地方のイベントにグループで遠征している途中だった。
今日のイベントが終わって、次は2日後に別の場所で行う予定だ。
グループのメンバーは自宅のある大阪に帰る派と、このまま安いホテルに泊まっていこうよ派に割れて、イ○ンの控え室ではマネージャーがオロオロしていた。
2つのグループに割れたメンバーは、あーだこーだと言い合いしている。
どっちでもいい川岸はそれを見ていて、こんなことに時間を取られるならと部屋を出てきたのだ。
ちょっと外に遊びに行ってきます──と書き置きを残して。
2両編成の電車はガラガラで乗客は少ない。
だれも川岸に気がついていないようだ。
これでもローカルコマーシャルに出たことあるのに。てか、今もコマーシャルやってるし。なんとなく不満に思う川岸。
大阪なら300人中、1人ぐらいには気づかれる川岸もここでは例外のようだ。
変装していた帽子とマスクを脱いで肩掛けバッグにしまう。ついでにスマホの電源を落とした。
ふぅと息を出して車窓からの景色を眺める。
一面に田畑が視界いっぱいに広がる光景。電車を乗り換えてここまで来たが何もないようだ。
次の駅で降りて少し探検したら帰ろうと川岸は決めて、バッグの中からペットボトルを取り出すと一息入れる。
思いがけない出会いがあるとも知らずに。
□
聞いた事もないような知らない駅に降りる。
改札から出て見た印象はド地方。辛うじてマ○ド○ルドと100円均一ショップはあるが、何もない。
少し先に古めかしいスーパーの看板が見える。駅の反対側の方が栄えているのかもしれないなと川岸は思った。
やばい。これじゃあ探検の前に何もないじゃない!? 焦る川岸。
とりあえずマ○ドに寄り、スムージーとパイを買い、駅前のロータリーを歩き始めた。
と、そこへバスが到着し、客を降ろすと先にあるバス停の前で止まっている。
なんとなく川岸はバスに乗り込むと搭乗券を取って窓際の席に座る。
しばらく待っているとお婆さんやお爺さんが数人乗り込み、バスは荒々しく出発した。
ここって若者はいないの? 自分以外は老人の車内で川岸は大丈夫かなと心配になっていた。
ブロロ…とエンジン音を響かせバスが走る。
ガタガタと揺れる車内。独特の油っぽい匂いが鼻につく。せっかくバスの中で食べようとしていたパイは喉を通りそうもない。
だんだん気持ちが悪くなってきた川岸は、停止ボタンを押して次の停留所でバスを降りた。
ちっともエコじゃなさそうな地方のバスは、灰色の煙を吐き出しながら次のバス停目指し走り去る。
川岸はケホケホと咳をしてから伸びをして新鮮な空気を胸一杯に吸い込んだ。
「はぁ~~~、何もないけど空気だけはウマイ!」
独りごちながらムカつく胸をスッキリさせた川岸は、辺りを見渡して顔をしかめる。
「どこ、ここ?」
そこは山の中腹ほどの場所で、緑色の木々の隙間から眼下に家々の屋根が見える。
道路の反対側にあるバスの停留所を発見した川岸は慌てて駆け寄り時間を確認した。
そこには文字の消えた白い板があるだけだった……
「マジ、最悪!」
一言呟くと川岸は来た道をスムージーを吸いながら歩き始めた。
日も暮れ辺りが暗くなる頃、川岸はやっと平地にたどり着つくと遠くに見える家の明かりに安堵する。
あのバスどんだけ飛ばしてるんだよ! めっちゃ遠くまで連れて行かれたよ! と胸の内で愚痴を言う。
ずっと坂道を下って歩いていたので足が棒のようだ。途中でバスに出会えるかと思ったがそんなこともなかった。
トボトボと田んぼに挟まれた道路を歩いていると、前方に屋根付きのバスの停留所を発見した。
川岸は停留所にたどりつくと誰も居ないベンチに横になり目を閉じた。あまりに疲れていたので休息が必要だったから。
暖かな風が心地よい。そういえば春だなと草の匂いが鼻についた。
こんなことなら控え室にいれば良かった…川岸はぐったりと後悔していた。
──ハッと目を覚ます。
ヤバい!? 寝てた!!
慌てて体を起こした川岸は、すっかり暗くなって月の出ている景色に絶望した。しかも虫の音やカエルのゲコゲコ鳴く声がやかましい。
どうしようもなく座っていると暗闇から場違いなギャルが現れた!
あまりの場違いな光景に川岸はポカンとギャルが目の前を通りすぎるのを見ていた。
この土地に来て、初めて見た同年代がギャル。繁華街ならともかく、こんなところで出会うなんて世の中どうなっているの? 川岸は思った。
ちなみにギャルの正体は葵 月夜。遅番のバイトを終えて帰宅している途中だった。
こんな時間にバス待ちとは珍しいなと葵は思いながら離れていこうとして足を止めた。
そういえばと振り返ってベンチに座っている女性に声をかける。
「すまないが、ちょっといいかな?」
「ふぁ!? へぇ!? な、ななんですか!?」
突然声をかけられ挙動不審になる川岸。しかも思ったよりも背の高いギャルの葵に少しビビる。
「バスを待っているなら、残念だが終バスはとっくに出ていた後だが?」
「ええっ! うそ!? それじゃあ駅まで行けないの!?」
「さらに残念だが、電車も終わっているんだが……」
「はぁあああ!? マジド田舎! 帰れなくなった!」
ガックリとうなだれる川岸。観光に来た人かなと葵は川岸の姿を見て納得する。
「携帯があるなら親か友達に連絡してみては?」
「あっ!? そうだった! 忘れてた!」
川岸は疲れていてすっかり頭から抜けていたスマホの事を思い出し、バッグから取り出して電源を入れた。
起動と同時にブー、ブー、ブーと激しく震動するスマホ。
画面には着信とメールやL○NEが大量に通知されて凄いことになっている。
しまったと冷や汗をかきつつ見るとマネージャーがほとんどだが、メンバーもちらほら来ている。
中には勘違いしてたのか謝っているのもあり、悪いことをしたなと川岸は思った。
気まずいながらも連絡する川岸。1コールもしないうちにマネージャーが出た。
「ごめんなさい! 勝手に外に出ちゃって。みんなに迷惑かけて本当にごめんなさい!」
相手が話す前に謝り倒す川岸。先手必勝で誠意を見せればマネージャーが弱いことを知っていたからだ。
案の定、マネージャーからは心配したと言われ、大丈夫かと体を気遣われた。川岸は怒られずに済んでホッと胸をなで下ろす。
気晴らしに電車に乗ったら知らない所で迷ってしまったと再び謝る川岸。
そこでハタと気がついて、大人しく待っている葵を見る。
「ねえ、ここはどこ?」
「うむ。深原市だよ。ちなみに最寄りの駅名も同じ名前だ」
「ありがと!」
礼を言うと川岸は再び電話を続ける。
もういいかなと葵は背を向けて歩こうとすると、服をつかまれて進めないことに気がついた。
振り返ると険しい顔で相手が自分の服を握っている。絶対に離さない雰囲気だ。
はぁとため息をついた葵は諦めて、相手の電話が終わるまで待つことにした。
通話を終えた川岸がつかんでいた手を離す。
「ごめん。聞きたい事があって待ってもらったの」
「それはなんだい?」
「あなたしゃべり方が変だよ? それは別にいいけど、できれば駅に案内……」
川岸は言いかけて口が開いたまま葵をジッと見ていた。さきほどまでは暗くてわからなかったが、近くでよく見るとすごく綺麗な顔をしているのに気がついたからだ。
アイドルグループに所属していて、カワイイもキレイもよく知っている自分が見惚れるなんて……。
「うむ。駅へなら案内はできるが、この時間に相手を呼ぶともっと遅くなると思うが? 偶然とはいえ何かの縁だ。よろしければわたしの家に来るかい? 明日、迎えに来てもらったほうが相手の負担も少なくていいと思うがどうだろうか?」
「えっ!? 行く! そうする! ちょ、ちょっと待って!」
思いがけない誘いに慌てた川岸は再びマネージャーに連絡して明日、迎えに来てくれるようにお願いした。詳しい話しは後でするからと付け加えて。
スマホをしまうと、川岸は手櫛で髪を整えてから葵に向いた。
すると葵は手を差し出す。
「わたしは葵月夜。君は?」
「川岸水面。今日はありがとう」
はにかみながら川岸は手を出し握手を交わす。思ったより大きな手だな、と彼女は思った。




