87話 紹介するよ!
地元の駅で待ち合わせしていた冬草 雪は緊張していた。
今日は秋風 紅葉とデートだからだ。
たいがいはどちらかの家に遊びに行き、室内デート的なことをしていたが、この日は初めての外出なのだ。
動転していた冬草は集合時間の1時間前には来て待っていた。
ちらりと腕にはまるゴツイ時計を見て、早すぎたと自分の嬉しさ爆発で気の早い行動に冬草は恥ずかしがっていた。
やがて秋風がやってくるのに気がついた冬草に、向こう側から手を振って近づく。
いつもの私服とちがって、今日は気合いが入っているようだ。髪型も含め綺麗に着飾っている。
「早いね雪は、待った?」
「い、いや、待ってないよ」
ニコリとする秋風に照れた冬草が視線を逸らす。ちなみに秋風も10分前には来ていた。
なんだかいつもと違って秋風が輝いて見える。ドキドキしながら冬草は先をうながした。
「じゃあ行こうよ。今日の紅葉はき、キレイだよ」
「嬉しい! ありがと! 頑張って良かった! ふふっ」
照れてる冬草の腕を取った笑顔の秋風が駅の改札へと向かう。
電車を乗り継ぎ、送迎バスに乗って着いたのはイ○ンモール。
巨大な施設の入り口に立ち、久しぶりに見た名前のロゴに冬草は懐かしさを憶えた。
冬草の腕に抱きついた秋風が可愛く聞いてくる。
「どう? ここは初めて?」
「ここはね。埼玉のデカイやつは行ったことあるよ」
「へ~さすがね。私なんか埼玉って聞いてもさっぱり。たぶん同じようなものだから行きましょ!」
秋風はグイグイと抱きついた腕を押して中へと冬草を連れて行く。
前に夏野 空が言っていたことを思い返すに、特別な場所なんだなと冬草は察していた。
賑わう人波の中を秋風が先導していく。よく来ているようで施設に詳しいようだ。
2階へ上がり、ファッションフロアへと向かうとカジュアルブランドで有名な店内へ秋風たちは入っていく。
「ここ、私のお気に入りなの。雪の服を見繕うにはうってつけね」
「えー! あたいは大丈夫だよ!」
「いーの! 雪っていつも黒い服ばっかりなんだもん」
「ぐっ、月夜や空にも同じ事言われた……」
「ほら!」
悔しそうな秋風に、気を良くした秋風が明るい色のコーディネートを始めた。
秋風はラックから服を取り出しては冬草に当てて似合うか見ている。冬草は恥ずかしがりながらもジッとしていた。
やがて数点を選んだ秋風は試着室へと秋風を連れて行く。思ったより大きな試着室がカウンターの後ろに並んでいた。
一緒に試着室に入ろうとする秋風に慌てた冬草が止める。
「おい! なんで紅葉も来るんだよ!?」
「えっ。だって着替えるのを手伝うから」
「1人で出来るって!」
「違うの。私が手伝いたいの!」
「はぁ!?」
驚く冬草を無理に試着室へと押し込み、シャーっとカーテンを後ろ手に閉める秋風。
怯える冬草に、ニコリと安心させるように微笑む秋風が試着用の服を横に置いた。
「雪って細身だからタイト系の明るい服が似合うと思うんだよね。早く脱いで?」
自分の服の胸元をギュッと握った冬草が真っ赤になって声を上げる。
「いやだって! 恥ずかしいから! 紅葉は外に出てろよ!」
「いーじゃないの、ちょっとぐらい! これから嫌でも見るんだから」
「そういうのがダメだろ! 1人で着替えるから出てって!」
ジリジリ迫り来る秋風を胸元を握ったまま片手で制して抵抗する冬草。
2人がもみ合っていると急にカーテンが開かれた!
「お客様、周りにも迷惑になるので試着は静かに1人でお願いしますね?」
そこには笑顔だが目が怒っている店員がいた。
ちょうど冬草の上着を脱がしかけていた秋風は頬を染めてごめんなさいと謝る。
試着室から追い出された秋風は、悶々と冬草の着替えを外で待っていた。
無事に試着も終わり、秋風に褒めちぎられた冬草は照れながらその服を購入していた。
2人は館内にあるカフェでひと休みした後、秋風の案内で1階へと降りていった。
「いい? ここからはマスクを取ってね? あまり他の人に雪の魅力的な唇を見せるのはしゃくだけどがまんしてね」
「なんなんだよ……」
秋風のわけのわからない注文にぶつくさと言いながらも従う冬草。
通路の脇に連れて行き、冬草の身だしなみを整え始めた秋風に疑問を挟む。
「どうしたんだよ? なにかあるのか?」
「この先にスイーツのお店があるんだけど、母の店なの。いつも家だと会えないから」
「マジで!? し、紹介するのか!?」
「そうだけど」
驚く冬草にしれっと答える秋風。
頭をくしゃくしゃとかき混ぜた冬草が秋風に迫る。
「こういうのは事前に言ってくれよ! 心の準備ってのがあるだろ!」
「だって言ったら雪は恥ずかしがって来なかったし」
「行くよ。紅葉の母さんなら会わなきゃマズいだろ? つ、付き合ってるわけだし…」
聞いた秋風は満面の笑みになり、冬草のくずれた髪を手櫛で整える。
「どうしよう、すごくキスしたい!」
「それがダメだって!」
抱きつく秋風に慌てた冬草が押し留める。人目が多すぎて恥ずかしい冬草は顔が真っ赤だ。
グイグイ来る秋風をなんとかしようと、冬草は彼女のおでこにチュッとキスをした。
「これでとりあえず我慢して!」
最初はキョトンとしていた秋風は、やがてニタリと顔を崩す。どうやら効果はあったようだ。
「どうしよう、すごく嬉しい! 初めて雪からしてもらった!」
冬草の腕をギュッと抱きしめた秋風が満面の笑みを見せる。照れた冬草は人混みの向こうを見て誤魔化していた。
今日は事あるごとにキュンキュンする。秋風は2人でお出かけして良かったと心の底から思った。
できれば帰りにキスができれば最高だけど、きっと雪は恥ずかしすぎて気を失いそうだ。その様子を思い浮かべた秋風はクスリと含み笑いをし、先を進んで行った。
秋風の母の店は大人気というわけではないが、常に客がいるような感じだ。
白を基調とした外観にワンポイントのイメージカラーがアクセントになってオシャレだ。
イートインスペースもある店内は広く、ガラスケースに並んだスイーツはどれも美味しそうで、冬草はよだれが出そうになるのを我慢した。
かわいらしい制服に身を包んだ店員に声をかけた秋風は、顔なじみのようで笑顔で話している。
店員に礼を言って秋風は冬草を連れ立って、店のバックヤードへと入っていった。
狭い通路状のバックヤードには大型の冷蔵庫が並んでいる。こんなところは初めてだと興味津々に冬草は観察していた。
その先にカーテンで仕切られた部屋があり、秋風が声をかける。
「母さん! 来たよ! いる?」
「もちろんいるわよ。ちょっと待って」
返事が聞こえ、秋風が冬草にウインクする。冬草はここにきてガチガチに緊張していた。
少し待つとカーテンが引かれ秋風の母が出てきた。スラリとした気の強そうなショートヘアの女性だ。目元が紅葉に似ているなと冬草は思った。
「お待たせ。あなたね! 想像してたよりずっといいわね」
「ド、ドウモ。ハジメマシテ」
カチコチに固まって冬草が返す。吹き出した秋風が緊張をほぐすように冬草の両肩をつかむ。
「この人、緊張してるの。そのうち慣れるから大丈夫」
「うちの娘をよろしくね」
「ア、ハイ」
短い冬草の返事に秋風の母は笑う。またねと言って秋風は冬草を連れてバックヤードから出た。
店でスイーツと飲み物を注文し、イートインスペースへ移動する。
ドッと疲れた冬草はイスにもたれかかって、グッタリしていた。
母の印象も悪く無さそうだし、会って良かったと秋風は安心していた。目の前の冬草は運ばれてきた飲み物を一気にあおっている。
短めの面会は口べたな母に合わせたものだった。いつも口数の少ない母だが、ひょっとしたら雪と同じで緊張していたのかもしれない。
こんどは家族同士で会えないかな? 秋風は次のプランを練り始めていた。




