84話 バレンタイン!
とうとうこの日が来た!
この手作りチョコを渡せば、さすがに鈍感な葵 月夜もわたしの気持ちがわかるに違いない!
夏野 空は気合いを入れて学校に登校していた。
いつもと違い、浮き足立つような雰囲気の教室。もらえるかもしれないと期待のできる生徒はソワソワし、全くあてがない生徒は呪いの言葉をブツブツと口ずさんでいる。
友チョコをクラスの友人たちと交換した夏野は、机に戻ると本命を昼に渡すか放課後に渡すかで悩んでいた。
そこに春木 桜がやって来る。
「空はもう配ったの? はい、これ!」
「ありがとう! これはわたしから」
春木は五〇チョコ、夏野はチョコボ〇ルを互いに交換し合う。さすが親友だけあって、互いの好みをわかっている。
「空は本命チョコ渡したの?」
「ううん、まだ」
首を振った夏野はため息をついた。春木は机に座ると夏野の髪をくしゃくしゃする。
「あの部長は当たって砕けないとわかんないよ?」
「うー、わかってる」
両手を握って夏野は覚悟を決める。やっぱり早い方がいいと夏野はフンスと鼻息を出し、春木は笑って応援していた。
昼休みなり、お弁当と袋を持った夏野が部室に入る。
そこにはすでに葵を始め、冬草 雪に倉井 最中、なぜか秋風 紅葉もいた。
しかも、岡山みどり先生と岩手 紫先生カップルもいて勢揃いだ。
一同を見て緊張してきた夏野。
ヤバイ…渡す自信がなくなってきた。焦る心とは裏腹に笑顔を作って夏野は葵の隣に座る。
先手必勝と誰かが話しかけてくる前に夏野は行動した!
袋から特製チョコを取り出し葵に差し出す。
「つ、月夜部長! こ、これを!」
「おー! ありがとう空君! 嬉しいなぁ~」
笑顔の葵が受け取る。
あれれ? と夏野は葵が思ったのと違うリアクションに疑問を感じた。
どう見ても特別なリボンをつけた豪華なチョコの箱で、告白したも同然なのに普通に喜んでいるだけだから。
「いやぁ、空君がわたしの誕生日を知っていたのはビックリだけど嬉しいよ!」
「え!?」
逆に驚いた夏野が声を上げる。変だなと思った葵が問う。
「違うのかい? てっきりお祝いかと思ったんだが…」
「そ、そうですよ! お祝いです! 驚いたのはみんなが祝ってないからで、1人だけでいいのかなって」
「なるほど、確かに」
エヘヘと誤魔化す夏野の言葉に葵がお弁当の用意をしていた他の人たちに視線を向けると、皆は目を逸らす。
慌てた倉井がパチパチと手を叩いて祝福してきた。
「おめでとうございます月夜部長!」
つられて冬草たちも拍手をしてオメデトーと続けた。
照れた葵が後ろ頭をかく。
「ありがとうみんな。誕生日がバレンタインデーと同じだからか、昔からチョコのプレゼントが多くてね。1度でいいから本命をもらいたいものだよ」
ハハハと笑う葵に、メチャ本命なんですけどと夏野は睨み、冬草たちは呆れて見ていた。
ちなみに秋風は豪華そうな特製チョコを冬草に送り、紫先生はオシャレな小箱に入ったチョコをみどり先生に渡していた。
逆に冬草は板チョコを秋風に、みどり先生はマカロンを紫先生に渡す。
彼女たちの親密な関係に夏野と倉井は羨ましそうに見ていて、葵は自分の誕生日なのにイマイチ盛り上がりのない雰囲気に心の中で泣いていた。
ちなみに友チョコは全員で交換し合っていた。
結局、チョコは渡せたが思うような効果も出せずに終了してしまい、夏野は肩を落とした。
これでは今まで通りで何も変わっていない。しかも、葵部長は早生まれでほぼ同い年だったのが判明しただけだ。
ガックリした夏野が昼を終え教室に戻り春木に報告すると、笑いながらもなぐさめてもらえた。
とりあえずはチョコを渡せただけでも良しとしておこう。
夏野は気持ちを切り替え、休み時間になるとトイレへ向かった。
「空ち~ん! いた! いた!」
廊下の向こうから金髪をなびかせ茜先輩が早足で向かってくる。
何事かと夏野が待っていると近づいた茜先輩が、人気キャラクターのクマPの形をしたかわいいチョコを差し出してきた。
「はい! バレンタイン! もち本命!」
「いただきますけど付き合いませんからね? これ、友チョコですから。勘違いしないでくさいね?」
しかたなく受け取りながら、いつでも渡せるようポケットに入れていたア〇ロチョコを茜先輩に押しつける。
「やった~! まさかもらえると思わなかったよ~。やっぱり空ちんは優しー!」
「わたしはちゃんと本命を月夜部長に渡しましたから。一歩前進だから邪魔しないでくださいね?」
「ええー!? マジで~!? ガッカリだよ~~」
ガガーンとショックを受けた茜先輩が後ずさると、頭をガックリと下げてトボトボと背中を向けて歩き始めた。
諦めさせるために盛った言い方だが間違ってはいないはず。遠くなる茜先輩に少し可哀想だなと夏野は思った。
放課後──
校門で待ち合わせしていた倉井は、下校している生徒たちの中に葵 海の姿を見つけると微笑んだ。
「ずいぶん待たせてゴメンね最中」
「ううん。そんなに待ってないから大丈夫だよ」
謝る海に首を振ってニコリとした倉井が並んで歩き始める。
たわいもない会話をしながら2人は倉井が通学で使っているバス停に向かって行く。
自分たち以外の生徒がいないくなるのを待って、倉井はカバンから包みを取り出した。
「これ…海さんに」
「わたしに!? ありがとう!」
驚いた海が包みを受け取り中身を見ると、リボンをあしらった箱があった。
バレンタインだとハタと気がついた海は慌てて自分のカバンをあさり、綺麗にラッピングされた箱を出した。
「はい、最中にだよ! ちゃんと言ってよー、ビックリしちゃった。でも、嬉しい!」
「ふふっ、受け取ってもらえて良かった。ありがとう海さん」
海から渡された箱をギュッと抱きしめた最中が頬を染めて笑う。
その仕草にドキリとした海は、アタフタと手をパタパタと動かし自分の心を誤魔化す。
再び笑う倉井の手を取ると2人は、短いバス停までの道のりを名残惜しそうにゆっくりと足を進めた。




