81話 泣ける!
放課後の地底探検部、部室。
暖かいヒーターの前にいて、雑談している葵 月夜と冬草 雪に倉井 最中たち。
そこに夏野 空が音もなく静かに部室に入って来た。
顔を伏せているため表情は読めないが肩を震わせている。
気がついた葵が立ち上がり声をかける。
「おや? 空君?」
「つきよぶちょ~~! うぁわあああああん!!」
涙に濡れた顔を上げて葵に駆け寄り抱きつく夏野。
なにがなんだかわからない葵は、戸惑いながらも夏野の背中をさする。
「どうしたんだい? 何があったんだい?」
優しく葵が問う。いつも元気な印象の夏野が泣いてるなんてと、倉井と冬草はビックリして2人を見ていた。
うゎわ~~んと泣きじゃくる夏野に、困った葵は彼女の頭をなでていた。
落ち着いた夏野がすんすんと鼻をすすって葵から離れる。
「一体どうしたんだね空君? 身内に何かあったのかい?」
「ちがいますぅ~。ぐずっ」
涙をふきながら夏野が首を振る。
「大丈夫!? 空ちゃん!」
「おい、おい! 何事だよ!?」
心配した倉井と冬草が飛んできた。葵は、ぐっちょりだなと夏野の涙に濡れている制服の胸元を見て思っていた。
夏野はゴソゴソとカバンをあさり1冊の文庫本を取り出し、皆に見せる。
「これ……」
「ん? 『サイは突然に』って、小説かな?」
「そうです」
葵が小説のタイトルを読み上げると夏野が頷く。
「最近この小説を読んでて、あと10ページほどで終わるから、ここに向かいながら読んでたら…最後にあんなとこになっちゃって悲しくて…うぁわあーーん」
説明しながら思い出したのか夏野は再び涙を流し始める。
しかし葵たちは大事でなくてホッとしていた。そっちなの、と。
ちなみに『サイは突然に』は売れ筋のライトノベルで、ティーンの間で流行っている「クマP文庫」に名を連ねていた。
涙をふいている夏野に優しく微笑んで頭をなでる葵。
「とにかく不幸な事でなくてよかったよ。その小説は空君のハートをガッチリ鷲づかみしたみたいだね」
「はい。最初は嫌い合っていた2人がだんだんと意識し始め惹かれ合って、なんやかんやでお互いの気持ちを告白して付き合うところで、動物園から逃げ出したサイに襲われて恋人がかばって命を落とすんです。残された方が可哀想で……」
「そ、そうか」
聞いた葵はギャグかな? と思い、冬草は小説のタイトルでネタバレじゃねぇか! と心の中でツッコミを入れていた。
するとニコリと夏野が手にした小説を葵に差し出す。
「よければ月夜部長も読みます?」
「う、うむ。そうだな…」
言いよどむ葵。小説の内容を全て聞いてしまったし、どちらかというと空想科学や推理ものの方が好きだからだ。恋愛系の小説は、どうも読んでいて照れくさい。
そんな葵を置いて倉井が手を上げる。
「空ちゃん、わたし読みたい」
「ホントに!? じゃあ最中ちゃんに貸すね。月夜部長は後でいいですか?」
「ああ、大丈夫だよ。存分に読んでくれたまえ最中君」
「はいっ」
受け取った小説を両手で抱えて嬉しそうに頷く倉井。とりあえず先延ばし出来たのでホッとした葵であった。
後日の放課後、部室に入った倉井は既にいた夏野に読み終えた小説を返す。
「空ちゃん、ありがとう。面白かったよ」
「良かった! 泣けたでしょ?」
「……」
何か言いづらそうにモジモジしている倉井。何か変なこと聞いたかなと不思議に夏野は思う。
「どうしたの?」
「その、前に空ちゃんが説明してくれてクライマックスは知ってたから……泣くことはなかったけど」
「あっ!? あーーー!!」
夏野はベラベラと自分がストーリーの粗筋はおろか最後まで語っていたことを思い出し、頭を抱えた。
違うの、違うのとブツブツ言い訳する夏野に、倉井は知ってても面白かったよと背中をさすってフォローしている。
そんな2人を葵と冬草は温かく笑って見ていた。
翌日、何も知らない顧問の岡山みどり先生に、例の小説を強引に薦めていた夏野がいた。
どうやら一緒に共感できる相手が欲しいようだった。




