80話 幻灯機
葵 海の家に遊びに来ていた倉井 最中。
最近はよく泊まるせいか、海の部屋の一角に自分の着替えを置かせてもらえるまでになっていた。
倉井は両親から手渡されたお土産と奇妙な機械を持ってきていた。
姉の葵 月夜ははバイトに出ているため家にはいない。
母を交えお昼を食べた2人は海の部屋へと入っていった。
「これって何?」
並んでベッドに腰かけ、海が倉井の持ってきた20センチほどの細長い筒状でランタンっぽく見える機械に興味を示していた。
微笑んだ倉井は、持っていた機械のつまみをカチッと入れると起動を知らせる青いランプがチカチカと点灯する。
「ふふっ、すぐにわかるよ。部屋の真ん中で横になってもらっていい?」
「うん、わかった」
言われた海は疑いもせず素直に畳の上に寝転がった。
倉井は機械を海の頭上に置くと、部屋の明かりを消して自身も彼女の横に寝転がる。暗い部屋には機械の小さなランプだけが光っていた。
「天井を見ててね」
そう言うと倉井は機械にある別のスイッチを入れた。
突然、青く澄み切った空が鮮やかに現れた──
「わぁああーー!」
海が歓喜の声を上げる。太陽が遠くに眩しく光を投げかけ、ふわふわの雲が流れていく。
「わたしたち地底に住む人々は、この装置を使って気分転換しているんだ。いつも狭いところにいるから空があると落ち着くの」
倉井は説明しながら映像の太陽に目を細めて喜ぶ海を見る。美しい横顔に倉井はドキリとした。その顔が倉井に向けられる。
「スゴイね! プラネタリウムみたいだけど全然違う!」
「よくわからないけど、独自の機械みたい。本当は地上の人にあまり見せてはダメなんだけど、特別に父から借りたの。2人の秘密だからね?」
「うふふ、わかった!」
口に人差し指を当てる倉井に海が頷き2人は笑う。
最中がしてくれることなら何でも嬉しいのに……海は倉井が自分のために特別な機械を持ってきてくれたことにテンションが上がっていた。
すると倉井は機械を操作し始めた。
今度は空が夕暮れになり、部屋をオレンジ色に染めた。赤く焼けた木々がサラサラと風に葉をゆらしている。
機械から音声は出てないが、今にも擦れ合う音が聞こえてきそうだ。
「わぁー、きれい~!」
感激した海は声を上げ、2人はどちらともなく手をつないでいた。
次第に夕暮れは終わり、夜に移り変わっていく。
暗闇に無数の星が現れて空を埋め尽くし、大小さまざまな光を瞬いている。
今まで見たことのあるプラネタリウムよりも綺麗に映る星空に感動した海が倉井に目を向ける。
視線を感じた倉井は目を合わせると微笑む。可愛い──ドキドキと胸を打つ海は頬を染めていた。
すると、急に大きな光で部屋が白くなる。
ピカッ! 雷だ!
突然の稲光に驚いた海は「きゃっ!」と短い叫びをもらし、倉井に抱きつく。
「ご、ごめんなさい! 調整を間違えちゃったみたい」
倉井が謝りながら海の頭をなでる。しかし、倉井は初めて抱きつかれてドキドキと頬を染めていた。
本当なら機械を操作して穏やかな景色に変えたかったが、海が抱きついているため倉井は身動き出来ず諦めた。
部屋は嵐の中にいるような豪雨で、時々雷が落ちて周囲を照らしている。迫力ある映像にまるで濡れた気分になり寒さが身を震わせた。
ギュッと倉井の身体に顔を押しつけて怖がる海。もうすぐ終わるよと倉井は耳元で囁いた。
きた時と同じように急に豪雨が止むと再び星々が現れる。やがて地平線から白い朝日が見え始めていた。
海は顔を上げると拗ねたように倉井から離れた。態度の変化に倉井は首をひねる。
「最中って意外と胸あるね……」
「え?」
意外な言葉に倉井は驚き、顔を逸らした海が頬を膨らませる。
「なんかずるい。わたしなんか、あんまりなのに」
「お姉さんと比べたらそんなことはないけど?」
「あっちはでかすぎ! お姉ちゃん基準にしないで!」
「ぷっ、あははははは!」
吹き出した倉井が笑う。そんな倉井を見て海の表情もゆるんでいた。
「海さんはこれからだから大丈夫。それにわたしは気にしてないよ?」
「そ、そうかな?」
「うん!」
力強く倉井が頷くと安心したのか海は笑顔になる。
「そうね! あまり気にしないようにしとこ!」
「そうだよ。海さんは他にもいっぱい素敵な所があるんだから!」
2人は笑い合うと互いの手を握る。だけども、海の中ではまだ着やせして見える倉井の胸が羨ましく映っていた。
手を握ったまま倉井が真面目な顔になると海に聞いてきた。
「海さん…高校に進学したら部に出てくれる?」
「もちろん! お姉ちゃんがウザイけど、最中がいるから絶対に行くよ!」
「ホントに!? 嬉しい!」
「ふふ。そしたら一緒に長くいられるね」
ギュッと手に力を込め、海は口元を緩める。嬉しくなった最中は抱きしめたかったが、グッと我慢していた。
景色は変わって穏やかな春の空を映し、桜色の花びらがひらひらと宙を舞う。
2人は手をつないだまま横になり映し出される風景を眺めていく。
いつの間にか寝息を立てていた。
機械は静かに停止し、夜の訪れのように部屋は暗くなっていった。




