79話 見てしまった!
地元の駅から4つ先にある駅のホームに降り立った地底探検部の部員たち。
改札を出ると数少ない商店が出迎える。駅前には大きなロータリーがあり、暇そうなタクシーが数台客待ちをしていた。
葵 月夜が雲ひとつない青空を仰ぎ見て、眩しそうに夏野 空に聞く。
「ところでこちらの出口でいいのかい空君?」
「はい、南口でオッケーです。ここから右手にしばらく進むと旧商店街があるようですよ」
スマホのマップを見ながら夏野が行き先を指で示す。
頭をボリボリかいた冬草 雪がマスクを直して倉井 最中の隣に並んだ。
「ところで、こんな辺ぴな所に来て何があるんだ?」
「空ちゃんが地下道を発見したんだって」
「冬草さんたちは知らないと思うけど、昔はこの路線周辺は栄えてたのよ。炭鉱やら温泉とかね。でも、時代が移っていく中で廃れていってしまったの。駅の数も多かったみたいだけど廃止されたりしたのもあるみたいね」
倉井の後を追って顧問の岡山みどり先生が説明する。
聞いた2人はへ~と、思いのほかみどり先生が詳しいことに感心していた。
4人は夏野の案内で舗装された道を歩き始めた。あまり人が通らないためか雪があちこちに多く残っている。
葵の隣で楽しそうに話す夏野の後ろ姿を見ながら、みどり先生が冬草に話しかけた。
「冬草さんは秋風さんと上手くやってる?」
「まあ普通だよ。なにが普通かわかんねぇけど」
「ふふっ、良いことね。今度ダフルデートする?」
「いや、しねーし! やだよ恥ずかしい!」
「そう。残念」
みどり先生のからかいに頬を染めた冬草がうろたえる。横を歩いていた倉井は耳を大きくして2人の話しを聞いていた。
そうしている内に、寂れたアーケード街が見えてきた。
風化して茶色くなったアーチ状の看板が入り口に立てかけられている。
かつては道を覆っていたであろう屋根があった部分は、錆びた鉄の骨組みしかなく青空を見せていた。
葵たちはその下を歩いて行く。
道の両側に並ぶ商店はどれもシャッターが閉まっており、無人のようだった。
葵は何かお化けが出そうで、いつでも夏野に抱きつけるよう怖々と彼女の上着を握っていた。
短いアーケード街を抜けた所で夏野が足を止める。
「えっと、こっちですね」
スマホのマップを見ながら夏野が先を見ると、狭い路地に入る横にある建物の一角に地下への階段があった。
ネオンの跡が残っており、地下道への案内が印されていた。
夏野の目線を追っていた葵は薄暗い階段を見て嫌そうな顔になる。
「空君…いやな予感がするのだが?」
「大丈夫ですよ。探検気分で楽しいですね!」
笑顔の夏野に、本当かな? と葵は疑心暗鬼だ。
「よし! それじゃあ空君が前にいきたまえ。わたしはピッタリくっついていくから」
「わかりました! 離れないでくださいね!」
素早く夏野の背中に回った葵がしがみつく。服越しに押しつけられる胸の感触に夏野はにやけ顔だ。
薄暗い階段を下りていく夏野と葵。冬草や倉井たちも後からついていく。
地下部分につくとL字に曲がって狭い通路があり、正面の壁側には大きな人影があった……。
「ヒッ!? そ、そそそ空君! あれを!?」
夏野に抱きつき壁に出てきた人影を指差す葵。大柄な女性の影が揺れているのを見て夏野も恐怖する。
「ひ…ひょっとして、幽霊!?」
ブルブル震える影は一向に動き出しそうにない。ちょっと落ち着いた夏野は目をこらして見ながら不審な影にじりじりと近づく。
怖がる葵は、目を閉じて夏野の肩に頭をうずめる。
すると影が小さくなった。
あっ! と気がついた夏野が壁に近づくとそこには灰色に汚れた大きな鏡があり、自分たちの姿を暗くおぼろげにを映していた。
なるほどと納得した夏野が葵の頭をポンポンする。
「月夜部長、大丈夫ですから。ただの鏡でしたよ。自分の姿に驚いただけです」
「ほ、本当かい?」
恐る恐る顔を上げた葵が鏡を確認すると安心したのか夏野から離れた。
「ふぅ~ビックリしたよー。つまり大きな鏡で狭い通路の奥行きを演出していたわけだな」
冷や汗をぬぐった葵が壁にある大きな鏡について推察した。あ~、そいうことかーと夏野も理解する。
そんな2人をみどり先生は楽しそうに見ていた。ちなみに冬草もビビって倉井に抱きついて、迷惑そうな目を向けられていた。
狭い通路は短く、大きな地下道へとつながっていた。どうやら葵たちは商店街からの連絡通路から来たようだ。
大きな地下道は真っ直ぐにのびており、地上への階段につながっているようで、太陽の光で白く輝いている。
地下道の天井には蛍光灯が点在して、弱い明かりで辺りを照らしていた。
「ここがそうです! つきましたよ!」
夏野が嬉しそうにスマホのマップを確認した。
キョロキョロと辺りを見渡した葵が夏野の肩を叩く。
「うむ、ありがとう空君。しかし、前に行った地下道と違って、商店街の跡もないな……」
「そうですね。とりあえず階段のところにいきませんか?」
「ここは暗いから、早くいこうぜ!」
夏野の提案に冬草が乗ってきた。苦笑いで同意した葵は歩き始めた。
葵たちが地下から階段を上り地上へ出ると、そこは下りた線路の反対側のようだった。
「この地下道は生活用だったのね。だから電気も通っていたんだわ」
「そうか…しかし、思ったよりアッサリと終わってしまったな」
みどり先生の解説に葵は落胆したかのように肩を落とした。
「月夜部長! 最中ちゃんがいないです!」
慌てた夏野が葵の袖をつかんできた。驚いた葵は皆を見渡す。
「ホントだ……いつの間に? 雪は知らないかい?」
「いや、わかんねー」
キョロキョロとする葵に同じように辺りを見渡しながら冬草が答える。みどり先生も頭を回して探している。
「わたしちょっと戻って見てきます!」
夏野が地下への階段をタタタと下りていく。葵はその後ろ姿に、気をつけてと声をかけた。
しばらくすると興奮した夏野が倉井を連れて階段を上がってきた。
「月夜部長~! 最中ちゃんが何か発見しましたよ~!」
嬉しそうに葵たちの元まで来る。
「ありがとう空君。最中君が無事で良かった! 何を発見したんだね?」
「あの、途中でドアがあって、少し開いて光が漏れてました」
照れくさそうに言う倉井に葵は、地底人だから地下に行ってしまわなくて良かったと安堵していた。
どうやら皆から遅れて歩いていた倉井は通路の壁を観察していて気がついたようだった。
「よし! ヒマだし見てみよう! 最中君、案内を頼む!」
「はい」
勢い葵が倉井を連れて地下へと戻り始めた。最中は行ったり来たりだな…冬草は2人を見て思っていた。
一行は再び地下道の中へと入り、倉井が発見したドアに導く。
確かに壁の途中に開きかけたドアが見える。さきほど通った時には何もなかったはずだが…葵は不思議に思った。
「こんなところにドアがあったなんて気がつかなかったわね?」
「確かに。見落としていたかもしれないな」
みどり先生に葵が同意する。夏野と冬草もそうだと頷いていた。
ドアを前にして、なぜか皆の視線が葵に集まる。
なんでわたしが代表でドアを開ける役目になるんだと、自分が部長なのを棚に上げて葵は思う。
覚悟を決め、息を吸い込むと葵は一気にドアを開けた。
ギギギーーッ──
金属感のある鈍い音を立ててドアが開かれる。
明かりに照らされている中は通路のような細長い部屋のようだった。壁側にはスチール製の棚があり、懐中電灯やスパナなどの工具がプラスチック製の箱に入っている。
奥にはいくつかのスイッチがある、むき出しの操作盤が壁についていた。
足を踏み入れた葵の後ろで部員たちが入り口から顔を出している。
「どうやらここは倉庫と照明スイッチが一緒になった部屋のようだな」
見渡しながら葵が呟く。
すると部員たちの後ろから声がかかった。
「おたくら、そんなトコでなにやってんだー?」
全員が一斉に振り返ると、そこにはニット帽子をかぶりオレンジ色のダウンジャケットを着た70代ぐらいのお爺さんが立っていた。
「こりゃ驚いた! こんな若い人達がなんでまた!?」
「我々は深原高等学校の地底探検部の者で、この地下道を探検していたところだ」
一番後ろから皆より頭一つ分出ている葵が説明する。みどり先生は引率の顧問として口を開きかけたが、“若い人達”に自分も含まれていることに気がつき、そのまま学生の振りをしていた。
「ほ~そうかい。わざわざ何も無い所によくきたねぇ~」
「おじいさんはどうして?」
「そうじゃった。通路の蛍光灯を交換し終えて、うっかりドアを開けっ放しだったことを思い出して戻ってきたんじゃよ。ちょっとすまんね」
そう言うとお爺さんは部員たちを手振りで遠ざけ、部屋の電気を消すとドアを閉めカギをかけた。
ああ、なるほどと部員たちは、このお爺さんが地下通路の管理をしている人だろうと理解した。
満足げにお爺さんが振り返り、改めて葵たちを見て顔がほころぶ。
「これでよし! ところで、どうやって来たんじゃ? 先ほど通った時はおらんかったから不思議じゃの~」
「うむ。アーケード街の方からだが」
「なるほどの~、ちんまい通路の方からか~。そこを通るときにおかしな影を見なかったかな?」
思案げなお爺さんの言葉に葵が首をかしげ不思議がり、夏野が答える。
「見ましたっていうより、鏡がありましたよ」
「おかしいのぉ~、そこには鏡なんてありもしないのにな~?」
「えっ!?」
思わぬ言葉に全員が騒然とするとお爺さんが恐ろしげな顔をする。
「ひょっとしておぬしら……幽霊に出会ったかも…しれん……。ありもしない自分の影を見ていたんじゃ。それこそが幽霊だったんじゃ!」
「ヒッ!」
全員が鳥肌を立たせて怖がる中、気を失った葵がバターン! と倒れた。
「つ、月夜部長~!」
慌てた夏野たちが駆け寄り、現場は混乱した!
「な~んちゃって! 怖かったか? アッハッハッハ」
お爺さんがお茶目なニコニコ顔で笑う。
はぁ~!? と葵以外の全員がお爺さんに大きな目を向ける。
カラカラ笑うお爺さんに、文句を言う気が失せた部員たちは葵を担いで帰ることにした。
人の良さそうなお爺さんは部員たちと一緒に地下道を出ると、そこでお別れと手を振っていた。
苦笑いで手を振り、気を失ったままの葵を冬草がおんぶして、クソ重ぇと愚痴をこぼす。皆はトボトボと駅へ向かって行った。
ふと、みどり先生は振り返るとお爺さんがいまだ手を振るのが見えた。
急いで顔を戻すと冷や汗がドッと出て頬を伝う。
きっと見間違いに決まってる。そう、見間違いか目の錯覚に違いない──
念仏のように唱えながらみどり先生は自分の気のせいにして、先ほどのお爺さんの姿を記憶から消そうとしていた。
部員たちには絶対に言えない。特に葵さんが聞いたら本当にお迎えが来るかも。
まさか、お爺さんの足が透けて見えなくなっているなんて……。




