75話 無理矢理奪った!
冬休みのある日、秋風 紅葉は冬草 雪の自宅へ初めて訪れていた。
用意していた手作りのお菓子入りの袋を冬草の母に手渡す。
「ママさん、これをどうぞ」
「わざわざありがとう紅葉ちゃん! 嬉し~食べるのが楽しみね!」
「ふふ、愛情たっぷりですから美味しいですよ」
「いいから2階に行くぞ紅葉! ママもいいから!」
母と楽しそうに話す秋風を娘の雪が急かして背中を押していく。
2階の自室に名残惜しそうな秋風を入れると冬草はホッと一息ついた。
秋風はキョロキョロと部屋を見渡し観察する。ベッドと机、それに背の低い本棚が1つあり、他には何も無いシンプルな部屋だ。
フローリングの床にちょこんと座った秋風が首をかたむけて冬草に質問した。
「綺麗にしているというより何もないね?」
「引っ越して間もないからね。前に話したけど逃げるように越したから、自分の物なんてほとんどないよ」
「ふ~ん。それじゃ、私の好みに染めることもできるね」
「な、なんでだよ!? それにさっきの“ママさん”ってなんだよ?」
「だって雪はママって呼んでるでしょ? だから。ほら、いつまでも立ってないで早く座って!」
言われてずっと立っていたことに気がついた冬草は渋々と秋風から少し離れて腰を落とした。
すると秋風がスススっと動いて身を寄せてくる。
くっつくと恥ずかしいからわざわざ離れたのに、やることが裏目に出ている冬草は秋風の体温を感じて頬を染め、天井を見つめた。
胸のドキドキを抑えつつ冬草は聞く。
「こらから何する? ウチには何もないぞ?」
「私はこのままでもいいけど。雪と一緒にいるだけで楽しいし」
「そう? なんか照れるけど……」
嬉しそうな秋風の言葉に冬草はどうしたらいいかわらず、あぐらをかいた足を両手で持って頭を垂れた。
すると秋風が冬草の両肩をつかんで自分の正面に向け、目をのぞき込む。
「私、雪が心配なんだけどわかる?」
「な、なにを?」
「告白してからずっと雪ってこんな感じなんだもん。私の言うことホイホイ聞いてばっかりで。もし他の人が雪を誘惑したら、そのまま流されそうで怖いの」
「そんなことはないけど…」
「うそ。月夜が誘ってきたら行くくせに」
「友達だからいいだろ? それに紅葉は特別だから……」
聞いた秋風が両肩をつかむ手にグッと力を入れる。なぜか責められているようで怖くなる冬草。
「ホントに? 特別なの私……?」
すると頬を染めた冬草が視線をそらす。秋風の見つめる目に恥ずかしくなってきたからだ。
「だ、だって、嫌われたくないからさ。こ、こんなこと初めてだから、どうしらいいかわかんないし……」
ブツブツと呟く冬草の顔に手を添えて秋風がいきなりキスをする。
目を見開いたまま驚く冬草を、そのまま押し倒すと秋風は馬乗りになった。
「嫌う訳ないでしょ。あなたがワガママでも嫌いにならないよ。でも、そんな雪も可愛い」
下になった冬草は痺れたように固まったまま、真っ赤になって囁く。
「は…初めてだったのに!」
「私も」
頬を染めた秋風が見下ろして愛おしく微笑む。
ドッドッドッと激しく踊る鼓動がいやにうるさく冬草の耳に届いている。上からのぞく秋風がとても綺麗に輝いて冬草の目には映っていた。
と、そこへ部屋のドアがガチャリと音を鳴らして開かれた。
「雪ちゃーん、お茶を持ってきたわよーって!」
冬草の母がお茶を乗せたお盆を持って現れると、仰向けになっている冬草の上に乗った秋風を見つけると慌ててパタンとドアを閉める。
「ご、ごめんなさいね! お取込み中なのに邪魔しちゃって!」
ドアの向こうから、かなり動揺している声が聞こえた。
あっけにとられた2人はドアを見つめている……。
次の瞬間、プッと吹き出した秋風は笑い出していた。
赤く染まって固まったまま、ピクリとも動かない冬草を見て秋風はこれ以上は無理だと気がつく。
正直、このまま冬草の魅力的な唇を筆頭にあちこちを触りまくりたい衝動にとわられたが、秋風はグッと理性をフル動員して我慢する。
このままいたら襲いそうなので彼女を置いて秋風は1階へと逃げるように降りていった。
リビングにいた冬草の母を発見すると近づいていく。
お茶を持ってニコニコと幸せそうにしている冬草の母に声をかけた。
「ママさん……」
「あら!? 紅葉ちゃん! ごめんなさいね、いい所だったのに」
「いいえ、私こそすみませんでした」
「ふふ。さ、座って。雪ちゃんは?」
「その…コチコチに固まったままで。しばらく放っておいたほうがいいと思って……」
座りながら頬を染めた秋風が説明すると冬草の母は声を上げて笑う。つられて秋風も笑いだしていた。
2人が落ち着いたところで冬草の母が先に口を開いた。
「ところで雪ちゃんからウチの事情は聞いたの?」
「おおよそは聞きました。辛かったと思いますけど、これからは私も守りますから」
「ふふ、ありがとう。でも、多分大丈夫よ。元々あの人とは他人だし」
「え!?」
父親じゃないの? 聞いた話しと違うと驚く秋風に冬草の母は微笑む。
「雪ちゃんは勘違いしているけど、私、結婚してないの。学生で身ごもった時に、彼は学校を辞めて逃げちゃってね。あの子が生まれて5年ほど経ったときにフラリとやってきて、自分が上手くいかないのを全部私のせいにしてたの」
「そうなんですか……」
「最初はやり直せると思って我慢してたけど、雪ちゃんが傷ついていくのが耐えられなくて。あの人の雪を睨み付ける目を見たときに、もうダメだと気がついて引っ越したの。娘が大きくなっても愛せず、むしろ憎んでいるような目だった……」
話しながら過去を思い出したのか、震える冬草の母を秋風は励ますように手を握る。
「ママさん……」
「ごめんなさい、辛気くさい話ししちゃって。あの子、私から以外の愛情に接したのが初めてだと思うの。新しい学校で月夜ちゃんたちに会ってからずいぶん変わった。そして、あなたからの好意に応えたいと頑張ってると思う」
「……安心してください。私、嫌いになんてならないですから」
「ありがとう。あなたと会えて本当に良かった」
冬草の母が秋風の手を力強く握り返す。2人は微笑み合い、互いの感情を確かめ合うように手を握り続けていた。
ダダダダと階段を急に駆け下りる音が聞こえると、冬草がリビングに現れて声を上げる。
「紅葉! ママとなにやってるんだよ!」
「やっとこの世に戻ったみたいね。ママさんとはお話してたの」
「そうよ雪ちゃん。とってもいい人ね、紅葉ちゃんは」
2人に言われると、むうと口をつぐむ冬草。ふふと笑った秋風は立ち上がると冬草の元まで来て腕に手を回す。
「とりあえず2階に戻りましょ? 今日は全然話ししてないし」
「う、うん」
先ほどの勢いはどこへやら、緊張した冬草が秋風に大人しく連れられて2階へと向かう。
「雪ちゃんガンバ!」
後ろから母親の応援が聞こえ、冬草は誰ともなくコクコクと頷いていた。
2人の後ろ姿を見送り身が軽くなった気がした母は、またお茶を持っていっても大丈夫かなと、クスクス笑ってイタズラしたくなっていた。




