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74話 バイトだよ!

 正月の三が日も過ぎ、駅近くの喫茶店は通常の営業を始めていた。

 葵 月夜(あおいつきよ)は学校が休みなためフルタイムでバイトに入っていた。

 飲食店の少ない場所なので、軽食などをとるために訪れる客がポツポツと来店している。

 この時期は1日を通して客が途切れることがなく、割と忙しい方だ。

 葵がちょうど落ち着いてカウンター前で休んでいると同じバイト仲間で元部長、1学年上の(あかね)先輩が話しかけてきた。

「ツッキーは正月どうしてたー?」

「うむ、妹たちと(もうで)に行ったよ。先輩の方は?」

「うちは親戚集合でぐったり~。ツッキーたちと一緒の方が楽しかったかも~」

「ふふっ、それは難儀でしたね先輩。でも、就職先が決まっているからお祝いされたのでは?」

「ん~ちょっとだけね~。むしろたかられたよー」

「はっはっは。災難でしたね」

 笑う葵の顔を見て、やっぱり綺麗だなと茜先輩は思った。でも、そんな月夜が好きな夏野 空(なつのそら)が今はいいなと茜先輩は感じていた。

「そういえば、空ちんとはどーなの?」

「んん? 空君とはいつも通りだよ。正月に一緒にお参りしたぐらいだな」

「ええっ!? なんで呼んでくんなかったしッ!」

 突然の茜先輩の豹変ぶりに戸惑う葵。

「そんなこと言われても…」

「なんか正月早々、損したキブン~。まあ、しょうがないしー」

「ははは、それでは今度…」

 葵が言いかけたところで喫茶店のドアについているカウベルがカラン、カランと鳴った。

「お客様が来たようだ。ちょっと対応してくるよ」

「ちぇ~~」

 お盆を持った葵が、いらっしゃいませーと声をかけ入店してきた客の人数を確かめに行く。残念そうな茜先輩は頬を膨らませた。


 来店したのは葵のよく知る2人組だった。

 岡山(おかやま)みどり先生と岩手 紫(いわてむらさき)先生だ。2人は楽しそうに会話しながら空いているテーブルを探している。

 席につくのを確認するとグラスとおしぼりを人数分持って葵は向かう。

「いらっしゃいませー。ご注文はお決まりですか?」

 声をかけ、水が入ったグラスとおしぼりをテーブルに置く。

「あら、葵さん。あけましておめでとう」「あけましておめでとう。今年もよろしくね」

「あけましておめでとうございます。こちらこそ」

 みどり先生と紫先生がニコニコと挨拶し、葵が返す。

「して、注文は?」

「ちょっとまってね」

 メニューを開き2人はワイワイと選び始める。

 面倒だからいったん戻ろうかなと葵が考えているところで、みどり先生たちが注文を始める。

「スパゲティのボンゴレとコーヒーを食後に」

「私は、焼きなすときのこのドリアね。食後に紅茶をお願い」

「……かしこまりましたー」

 メモを取りながら葵が返事をし、スマイルでその場を去ろうとすると、みどり先生が呼び止める。

「ちょっと葵さん、サービスはしなくていいからね? 普通でいいから」

「えー、なぜだい!?」

「そうよ、みどり。せっかくの好意なんだから」

 驚く葵と紫先生がみどり先生にたしなめる。しかし、みどり先生は頑固に言い張った。

「いいの。とにかく私はサービスなし! 紫の分も少しのサービスでいいからね?」

「むう、仕方ないな…」

 不満がありそうな顔をして了解した葵は(うなず)くとカウンターへと行ってしまった。

 心配した紫先生が身を乗り出してきた。

「いいの? 断ったりして」

「ふふっ、いいの。説明は難しいから、来た時に自分の目で確かめて」

 紫先生の手を握ったみどり先生が笑う。そんなに凄いサービスなの? 紫先生は疑問が頭に渦巻いていた。


 やがて葵が料理を載せたトレーを持ってきたときに、みどり先生の言っていたことが判明した。

 紫先生の目の前に置かれたドリアは想像と違ってやたら皿が大きい。しかも焼きなすときのこがたっぷり入ってそう。サービスなしのスパゲティも、心なしか量が多い気がする。

 ニコニコとスマイルでごゆっくりーと告げて葵は背を向けた。

 彼女の姿がテーブルから離れたことを確認して紫先生は声を落として驚く。

「これで“少しのサービス”!?」

「そうみたいね。前にサービスしてもらったときは3人前ぐらいはあったから、少ない方かも」

 クスクスと笑うみどり先生に(あき)れた紫先生はスプーンを手にした。

「みどりも手伝ってよね?」

「わかった。ふふっ」

 紫先生の真摯な訴えに笑うみどり先生。

 こうして2人はいただきますと食事を始め、親しげに話しを弾ませていた。


 それから客足も多くなり厨房にかかりきりになる葵。

 喫茶店のマスターである茜先輩のおばさんも厨房で忙しそうにしている。

 茜先輩は客の間を目まぐるしくトレーを持って動いていた。

 その客の中に1人、帽子を深々とかぶり、マスクをした不審な人物がいるのに茜先輩は気がついた。

 先ほどから何も注文をしていない。

 一息ついた頃に、どんな人なんだろ? と好奇心に駆られてそっと後ろから近づく茜先輩。

 かなり深く帽子をかぶっているから暗くて目元がわからない。ふと、知っている匂いに茜先輩は気がついた。

 すると相手が気がつき顔を向けて驚く!

「げ!? 茜先輩!」

「あれ? その声って…空ちん!?」

 逆に驚く茜先輩を夏野は慌てて手をつかんでしゃがませる。

「静かにしてください! 月夜部長にバレますから!」

「なにしてんの~? それって変装?」

 声を小さくして注意する夏野に思わず笑う茜先輩。

「今日はヒマだったから月夜部長の様子をコッソリと見に来たんです。だから邪魔しないでくださいね?」

「え~!? あたしじゃなくて~? とんだガッカリだよ~~」

 夏野が説明する間に茜先輩は対面に座ってガクッと頭を落とした。

「なんで座るんですか!?」

「いーじゃ~ん。今、手が空いてるしー。それよか恋バナしようよ~」

「ううっ、茜先輩に見つからないように変装したのに……」

「匂いでわかったしー。ウシシシ」

 泣き真似する夏野に茜先輩はカラカラと笑った。

 これ以上ここにいると騒ぎを聞きつけて葵が来ると察した夏野は、急に立ち上がり、ごちそうさまでした~と言いながら喫茶店を逃げるようにピューッと出て行ってしまった。

「……なにも注文してないじゃん?」

 あまりの素早い行動にポツンと残された茜先輩は、夏野の残像に(つぶや)いていた。


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