73話 お正月
市立深原中学校高等学校にほど近い場所に緑に囲まれたやや大きい神社がある。
この辺り一帯の氏神であり、古より続くと伝えられている伝統ある神社だ。
お正月のこの日、近隣から大勢の人が初詣に訪れていた。
冬草 雪は母を連れて賑わう神社の鳥居をくぐり、参道へ足を踏み入れたところで声をかけられた。
「ゆき~! すごい偶然!」
「紅葉!?」
振り向いた冬草が秋風 紅葉の姿を見つけて驚く。上機嫌で駆け寄る秋風は、冬草の母に気がつくと丁寧に挨拶をした。
「あけましておめでとうございますっ。初めましてお母様、秋風紅葉と申します。雪さんとは仲良くさせていただいてます」
ああ、この子が! 冬草の母は娘が話して聞かせてくれた相手を観察する。背丈は娘ぐらいで、清楚な佇まいに整った顔立ち──いかにも優等生な雰囲気だ。まるで娘とは正反対に見える。
それでも娘に嬉しそうに話しかけている様子に冬草の母は微笑んだ。
秋風が申し訳なさそうに冬草の母に聞いてくる。
「私もご一緒してよろしいですかお母様?」
「ふふっ、そんなに丁寧に言わなくてもいいわよ。よかったね、雪ちゃん! こんなに美人さんとお付き合いできて!」
「ばっ!? ママ! 違うって!」
母の言葉に赤くなった娘が慌てる。秋風は頬を染めて、こちらこそと呟いていた。
3人は歩調を合わせ、冬草の母があれこれと話し始めて楽しそうに奥へと向かって行った。
その頃、境内では葵 月夜と夏野 空が初詣を済ませ、おみくじを引いているところだ。
葵 海と倉井 最中も一緒にいたが、2人はいつの間にか姉の前から姿を消していた。
「やった! 大吉ですよ! 月夜部長はどうですか?」
「む~、末吉だ……。良くもないが悪くもない……」
はしゃぐ夏野に、なんともいえない表情でおみくじを見つめる葵。
「まあ、終わったことはいいだろう。まだ先のことは誰にもわからないからな」
「月夜部長、今年は始まったばかりですよ」
おみくじを無かったことにしたい葵に夏野がツッコミを入れる。容赦なしの夏野を涙目で見た葵が話題を変えた。
「そ、そうだ! もう1つ行きたいところがあるんだが、いいかな?」
「いいですけど、どこです?」
「うむ。実家の近くに小さな祠があって。よくお参りしているんだ」
「へ~そんな所があったんですか」
「それではちょっと行ってみよう!」
関心している夏野を連れて葵は売り場で買い物をして祠に向け歩き始めた。
途中、葵が髪をかきあげるのを観察していた夏野は、その耳にクリスマスにプレゼントした薄いピンクのスタッドピアスをつけているのを発見した。
ちゃんと使ってくれているんだ! プレゼントして良かったと夏野は嬉しくなり、テンションが上がった。
葵家の裏手に枝に雪が積もった林があり、それが白い森へと続いている。
2人は雪道を通り、まばらに立つ木々の間を抜け、祠へと来た。
人の腰ほどの高さのこじんまりしとした古そうな祠。雪が積もり、所々にコケが生えているが辺りを含め綺麗に掃除されている。
初めて見た夏野は思いのほか整えられていることに驚いた。もっと古ぼけて荒れた感じだと思っていたからだ。
葵は祠の屋根に積もった雪を払いながら夏野に説明し始めた。
「ここは、わたしが小2のときに発見してね。それから、ちょくちょく訪れているんだ」
「そうなんですか。初めて来ました!」
秘密の場所に訪れたみたいで夏野のテンションは上がる。しかも葵と2人きりだ。
そんな2人に背後から声がかかる。
「遅い! いつもはもっと早いはずだが!」
振り向くと淡い黄色の装束を着た、茶髪で細目の独特な雰囲気をまとった若い女性が立っていた。
どうやら顔なじみのようで葵は手を合わせて謝りはじめ、誰だろうと夏野は首をかしげた。
「すまん! 今日は妹たちと氏神様の所へ先に行ってたんだ」
「ぬぅ、大神のところか…。ところで、そ奴は誰だ?」
いぶかし気な目で夏野を見る女性。慌てた葵が説明する。
「彼女は空君。わたしの友人で学校の後輩でもあるんだ。空君、ツキネさんだよ」
「初めましてー!」
「うむ、元気でよろしい。若者はこうでないとな」
愛嬌たっぷりに挨拶する夏野に細い目をさらに細めるツキネ。
葵は持ってきたお土産をツキネ手渡す。
「これを。お供え物」
「おおっ! ありがとう!」
受け取ったツキネはすぐに袋を開け、中身を取り出し食べ始める。
「饅頭か。うむ…モグモグ…美味いなこれは」
平然とツキネが食べる姿を見て疑問に思った夏野が聞く。
「あの、お供え物を食べて大丈夫ですか?」
「何故だ? 祠に置いてても、もったいないだろ? なら私が食べた方が有意義だ」
「…なるほど」
納得したような、しないような顔で夏野が頷く。というか、頭の中ではハテナがいっぱいだ。
満足そうにツキネは食べ続ける。
「しかし、これは本当に美味いな。どこで買ったんだ?」
「うむ。氏神様のところだ」
「ブッ! ゴホッ、ゴホ! そ、そうか…道理で清い感じがするわけだ」
葵の言葉にむせたツキネ。この人、宮司じゃないの? 夏野は疑問に思った。
すっかり平らげ、満足げなツキネが葵と夏野に向き直る。
「よし! それでは全力で願い事をしろ!」
「ええっ!?」
驚いた夏野がどういうこと? と、助けを求め葵に目を向けるがニコリと頷かれる。
よくわからないが小さな祠に向け葵と夏野が手を合わせ目を閉じた。
葵は、母に取り上げられたギャル雑誌が手元に戻って来るようにと願い。ついでに部の皆が離れないよう付け加えた。
夏野は、葵が自分の想いに気がつくよう、そして自分のことが超絶好きになりますようにと必死に祈った。
そんな2人を見ていたツキネは、なんとも俗なことだなぁと口の端を上げていた。
願い事をした2人が目を開けると、ツキネが手を腰に当て微笑む。
「よし! お前らの願いはわかった! 必ず成就するであろう!」
「ほ、ホントですか!?」
やけに食い気味に夏野が声を上げ、うむと頷いたツキネが笑う。
「ハッハッハ、なんなら今すぐ叶えてやろう。よし! 2人とも抱き合え!」
は? と葵と夏野はキョトンとする。突然何を言い出すのかと葵が抗議しようとするとギロリと睨まれる。
「いいから早くッ!」
細目で睨みをきかせるツキネにビビった2人は素早く抱き合った。
あまり知らない人の前で月夜先輩と抱き合うなんて少し恥ずかしいな、と夏野は思った。それでも胸に顔を沈めるのが嬉しい。
2人が抱き合うのを見て、うん、うんと満足げに頷くツキネ。
「よし! これで叶った!」
何のこと? と、互いにどんな願いをかけたか知らない葵と夏野は、不満そうな顔をして体を離した。
1人上機嫌なツキネはもう大丈夫とばかり2人に言葉をかける。
「今年はなかなか有意義だった。いつもは月夜1人だったからな。それではまたな!」
そう言うとツキネは背を見せ林の奥へと歩き始めた。
なんとも一方通行だなと思った夏野は、その遠ざかる背中を見て、あっ!? と驚く!
装束を着たツキネのお尻には、黄色っぽいフサフサの尻尾が揺れていたからだ。
「月夜部長! あ、あれ! しっ」
「しーっ。空君、静かにしたまえ。訳は後で話すから」
ツキネに指さす夏野の口元を押さえた葵が耳元で囁く。
やがてツキネは白い景色の中へと消えていった──
最後まで見送った葵たちも祠を後にして戻り始める。
しばらく進んだところで、もう我慢できないと夏野が葵に聞いてくる。
「あれって何ですか!? てっきり宮司様かと思ってましたけど違いますよね?」
「うむ、たぶん違うと思う。最初にわたしが祠を見つけたときにはツキネはいなかった。掃除をしたりお供え物をして、次に訪れたときに彼女が出て来たんだ。もう10年以上前になるけど、ツキネは昔とまったく変わってないよ」
苦笑いで葵が話す。まさか…と夏野は思う。
「ひ、ひょっとして、か、神様なんですか!?」
「ははは、どうだろう? わたしにはわからないな。本人にも聞いたことはないし」
「どうして聞かなかったんですか?」
「小学生の頃は聞こうとしたけど、やめたよ。だって、わたしの願いを1回も叶えてくれたことがないからね」
笑って話す葵に、それって無茶な願いだったのでは? と夏野はツッコミが喉に出かかった。
「それに、こういうのは不思議のままでいいと思わないかい、空君?」
「まあ…そうですね」
特に害もなく、むしろラッキーにも葵と抱き合えたことで夏野もあまり詮索しない方がいいかもと思い始めていた。
普段は怖がりなくせに、よく知り合えたものだと夏野は葵に感心していた。
そこでハッと夏野は気がつく。
ツキネってキツネ!?
恐ろしく安易だ。むしろ今まで気がつかなかった自分に恥ずかしくなる。昔話によくあるようにキツネに化かされたのかもしれない。
隣で機嫌よさげに歩く葵の横顔を見て、たぶん知っているんだろうなと夏野は直感した。
なんとも不思議な話だが、地底人もいるのだから変ではないか……。
考え直した夏野は、またツキネに会いたいなと揺れるしっぽを思い出していた。




