71話 友達だけど違うよ!
下校時間になり、倉井 最中と帰る約束がない葵 海は1人、教室を出る。
廊下を歩いていると同級生で友人の森野 花子が並んできた。
「海ちゃん帰るの? 途中まで一緒にいい?」
「うん。いいよー」
にこやかに答える葵に笑顔を向けると森野はホッと胸をなで下ろした。
クラスというより、学年で人気のある葵海。最近、友人たちとの付き合いが疎かじゃないかと話題になっていた。
しかも、高等学校の1年生とよくいる場面を目撃され、いろいろな噂が囁かれていた。
森野は友人代表として、葵海に探りを入れる役目を担って近づいたのだ。
答えによっては友人たちの行動指標は変更されること請け合いだ。もし付き合う相手ができたとしたら、静かに見守る派と大っぴらに応援していく派に別れるかもしれない。
冷たく湿った北風が、もうすぐ雪の訪れを教えてくれている。
2人は校庭を抜け道路へと出てきていた。
たわいもない学校の話題をしていた中で、森野がさりげなく葵に聞く。
「そういえば、海ちゃんって高校の人と会ってるの?」
「ん? 最中のこと?」
「たぶん。高校生なの?」
「うん、高1なんだ。お姉ちゃんが作った部の部員だよ。わたしも勝手に部員にされてるから困っちゃうよね」
苦笑いで告げる葵に森野は疑問を口にする。
「年上なのにどうして呼び捨てなの?」
「えっ!? それは……ん~なんとなく?」
「えー! 相手は怒ってないの?」
「怒るもなにも、当たり前になってたから。そう言われると確かに変かもしれないけど……」
言われてそういえばと気がついた葵。よく考えたら、初めて会った日から呼び捨てにしていたことを思い出した。
なにか相手に悪いことしてたのかも? でも、最中はいつも笑顔だし…葵は悩み始める。
難しそうな顔になった葵に慌てた森野がフォローする。
「べ、別にいいと思うよ! 呼び方なんて人それぞれだし!」
「そうだよね。いいよね」
聞いた葵が笑顔になる。ホッとした森野は安堵した。
しかし、葵は出会ったときの倉井を思い出していた。
ちょっとオドオドしてて、人見知りな最中を年下だと勘違いしていたんだっけ。最初は頼りなく感じていたけど、遊んでいるうちに意外としっかり者で頑固な一面もあったりと、新しい最中をいっぱい知ったんだ。
最中のほわほわする笑顔を思い浮かべて葵はクスクスと笑う。
その様子に森野は首をかしげる。
「どうしたの?」
「あ、ごめん。ちょっと思い出し笑い」
「そうなんだ……と、友達なの?」
「ん~どうかな~? あまり考えたことなかった。親友? でも大切にしたい人だし、どうだろ?」
「えっと、友達以上ってこと?」
どう解釈していいか困った森野の言葉に、葵は今まで深く意識してなかったことに気がついた。気が合うだけじゃなく、もっと近い存在でいつも頭の片隅にいるのが倉井だったから。
「うーん。まあ、親しいってことでいいんじゃない。そうだよ!」
ハハハと笑いながら葵が誤魔化す。
森野はそれ以上深入りせずに、別の話題に変えていった。しかし、頭の中では皆に報告する内容をまとめていた。
話の尽きなかった2人だが、途中で帰り道が違うので手を振って別れた。
森野は葵の姿が見えなくなるのを確認すると急いでスマホを取り出し、仲間へ連絡を入れる。
要注意! 葵さんは付き合っている人がいるかも。静観しているのがベストかも、と。
少し興奮している森野は早口だった。
1人になって道を歩く葵海は、なぜだか急に倉井最中に会いたくなっていた。
さっき話題にしていたからだろうか。胸が締め付けられる感じだ。
今すぐにでも最中の顔を見たくてたまらない……このどうしようもない焦燥した想いにかられ葵は走り出した。
はやる気持ち抑えて、家についたら心が落ち着く事を願いながら──
ハー、ハーと息を切らして自宅へ入ると目を丸くした母が出迎えた。
「どうしたの海!? そんなに慌てて」
「別に。走りたかっただけ」
ツンとした娘が自分の部屋へと駆けていく。
その姿を見送った母は、反抗期かしら? と、いままで大人しかった娘に何があったのかといぶかしんだ。
葵海は部屋に入るなりカバンを放り投げてベッドへ横になった。
突然がばっと起き上がると、慌てて投げ捨てたカバンへと向かう。
カバンの中からスマホを取り出すとベッドへと再び仰向けに倒れた。
スマホの連絡先を操作して倉井を画面に出したところで海の指が止まった。そこにはウサギを抱いて笑っている倉井の顔が映っている。
こんな時間に迷惑かな…声が聞きたくなっただけなのに。画面を見ながら指が揺れる。
どのくらいそうしてきたかわからないが、「海~、ごはんよ~」母の呼びかけにハッと気がつく海。時計を見ると1時間以上は経っていた。
慌ててはーいと返事をして海は急いで着替え、台所へと向かっていく。
台所では姉の月夜が母と手分けして夕食の支度をしている。葵家では朝食や夕食を姉が手伝ったり、1人で全部作ったりしていた。
妹が登場すると、いつもと様子の違うのを見て取った姉が声をかける。
「どうしたんだい海? 何があったか知らないが、お姉ちゃんとお母さまの愛情たっぷり入りごはんで元気だして!」
「うっさい! 別に何もないよ!」
気恥ずかしそうに言う妹に姉と母は笑う。
いつものように姉が話始めて妹がツッコミを入れ、母が笑う。元に戻ったかのように見える海に、さっきのは反抗期じゃないと確信して母は安堵していた。
食事も終盤になったところで海が月夜に話しかけた。
「お姉ちゃん…」
「ん? なんだい海」
「い、いや、いいや。なんでもない」
首をブンブンと横に振って考え直した海に姉の月夜はハテナな顔をしている。
倉井最中について聞こうと思ったが、明日本人に会おうと決めて海はやめたのだった。
会いたい気持ちもあるが、自分だけが突っ走って相手に迷惑をかけたら嫌われるかもしれない。そんなことはないとは思いつつも、はやる気持ちを抑えて海は我慢した。
何もわかっていない姉はしつこく妹に訳を尋ねまくり、逆に嫌われている。
ははーん、反抗期じゃなくて人間関係のようね。察した母は微笑んで娘達を見ていた。
翌日学校に登校すると、すかさず海は倉井にメールを送った。
休み時間に会えないかな? と。
すぐ行きますとの返事をもらい、休み時間になると、中学校と高等学校をつなぐ生徒の少ない通路の途中でソワソワと落ち着かない様子で海は待っていた。
すると高等学校側の通路から倉井最中が必死にパタパタと走ってくる。
その姿を見て海は顔が緩む。来てくれた! と。
一体何事かと近づいた倉井が聞いてきた。
「どうしたの海さん?」
「ごめん! そ、その…ただ最中に会いたくて」
「そうなんだ。良かった」
事件でも起きたかと焦ってたが何もなくてホッとした倉井。
倉井が笑顔になるのを見て、海が上目遣いで恐る恐る聞いてくる。
「迷惑じゃなかった? 教室の友達もいるでしょ?」
「ううん。海さんの方が大事だから迷惑じゃないよ」
倉井が手を握って微笑むのがたまらなく嬉しくなる。
一気にテンションが上がった海は、倉井の手を握り返すと楽しそうに話始めた。
たわいのない話だけど、倉井は自分のことを必要としてくれている海に心が満たされていく気がしていた。




