70話 奥手だよ!
市立深原高等学校2年B組の教室では、朝の風景となりつつある生徒会長の秋風 紅葉が冬草 雪に弁当を手渡す光景が見られた。
「はい! 今日も美味しく出来たから!」
「お、おう。あ、ありがと…」
気恥ずかしそうに受け取る冬草。先日の告白を受けてから、どうもぎこちない。
「紅葉はえらいなぁ。いつも雪は嬉しそうに食べてるよ」
急に出てきた葵 月夜が腕を組んでウンウンと頷いている。
「ちょっ!?」
「あんた、なに出てきてるの!? 引っ込んでなさいよ!」
驚く冬草に怒る秋風。ふふんと気にしていない葵は続ける。
「なんてったって紅葉の愛情が入ってるから雪も満足じゃないか?」
「……」
思ってもみなかった指摘に秋風はピタリと止まる。冬草はなにを言い始めているんだと葵を睨んだ。
ハッと気がついた秋風が葵に迫る。
「い、いまのもう一度言って!」
「うむ。紅葉の愛情が入ったお弁当で雪も喜んでるぞ」
聞いた秋風が勝ち誇ったように冬草に目を向ける。どう対応していいかわからない冬草は愛想笑いした。口はマスクで隠れていたが。
「そ、そう。なら、明日もがんばっちゃおうかな? それじゃあね!」
とたん、機嫌の良くなった秋風がルンルンと教室を後にする。
葵と冬草は意外と単純だなと思って後ろ姿を見送った。
──放課後、葵が冬草をからかいながら地底探検部の部室へ向かう。
葵が部室のドアを開けると暖かい空気が流れ髪を揺らした。
「部室が暖かいぞ! 一体!?」
驚く葵に、お~すげ~と冬草は喜ぶ。
既に部室にいた夏野 空が駆け寄ってくる。
「月夜部長! 見てくださいよ! みどり先生がヒーターを持ってきたんですよ!」
「空君! 確かに感じるよ、希望の熱気を!」
「あったけーだけだろ!」
グッと拳を握る葵に冬草がツッコミを入れる。3人は部室の長机そばに設置された背の高い電気式カーボンヒーターへと近づく。
そこには倉井 最中がイスを引き寄せて座っていた。
「暖かい……」
カーボンヒーターは自動で首を振って周囲を暖めている。倉井は目を閉じ、手を差しだして暖かさを満喫していた。
葵たちも倉井に倣ってイスを持ってきて、カーボンヒーターの周りに座る。ちゃっかり夏野は葵の隣に移動していた。
回りを見渡した葵が倉井に尋ねる。
「ミドリちゃんがいないようだが?」
「ヒーターを置いて出て行ったよ。職員室に用事があるみたい」
「なるほど」
腕を組んだ葵がウンウンと頷く。ふと思い出した倉井が付け加えた。
「そういえば岩手先生が探してましたよ」
「紫ちゃんが? 一体なんだろうか……」
首を傾け少し考えた葵が立ち上がると部室のドアへと向かう。
「気になるから、その辺を見てこよう。君たちは暖まってくれたまえ!」
部員たちにニッと歯を見せ、葵は颯爽と部室を出て行った。
せっかくの部活の時間に葵を取られて夏野はムスッとしていた。
岩手先生は月夜部長に何の用事なんだろう? 少なくとも恋人のいる岩手先生は、色恋沙汰にはなりそうもないので夏野は安心していた。
色恋沙汰で思い出した夏野はペットボトルのサイダーを飲んでいる冬草に質問した。
「雪先輩っていつから秋風先輩と付き合ってるんですか?」
「ブハァーーー!」
盛大にサイダーを吹いた冬草が咳き込む。
「ゴハッ、ゴホッ! いきなり何を言うんだよ!」
「え~? なんでですか?」
「付き合ってねぇよ!」
慌てながら冬草は袖で口を拭う。しかし、夏野は納得していないようだ。
「だって、お弁当作ってもらってるじゃないですか。それに2人でよく遊んでいるんですよね?」
「そうだけど付き合ってねぇし。こ、告白されたけど……」
「えっ!? 告白されたんですか!」
驚いた夏野が声を上げ、倉井も目を開き冬草に注目した。
「な、なんだよ?」
夏野と倉井の視線にとまどう冬草。呆れた夏野が詰め寄る。
「ちゃんと返事してくださいよー。秋風先輩が可哀想です!」
「だってさ……」
「雪先輩も秋風先輩が好きなんですよね?」
「そうだけど……」
「なら、いいじゃないですか! 相思相愛じゃないですか! ちゃんと応えないと!」
夏野の追い込みにタジタジとなる冬草。心配しているんだか、好奇心旺盛なのか夏野の感情が冬草にはわからなかった。
でも、と照れながら冬草が頬をかいた。
「だってさ、なんか恥ずかしくない? いまさら言うのもさ」
「そんなことないですよ。きっと待ってますから」
励ますように夏野が両手を胸の前でぐっと握る。そういうものなのかな? 冬草は思いつつも気がついた。
「そんな空はコクったのかよ? 月夜に」
「うっ!」
一番自分が気にしていることを冬草に言われ、ダメージを受ける夏野。
ニヤリとした冬草が追い打ちをかける。
「空だって、いつまでも告白できないヘタレだろ?」
「だ、だって、今の関係を壊したくないし……。それに、月夜部長の気があるかわからないし……それに…」
先ほどまでの勢いは失せ、ブチブチと夏野が言い訳し始めるのを見て冬草は笑う。
ついでに冬草はさっきから言葉を発していない倉井にも質問した。
「最中はどうなんだ?」
「ふあっ!?」
自分は関係ないからと傍観者でいた倉井は、とばっちりを受けてたじろぎ変な声を出す。
「前に言ってた相談する相手だろ? 誰だっけ?」
「海ちゃんですよ、忘れないでください。月夜部長の妹さんです」
倉井の好きな人が思い出せない冬草に夏野が助け船を出す。
ちょっと空ちゃん! なんで教えてるわけ!? 倉井は驚きの目で夏野を見た。視線に気がついた夏野がテヘヘと愛想笑いしる。自分の間違いに気がついたようだ。
そんな2人のやり取りを気にせず冬草が続ける。
「それ、それ! この間見た時はいい雰囲気だけど、コクったのか?」
「まだ……ですけど、わたしに振らないでほしい……」
恥ずかしそうに返す倉井に、安心した冬草はニコニコと後ろ頭に腕を組んだ。
「な~~んだ、みんなあたいと同じじゃん!」
「違いますよ! 相手の気持ちがわかってるんですから、雪先輩の方が有利じゃないですか!」
夏野がツッコミを入れると倉井が力強く頷く。
そんなこと言われてもと冬草は思ったが、ハタと気がついた。どうやら夏野と倉井も同じように気がついたようだ。
3人とも奥手すぎて相手に自分の想いを伝えていないことを。
なんともいえない空気が漂い、3人は無言でカーボンヒーターに手を向けて寒い心を温めようとしていた。
しばらくして葵が部室に戻ってきた。
「遅くなってすまない! 紫ちゃんと無事会えたよ! って、あれ?」
暖かい部室内では夏野を始め、冬草と倉井の3人が無言で身を寄せ合いヒーターの前にいた。
まるで心の隙間を埋めるかのようにしている。
葵に気がついた3人がジットリとした目で見てきた。
ヒッ! なぜか背筋が寒くなる葵。自分がいない間に何があったというのだろうか?
慌てた葵は3人におべっかを使い、部が明るくなるようせわしなく動き回った。




