68話 新発見!?
はぁ、と葵 月夜は、白い湯気を口から吐き出す。
冷たい空気が辺りを包み、狭い通路の上には裸電球が点々と続いて薄暗く照らしている。
ここは、葵家の裏庭。片隅にあった地下への扉から入った地下道に葵たちはいた。
市役所で働く叔父さんから面白い資料を手に入れたと報告を受け、試しに訪れていたのだ。
もちろん葵1人では怖いので地底探検部の面々を誘い、部活動の名目で来ていた。
夏野 空は、自分の腕に抱きついている葵に嬉しくもありつつ、恐がりに苦笑いしていた。
その後ろには倉井 最中と冬草 雪がお菓子について語り合い、今回は1人でいる顧問の岡山みどり先生が葵に聞いてきた。
「ここってどこまで続くの?」
「うむ。しばらく進んだ先に部屋あって、その先の通路を進めば倉庫になって終わるようだ。この地図によれば」
葵は手に持つ古く黄ばんでいる地図をヒラヒラとみどり先生に示す。
「でも意外ね? この場所ってもっと知られてもいいのに……」
「確かにそうですね。月夜部長は何かわかりますか?」
みどり先生の指摘に夏野が頷いて同意する。
フッと格好つけた薄い笑みを浮かべて葵が答える。相変わらず夏野の腕に抱きついているのだが。
「ここは大戦時、本土決戦に備えた国が地方に司令本部を移設するため、あちこちに試掘をしていた1つのようだ。叔父さんが言うには他県にも同じような規模の地下道と倉庫がいくつかあるらしい。今も残っているかはわからないが……。それにこの地下道の上は私有地だったので発見されなかったのだろう」
「へぇーなるほど」
感心した夏野が感想を漏らす。
しかし、電気が通っているところを見ると、ずいぶん地下道の状態はいいのだろう。100年近く前の電球が今も点くなんて…みどり先生は驚いていた。
そうして一行が進んで行くと葵の言った通りに部屋の扉が見えた。錆びた鉄製で白く曇ったガラス窓がはめ込まれている。
ゴクッと喉を鳴らして葵が代表でドアノブを握り、回す。
──キィイイィィ……
不気味な音を立てながら扉が開く。
扉横の壁にあるスイッチを入れると部屋が明るく照らされる。
6畳ほどの広さで壁側に机があり、反対側に扉があった。机の上には電気ポットとカップが置いてある。どう考えても現代の物だ。
点いた明かりを見ながら不思議そうにみどり先生が問う。
「……これって蛍光灯だよね?」
「確かに。それに見ろ! この部屋の綺麗さを! まるで誰かがきちんと整理したようだ」
怖さがなくなった葵が夏野から離れて指摘する。
「これって最中ちゃんというか、地底の人たちと関連あるのかな?」
「ううん、違うと思う。こういう所は使ってないと思うよ」
夏野の疑問に倉井が首を横に振って否定する。
奥の扉の窓を見ていた冬草が青い顔をして振り返った。
「お、おい! 奥の通路も明かりがついてるぞ!」
ヒッと短く叫んだ葵が再び夏野の腕に抱きつく。入って来た扉と同じ構造の反対側の扉の窓から淡い光が見えていた。
怖くなった葵が夏野を連れてみどり先生の背中に回り、先をうながす。
「さ、ミドリちゃん! がんばれ!」
「あのね、葵さん。私も怖いんだけど?」
「いや、ミドリちゃんなら大丈夫! 帰ったら紫ちゃんが待ってるよ!」
よくわからない応援にみどり先生は苦笑いすると、反対側の扉を開いて通路に足を踏みいれた。
6メートルほど進むと両開きの赤く錆びついた鉄製の扉で突き当たる。
こちらの扉には窓はなく、中の様子はわからない。
振り返って部員たちを見るみどり先生。皆はゴクリと緊張している。みどり先生は意を決すると両開きの扉を開けた。
音も無くスッと軽く開き、暖かな空気が流れ込んで驚く一同。
開けた先は広い倉庫のようで左右には鉄製の棚が並び、奥まで続いている。暖房が効いているのか通路より気温が高いようだ。
その奥に設置されている明かりが入り口付近まで弱く光を投げかけていた。
棚には何かミニチュアらしき物が飾ってあるのに葵は気がついた。
クマやウサギ、リスなど様々な動物のかわいい小さな人形がドールハウスにおさまっている──
よく見るとそれはシ○バニ○ファミリーのようだ。
「こ、これは……まさか戦前からあったというのか!? なんてことだ!?」
葵は呟くと夏野の肩に手をかける。
「空君! 見てみたまえ! 新発見だ! なんと、シ○バニ○ファミリーは戦前からあったんだ!」
「違いますよね月夜部長? 新品同然なのは、どう見ても最近のですよね? それにシ○バニ○ファミリーは戦前にはありませんから」
現物を見て冷静に反論する夏野。葵はロマンの無い言い方に涙目になる。
奥まで続く棚にはシ○バニ○ファミリーの人形とドールハウスが大量に並んでいて、みどり先生は、ちょっとした博物館ねと感想を漏らしていた。
すると奥の方から声が聞こえてきた。
「おや? 誰かいるのか?」
「ひぇええ!!」
ビビった部員たち全員がみどり先生に抱きつく。「おふぅ」突然のおしくらまんじゅうにみどり先生から変な声が出る。
190センチはありそうな大柄の人物が奥の棚からのそっと出てきた。光源が背にあるため顔が暗くて見えない。
「大勢でどうしたんだ? 何かあったのか?」
「お父さま!?」
聞き覚えのある声に驚いた葵が叫んだ。みどり先生をはじめ、部員たちが「えっ!?」と葵を見る。
「ん? 月夜か? これは一体!?」
部員たちに近づいた葵の父の姿が露わになる。
細身の長身でボサボサの豊かな髪にあごひげを生やしている。よく見れば端正な顔立ちをして、ちゃんと身だしなみに気をつければカッコ良く見えそうだ。
安心した部員たちはみどり先生から離れ、葵が父に事情を説明した。
「……なるほどな。そういうことか」
納得した葵の父がうんうんと頷く。
「ところで、どうしてお父さまがここに? それにこれは?」
葵が棚のシ○バニ○ファミリーを示しながら聞くと、父がその内の一体を手に取り見せる。
「これを憶えてるかな月夜?」
「んん? いや…見覚えもないが……」
「そうか。これはお前が2歳の頃に買ったものでな、それはもう楽しそうに遊んでいたよ」
よっぽどな事がないかぎり2歳ぐらいは記憶にないぞと、聞きながら冬草はツッコミを入れていた。
葵の父は誰も口を挟まないので先を続ける。
「かわいい娘と一緒に遊んでいたら、いつの間にか私が夢中になってね。月夜は大きくなる頃には卒業したが、私だけがドハマリしていて今ではすっかりコレクターだよ」
「でもなんでこんな地下に?」
葵がもっともな疑問を聞くと、父は渋い顔つきなる。
「ずいぶん前に母さんに捨てられそうになったとき、昔、じいさんが話していたのを思い出して裏庭にある地下への入り口を発見してね。それで、ここにコレクションを避難したんだ。おかげで快適だよ」
嬉しそうに言う父に、同じような趣味がない部員たちには同情の気配はなかった。
「すると、お父さまは以前からここを使用してたの?」
「そうだ。おっと! このことは母さんには秘密だぞ! みなさんもくれぐれもお願いだ!」
思い出したような葵の父の頼みに部員たちは笑って頷く。
こうして地下道の探検を終え、葵の父と別れたみどり先生と部員たちはそのまま、地上に出て葵家で休むこととなった。
そこで夏野がハタと気がついた。しまった! ちゃんと挨拶すればよかった! 親にごますりするのをすっかり忘れていた。
ガッカリしている夏野をよそに、リビングで皆でくつろいでいると葵の母がお茶を出してきた。
「下はどうだったの月夜?」
「うむ。特に何も無かったよ、お母さま」
「そう……。ところで父さん見なかった?」
「い、いや。見なかったけど……」
焦り気味に答える娘に母はいぶかしむが先を続ける。
「さっき、編集の人から連絡があったんだけどね。まあ、緊急じゃないからいいか」
「うむ」
変に疑われなくてホッとした葵に夏野が聞いてくる。
「そういえば月夜部長のお父様はなんの仕事をしてるんですか?」
「小説家だよ。最近売れた本があってね。えっとなんていったっけ? ドロドロりんごと…ぶどう? だっけ?」
「もう、父さんの忘れないでよ。『とけてるりんごとハチミツ』でしょ」
母が助け船を出すと葵月夜はそーそーと相づちを打つ。
「「「えっ!? あの『とけてるりんごとハチミツ』の作者!!」」」
みどり先生と夏野に冬草がハモって驚く。地上の出来事にうとい倉井はハテナ? と首をかしげた。
この深原地域では話題にはなっていないが、ベストセラーになった1冊で、ドラマ化の噂も出ている有名な小説だ。
サスペンス風恋愛物語で登場人物の繊細な内面を綴るその筆力に共感を呼び、ファンも多い。
ちなみにペンネームは違う名前で活動している。
「私、ハードカバー持ってます! 今度サインもらいましょ!」
嬉しがるみどり先生。こんな有名人が部員の親なんてラッキー! と思っていた。
先ほどのシ○バニ○ファミリーが頭をよぎった夏野と冬草は、あまりのギャップに吹き出した。




