67話 来たよ!
市立深原高等学校1年A組の教室。
1時限目を終え休み時間になり、教科書を片付けた夏野 空は両手を頭上にあげ、ん~~~~っと伸びをするとため息をついた。
「早く放課後にならないかなー」
「気が早くない? まだ最初の授業が終わったばっかりだよ?」
夏野の机に腰掛けている春木 桜が笑う。
そんなことは充分理解している夏野は、ガックシと頭を垂らした。葵 月夜に会うには、昼休みか放課後の部活動ぐらいしかない。
もちろん休み時間中に会えなくもないが、短すぎる。しかも本人はフラフラとよく出かけていて、あまり教室にいないから探さないといけないからだ。
「早く会いたいな~~」
ふぅとため息をつきながら夏野は呟いた。
そこに、教室の後ろの出入り口から大声が飛び込んできた!
「あーいたー! ヤッホー! 空ちーーーーん!」
驚いた夏野と春木が振り返るとブンブンと嬉しそうに手を振る茜先輩が立っていた。
「なんで!?」
ビックリしている夏野をよそに、金髪をなびかせながら茜先輩がルンルンと近づいて来る。
「やー、元気そうだねー。なかなか空ちんが会いに来てくれないから、こっちから来たよー」
「はぁ!?」
「ぶふぅ!」
嫌そうに眉をしかめる夏野に吹き出す春木。そう、前に夏野から話しを聞いていた春木は、本当だったと笑った。
茜先輩はちょうど空いていた隣の席にあるイスに座ると、ポケットから少しよれたピンク色の封筒を夏野に差し出す。
「はいっ! らぶれたぁ~だよ」
「はぁ?」
思わず受け取ってしまった夏野は封筒に目を落とすと、『空ちんへ♡♡♡♡♡♡♡♡』と可愛い丸文字で書かれてあった。
その封筒をマジマジと見た春木が聞いてくる。
「なんでいまさらラブレター?」
「そりゃ~口で言うより伝わるじゃん? この間、テレビのCMで『想いを伝えるのはやっぱり文字ね』ってやってて~。それ見たときに、これだ!! ってなったワケ!」
「あはははは! 先輩面白い!」
影響受けすぎな軽い茜先輩に春木がケタケタと笑う。でしょ~と茜先輩も一緒になって笑っていた。
封筒を難しい顔で見つめている夏野に茜先輩が催促する。
「早く読んで~?」
「えっ!? 普通、こういうのって本人がいないところで見るものじゃないですか?」
「い~じゃん。どんな顔するか見たいし~」
ニコニコ笑顔で茜先輩が読むのを待っている。きっとこの場で封筒を開けないかぎり帰ってくれなさそうだ。
観念した夏野はため息をつきながら、封筒に封をしているハートのシールを破って開け、1枚の手紙を取り出す。
「ずっと言ってますけど、茜先輩とは付き合いませんからね?」
「いーから、いーから」
うながされて手紙を広げる。
──空ちんへ♡♡♡♡♡──
好きになったのはホントだよ♡♡♡
ほら、よくあるじゃん? そーだんしていくうちにココロトキメク感じ?
すこしタレ目♡なところとか、ムネ♡はフツーだけど、おしり♡♡が大っきいところとか、空ちんにはカワイイ♡♡♡ところがいっぱいあるよ♡
そんで、あたしは耳♡がカワイイ♡♡♡と思うんよ? どう思う?
もっといっぱい話したら、きっとあたしを好き♡になるから!
そんでもってシアワセなheaven♡に2人でいこうよ♡♡♡♡
あ! そう、そう! きのう、ドリーミンしてたら空ちんが出てきたよ♡♡♡
ワナワナと手紙を持つ手を震わせて真っ赤になる夏野。謎なポエム調というか日記みたいな内容に顔から火が出るぐらい恥ずかしい。
横から顔をのぞかせて読んでいた春木は爆笑していた。へ、ヘブン…意外な単語が笑いを加速させる。
夏野が喜ぶだろうと想像していた茜先輩は、あれ? と反応に不思議がる。
「あ、茜先輩! 気持ちはわかりましたけどハートが多いいぃ!」
「なんで? ラブ度だよ。気持ちって書けないじゃん? そんでハートなら伝わるじゃん?」
「読んでるわたしが恥ずかしいですから! あと、ちゃんと漢字を使ってください!」
「え~~!?」
真っ赤な夏野に嫌な顔をする茜先輩。春木はお腹を押さえてヒーヒーと笑いよじれていた。
そんな騒がしい3人にクラスメイトたちの視線が集まっている。茜先輩を知っている生徒たちは夏野を“ギャルキラー”と囁いて噂していた。
ハタと周りの視線に気がついた夏野は、茜先輩を無理矢理立たせて教室の外へと連れ出す。
「わかりましたから、自分の教室へ戻ってくださいよー! だいたい受験はどうしたんですか?」
「ん? あたし大学行かないよ~」
背中を押されながら茜先輩が答えると夏野の動きがピタリと止まった。
「それじゃ、どうするんですか?」
「ウシシ、心配してくれてるんだ? 嬉し~」
「違いますから! 勘違いしないでください!」
「空ちんは余裕がないなぁ~。あたしは就職すんの。ちょっぴり社会人って感じ?」
茜先輩がウインクして答えると、夏野は無事に進路が決定していた事にホッとした。
部の先輩であり、元部長が卒業して路頭に迷う…なんてことにならなくて関係者の1人として夏野は安堵していた。
「良かったです、ちゃんと決まってて。でも、それとこれとは別ですからね?」
「も~~! そういうとこがダメ~!」
抱きつこうとした茜先輩を夏野はサッとかわし、距離を空ける。
「今日は帰ってください。いいですね?」
「……わかった。あたし待ってるから」
頬を膨らませた茜先輩がダブルピース&カニカニで合図を送り、トボトボと3年の教室へと帰って行く。
その背中を見ながらドッと疲れが出た夏野はヨロヨロと戻っていった。
自分の席にぐったり着くと、クラスメイトたちにワッと囲まれる。
「なに? なに? 夏野ちゃん何かあったの?」
「先輩に告られたの!?」「なんかココナッツの匂いがした!」
「すごくね!?」「夏野ってギャル好きだったの?」
皆が好奇心を隠しもせず口々に聞いてくる。
茜先輩は金髪もそうだが、ギャル風の容姿で学校でも目立つ存在だ。1年生にとって3年の先輩は雲の上のような存在で、部活や委員をやってなければ接点などないから。
クラスの皆から見れば、2年生の葵 月夜や茜先輩など学校でも1、2を争う有名人と親しくする夏野は謎の存在に映っていた。
いままでは遠巻きに見ていたが、茜先輩の登場によって堰を切ったように疑問を突きつけてきた。
そんなこととは知らない夏野は突然のクラスメイトたちの攻勢にタジタジとなる。
「ち、ちっと待って! いろいろと誤解が……」
いろんな意味で答えにくく、言葉を濁す夏野。
──バン、バン!
突然の大きな音に驚いた皆が口を閉じ視線を向けると、春木が黒板の前に立ち教卓に両手をついていた。
どうやら教卓を叩いた音のようだ。
「みんな落ち着いて! これからあたしが説明するから!」
すると背を向けて片手にチョークを持つと黒板にカツカツと書き始める。
真ん中に『空』、右横に『茜先輩』と書き、それぞれに向かう矢印をつける。
『空』から『茜先輩』へ向かう矢印の上に『興味なし』、逆方向の矢印の上に『好き』と書いた。
はぁああ~!? 桜はなにやってんの!? 親友の行動を止められず夏野は焦る。
「見ての通り茜先輩が一方的に空が好きなの。でも、空はそうじゃない! そこで上手いこと断る手立てはない?」
教壇に再び両手をつきクラスメイトに問う。
静まり返った教室で思わぬ暴露に夏野は羞恥で真っ赤になった。しかも断り方を聞いてるし。
誰も何も口を開かないので春木は廊下側に座る男子に指を差す。
「はい、中島君! 確か君はギャルが好きだったよね? ギャルのグラビアページを集めているのは知ってるよ」
「違う! 僕が好きなのは日焼けギャルだ! 先輩みたいな白肌は専門外だ! 健康的な黒い肌が好きなんだ!」
思わず拳を握って鼻息荒く主張した中島は、自分の口走った内容に赤面すると静かに座り頭を抱えた。
そんなの答えになっていないと、春木は真ん中に座る眼鏡をかけた図書委員の女子を指差す。
「佐藤さんは猫耳が好きなんだっけ? どう? 何かある?」
「それは違いますよ春木さん。私はケモ耳にしっぽ、そしてモフモフが好き。つまり軽度のケモナーです。わかりましたか?」
眼鏡を直しながら自ら暴露した佐藤は、真っ赤になり固まった。
それから春木は次々にクラスメイトたちを指名し、個人的な趣向や好みを暴露していく。
もはや当初の質問とかけ離れていた。
……なに、これ?
夏野は周りの生徒たちが自爆して恥ずかしがる様を見て思った。すっかり自分の事が忘れ去られているから。
──その日、1年A組の教室は静かだった。
誰もが顔を伏せ、恥ずかしがっていたからだ。春木を除いて。
全員の暴露大会が行われていたため、秘密が共有されてしまい、なんともいえないない空気になってしまった。
こうしてクラスメイトたちに黒歴史の1ページが増えた。




