64話 そっち!?
夏野 空は行き詰まっていた。
葵 海に勉強を教えてもらっていたが、とうとう限界に近づいていた。
数学や英語、苦手な科目の巨大な壁にぶつかり、頭がパンクしまくっていた。
けっして海の教え方が下手というわけではない。とても丁寧だし、夏野に合わせてわかりやすいようにしていくれている。それに、一緒に勉強している倉井 最中は、頑張ってついていってるから。
葵たちとは頭の構造自体が違うと夏野は思った。
それでも小テストではクラスの上位に食い込むほどの学力の向上が見られ、成果は出ていた。
しかし、葵 月夜には遠く及ばない。
休日の今日は家で復習をしていたが、1人でいても煮詰まってきたので夏野は気晴らしに外に出ていた。
アーミージャケットを身に包み、寒い中を駅の近くにあるコンビニへ早歩きで向かった。
よく知っている店内へ入ると、雑誌コーナーからお菓子コーナーへと回り眺める。
買い物が目的ではないため、どの商品を見ても購入意欲がわかない。
ふと、中華まんの保温機の前で足を止めると、アツアツそうで食欲を誘う。
とりあえず買って食べ歩きしようかなと夏野が考えていると声をかけられた。
「空君! 奇遇だね!」
「つ、月夜部長!?」
声のする方を向くと葵がモコモコジャケットを着て目の前に立っていた。今日はショートスカートじゃなくて、ぴっちりのレギンスっぽいジーパンをはいている。
そういえば、前に会ったときは葵はギャル系の雑誌を買いに来ていたことを夏野は思い出した。
「月夜部長はあの雑誌を買いに?」
「ふふん、今日は違うぞ。コンビニオリジナルの化粧水があると聞いて試しに買いに来たのだ」
自慢げにすでに買ったビニール袋を持ち上げる葵。さすがオシャレに敏感な葵に夏野はへ~っと感心していた。
「ところで空君は何を買いに?」
「い、いえ、その…なんとなく来ただけなんで」
もじもじと夏野が言いよどんでいる中、葵は店員に注文して中華まんを2つ購入していた。
「はいっ! 空君には“プレミアムジューシー肉まん”だ。ちなみにわたしは“具が大きいカレーまん”」
葵から中華まんを受け取った夏野は、嬉しそうにありがとうございますと礼を言い、2人はコンビニを後にした。
刺すような北風が吹く中、誰もいない公園のベンチに2人は寄り添って座る。そうでもしないと寒いからだ。
ただでさえ会えてラッキーなのに、こんなに密着しても何も言われない…夏野は今日という幸運に感謝した。
月夜部長の体温がモコモコジャケットから伝わり暖かくて心地よい。できればドキドキしているこの想いも伝わればいいなと夏野は考えていた。
早々に中華まんを食べ終えた葵がまだ食べている夏野に話しかける。
「そういえば海に聞いたんだけど、空君と最中君は勉強を頑張っているみたいだね」
「ふわぁ!? そ、そうですね!」
驚いた夏野が変な声を出す。そういえば、海ちゃんに口止めするのを忘れてた。冷や汗をかきながら夏野は自分の計画がバレたかと焦る。
まさか葵と同じ大学へ行きたいから勉強しているなんて、本人に知れたらドン引きされること請け合いだ。
そんなことも気にしていないように葵が続けた。
「うむ。空君はえらいなぁ、海も褒めていたよ。上達が早いって」
「い、いえ。それほどでも…」
意外な高評価を聞いて照れる夏野に葵は微笑む。
「なかなかできることではないから凄いよ空君は」
「エヘヘ」
葵にも褒められてテンションが上がった夏野がぱあっと笑顔になる。
良かった! 海ちゃんは詳しく教えてなかった! 安堵が夏野の胸に広がる。
コンビニで見かけたとき、空君は落ち込んでいるような感じだったからな。葵は夏野をヨイショしていた。
夏野も中華まんを食べ終えた頃、葵が聞いてくる。
「そういえば、どうして勉強する気になったんだい?」
「え……。そ、それは大学に行こうと思って……」
なにか、はにかむ夏野に疑問を憶えながら葵が褒める。
「おー! ますます凄いな! 東京の大学でも狙っているのかい?」
「そういうわけではないですけど。つ、月夜部長は東京に行くんですか?」
「いや、わたしは県立の大学に行くつもりだよ」
「えっ!? もう一度お願います!」
「んん? だから県立大へ進学するよ?」
葵の進学先を聞いた夏野がえらくビックリしてベンチからズレ落ちた!
自分の予想に反した言葉が出たからだ。まさか地元の大学に行くとは予想外だった。
慌てた葵が助ける。
「おっと! 大丈夫かい?」
「あははははは! 平気です!」
笑って誤魔化しながら夏野は再びベンチへ腰掛けた。
しかし、内心では偏差値の高くない県立大学なら、これ以上勉強しなくてもいいことに気がつきホッとしていた。
月夜部長ってば、そっちだったんだ! てっきり東京の有名大学を狙ってるかと思っていたのに。でも、これでわたしも同じ大学に行ける! やった! 夏野の心では喜びが爆発していた。
急に明るくなった夏野が葵にギュッと寄り添ってきた。
「月夜部長はどうして県立に行くんですか?」
「ああ、それか。わたしはこれでも地元が好きでね。この地域を後生に残す仕事をしたいと思っていたんだ。それで、地元の役所の地域課とか民俗や歴史に関連するところで働くための県立ってわけ。実際、県立大から就職する人も多いし」
「へ~、月夜部長ってそんなに先まで考えていたんですか。とっても偉いです! わたしも見習います!」
「いや、そうでもないけど……」
照れた葵が遠くを見る。ふふっと夏野は笑顔で葵を見つめた。
しばらく2人は雑談した後、寒さが身にしみてきて、解散することにした。
葵は駅近くまで夏野を送って別れると、再びコンビニへと入店して中華まんを購入して帰っていった。
翌日、学校で海と会った夏野は、勉強のレベルを下げてもらうよう話しをした。ちなみに勉強会だから倉井も一緒にいた。
地元の大学にすると聞いた海は笑って伝える。
「そうなの。それじゃ、もういいんじゃない? だって、あたしは東大コースで考えていたから。もう空のレベルだったら余裕だよ?」
「マジで!? じゃあ、追加で勉強会しなくてもいいの?」
「復習をちゃんとすれば問題ないよ」
「やったー! いままでありがとう海ちゃん!」
喜んでピョンピョン跳ねた夏野が勢い海を抱きしめる。
「ちょ、ちょっと! 最中もいるから!」
「あ、ごめん。嬉しくて」
慌てた海が照れて夏野から無理矢理離れる。
倉井は冷たい目で夏野を見ていた。わたしなんか一度も海さんと抱き合ったことがないのに……ずるいと目が訴えていた。
舌を出してゴメンと倉井に謝る夏野。なんでこの人は嬉しくなるとすぐに抱きつくの? 海はドキドキしながら夏野を見ていた。
勉強会から解放された夏野は、海と倉井を残して学校の廊下をルンルンとスキップで去って行く。
その後ろ姿を見て海はため息をつく。
「はぁ~。これでわたしも解放されたのかな?」
「ふふっ、ありがとう海さん。お疲れさま」
倉井が海の手を取ると、2人は笑い合った。




