58話 気がついた!
深原高等学校2年A組の教室では授業が行われている。
黒板をノートに写しながら夏野 空は、ぼんやりと葵 月夜について考えていた。
最近は月夜部長との距離が近づいてなく、むしろ怖がられている気がしていた。
理想とかけ離れた姿に、ついつい説教をしてしまうのが原因だ。自分でもわかっているけど、どうしようもない。
こんなことでは先輩の月夜部長はあと1年ちょっとで卒業してしまう……。何もないままに……。
大学生になったら3年間はあるけれど。
ん? ってことは同じ大学へ進学しないと意味ないし。
そこで夏野はハッと気がついた。
自分と月夜部長の成績の差に……。
頭良すぎの月夜部長と同じ大学に入るのは絶望的だ。
ヤバイ!
焦った夏野は机をバンと叩き立ち上がる!
シン──
静かになる教室。
教鞭をとっていた岡山みどり先生が恐る恐る夏野に聞く。
「と、突然どうしたの夏野さん?」
「あ……」
見渡した夏野は周りにいる生徒の視線が集中しているのに気がついた。
あまりにも自分の考えに夢中ですっかり授業中だったことを忘れてた。
慌てた夏野はみどり先生に質問する。
「先生! どうしたら頭がよくなるんですか!?」
「は…!? えっと、ちゃんと授業を受けて復習してね」
しどろもどろに答えるみどり先生。夏野はニッコリと頷き、イスに座った。
クスクス笑い、囁き合う同級生たち。夏野は自分の行動に恥ずかしくて真っ赤になった顔を伏せていた。
休み時間になると春木 桜が夏野の席へと飛んできた。
「ちょっとどうしたの!? 面白いんだけど!」
「ううっ。考え事してたら勢い立ち上がっちゃった」
恥ずかしそうに夏野は先ほど考えていたことを春木に話した。
聞いた春木は笑う。
「また合宿する?」
「ダメ! それだと全然追っつかないよー! 月夜部長に夢中で勉強に集中できない!」
「アハハハハ! 絶対に無理だコレ!」
腹を抱える春木に夏野はムッときたが、当たっているだけに言い返せない。
よく考えれば、自分たちの中で一番頭が良いのは月夜部長だけだ。倉井や春木は同じぐらいのレベルだし、冬草先輩は無理そうだ。
ふと、月夜部長の妹の顔が夏野の頭に浮かぶ。
「そうだ! 海ちゃんに教えてもらうのは?」
「それ! いいと思う!」
春木が親指を上げて歯を見せる。
いい加減な気もするが、とにかく夏野は学力向上のために海に協力してもらうしかない。
次の休み時間を利用して夏野は1人で中等部へ向かった。
確か倉井 最中の情報によれば中学3年生の葵 海はB組のはず。
廊下にいる学生たちに1年しか違うのにずいぶんと場違いな気分になる。
まだ子供の雰囲気を残す中学生たちを見て、夏野は自分がちょっぴり大人になったのかなと思った。
B組に着くと中を見渡す。
いた!
特徴的なポニーテールの美少女が、同じクラスの女子たちと机を囲んで楽しそうに話している。
「海ちゃーーーん!」
見つけた嬉しさに夏野が手を上げて叫ぶと教室内にいた生徒たちがビックリして注目する。
驚いた海は夏野を認めると慌てて駆け寄り、彼女の腕をつかんで人気の無い場所へと引っ張っていった。
「ちょっと! 叫ばなくてもいいでしょ!?」
「あ、ごめん。ところでお願いしたいことがあるんだけど……」
怒る海にエヘヘと謝った夏野が両手を合わせる。
とまどう海が恐る恐る聞く。
「な、なによ…?」
「わたしに勉強を教えて欲しいの! 頼めるかな? お願いします!」
「えぇええ~~!? 何でわたしなの!? お姉ちゃんに教えてもらえばいいじゃん?」
「月夜部長だと気が散っちゃうから、海ちゃんの方が適役だと思って……」
夏野の頼みに眉をひそめた海がマジマジと見る。
両手を合わせている夏野になんとなく見えてきた。お姉ちゃんだと変に意識しちゃうって事かな? 海は思った。
「だいたい何で急に勉強したくなったわけ?」
「その……大学を目指したくて。できれば上位の……」
「ふーーん、お姉ちゃんだと東大もいけそうだけど。そこまで?」
「う、うん。できれば……」
あまりの設定の高さに自信なさげな夏野が頷く。ここで断っても、しつこそうな気がしてきた海は腕を組んでため息を出す。
「しょうがない。最中の友達だし、あたしも同じ部員だから手伝ってあげる」
「ウソ!? ホントに! ありがと~~う!」
ピョンと飛び上がって喜んだ夏野が海に抱きつく。
姉以外に抱きつかれて照れた海がわたわたと慌てる。
「ち、ちょっと!? 離れてよー」
「あ! ごめん、嬉しくて」
エヘヘと誤魔化して笑う夏野が離れると2人は勉強する場所や時間を決めていった。
それから夏野と海は昼休みや空いた時間をつかって、図書室で勉強をするようになった。
今までと違って目標ができた夏野は、月夜部長と一緒にいたい一心で海に教えてもらい勉学に励んだ。
ある日の放課後、夏野が部室に行くと暗い顔をした倉井が1人ポツンとイスに座っていた。
「あれ? どうしたの最中ちゃん?」
「空ちゃん……最近、海さんと連絡がとれなくて」
「ええぇーそうなの!? 海ちゃんて人気者だから忙しいかもよ?」
「それだったら教えてくれるはずだけど……」
今にも泣きそうな倉井に隣に座った夏野が励ますように手を握る。
「大丈夫だよ! きっと何かあるんだよ」
「そうかな……。お昼もいないことが多いし……。他の誰かといるのかもしれない」
ピンときた夏野が声を上げる。
「あ! それ、わたしだ!」
「は!?」
驚いた倉井が手を離して夏野を見る。なんで空ちゃんが出てくるのと目が語っていた。
後ろ頭に手を当てて、テヘヘと誤魔化す夏野。
「ごめん! 疑われることして! 実は海ちゃんに勉強を教えてもらってるんだ」
「はぁ!?」
「そ、その…月夜部長と同じ大学に行きたくて。今のわたしの学力だと無理だから、海ちゃんに手伝ってもらってたの」
照れながらわけを話す夏野に倉井は頬を膨らませた。
「……ずるい」
「ごめんって! そ、そうだ! 最中ちゃんも一緒に勉強しようよ! その方が海ちゃんも喜ぶし!」
「うん……」
機嫌が直った倉井が頬を染めて頷く。ホッとした夏野が経緯をかいつまんで説明して倉井に納得してもらう。
翌日、図書室に集まった夏野たち。
倉井は夏野と海に、ちゃんと何かあったら報告してと注文をつけていた。自分の知らない所で何かあれば心配するからと。
夏野は、嫉妬している倉井に笑って頷き、海は黙っていた事に慌てて謝っていた。
それから2人は海に勉強を教えてもらうようになり、おかげで学力はみるみる向上していた。
春木桜を除いて。




