56話 生徒会長は注意したい!
深原高等学校、生徒会長の秋風 紅葉は部活棟の廊下を歩いていた。
手にはお菓子の入った箱を持っている。今日は天使に会えるかもとウキウキして足取りが軽い。
地底探検部の部室前に来ると息を整える。
「こんにちは~~」
笑顔でドアを開けると、そこにはブスッとした冬草 雪が1人、イスにだるそうに座っていた。
秋風に気がついた冬草が顔を向ける。秋風は部室に倉井 最中がいない事に気がつき、ガッカリしていた。
「なに? 確か…生徒会長だっけ?」
「そう、生徒会長の秋風。あなた1人だけなの? てんし…じゃなかった、倉井さんはいないの?」
「確か最中と空は用があるとか言ってたな。月夜は担任に呼ばれて行ったし」
「ふ~~ん」
箱を持ちながら腕を組んだ秋風は、冬草の足の先から頭までを舐めるように見た。
この間とは少し変わってスカートの裾が短くなり、学校指定の容姿に近くなっている。マスクと黒いパーカーを着てなければだが。
ジトリと見られて恥ずかしくなった冬草が慌てる。
「な、なにジロジロ見てんだよ!?」
「いえ、前よりずいぶんと服装が良くなったから感心してたの。でも、大丈夫? ずっと体調が悪いんじゃないの?」
「あたいはいたって普通だよ」
「そう? ずっとマスクしているから長風邪かと思ったけど……」
言われて冬草は気がついた。ああ、マスクね……こっちではオシャレマスクとかしないの? 冬草は疑問に思った。
「ちげーよ。つけてるだけ」
聞いた秋風は片眉を上げ、マスクを取り上げたくてムズムズしながらも黙っていた。
不審に思った冬草が聞いてくる。
「なんだよ? いいたい事があるんなら言えよ!」
「それでは遠慮無く……」
そう言うと秋風は冬草に近づきマスクを取り上げる。ビックリした冬草は固まっている。
「ほら! やっぱり素敵な顔してる! せっかく綺麗な黒髪と顔してるのに口元を隠すなんてもったいない!」
「返せバカ! あたいはいいんだよー! 見られたくないから!」
冬草が手を伸ばすが秋風はマスクをスカートのポケットに隠してしまう。
「これは没収でーす。冬草さんには言いたい事が山ほどありますが、倉井さんと同じ部員のよしみで我慢します」
「なんだそれ!?」
驚いた冬草が立ち上がる。
すると秋風はスススっと距離を空けた。
ため息をついた冬草が腰に手を当てる。
「別にあたい目当てで来たわけじゃないだろ?」
「まあね。でも、あなたにも少しは興味はあるし。月夜と仲良さそうだらからね」
ふふんと秋風が言うと冬草は照れた。まさか気になっているのか…あたいを? 相変わらずの惚れっぽさを爆発させていた。
「とりあえず出直そうかな。これ良かったらどうぞ、みんなで食べて」
秋風が箱を差し出しながら向かうと、つまずき足を滑らした。
「ひゃ…」
「おっと! 大丈夫か!?」
タイミング良く冬草が抱き止める。細身ながらも力があり、秋風をしっかりと倒れないようにしている。
顔が近い! 必死な冬草の顔を見て秋風は思った。そして、なぜか秋風は冬草の薄い唇に目を奪われていた。
艶があって、厚くないスッと引き締まった唇。見ている自分が吸い付けられそうになる。
ちゃんと立たせてもらった秋風は恥ずかしそうに冬草を見た。
「…ありがとう。でも、あなたは、まだまだだから! わかった?」
「えっ?」
意味が分からない冬草はキョトンとした。
「そ、それじゃあ、倉井さんによろしくね! さようなら!」
慌てた秋風が頬を染めて部室をピューッと出て行ってしまった。
ポツンと残され、箱を持った冬草は首をかしげた。
なんなの、あれ? と。
しばらくすると葵 月夜が部室に入って来た。
「すまん! 遅くなった! って、雪だけかい?」
「まあね」
長机の上に箱を置いたまま冬草が答える。
イスに腰掛けた葵が聞いてくる。
「この箱は?」
「生徒会長の秋風からの差し入れ」
「おお! さすが紅葉! 欲望に忠実だな!」
嬉しそうに葵が箱を開ける。
そこには透明なビニール袋に形のいいクッキーが入っていた。葵は袋を開け、1枚を手に取ってニヤリと冬草に見せる。
「見ろ! 市販のクッキーをいかにも手作り風にしているこの技を! さすがだ紅葉!」
葵の的確な分析に冬草は吹き出して笑い始める。
2人は夏野と倉井を待ちながら、クッキーに手を出していた。
生徒会室に戻った秋風。
部屋には1人もいない……。どうやら皆は出かけているようだ。
ふうとため息をついた秋風は自分の席に座り、背もたれに身を預けた。
今回も倉井さんとは会えなかった……。タイミングの悪さに自分で嫌になる。前に会ったときは少ししか話せなかったし……。
秋風は机の上に手を組んで、倉井と会うための口実をあれこれ考えようとしていた。
しかし、頭によぎるのは目に焼き付いた薄い唇。印象が強すぎて頭から離れない。こんな事は初めてだった。
ポケットからマスクを取り出し目の前に広げると、ほのかに柑橘系の匂いが漂ってくる。冬草のだろうか? 自分の好きな匂いだ。
これって、私がつけたら関節キスになるのかな? そんな事を考えつつ、秋風はクンクンとマスクの匂いを嗅ぐ。
思わずマスクをつけようとすると誰かが声をかけてきた。
「会長……」
ハッと気がつき目を向けると、副会長の山口 拓がドアの前でニヤニヤしながら立っていた。
慌てて秋風はマスクをスカートのポケットへと滑り込ませる。
「ち、違うから! 風邪が移ったかもしれないから!」
「はい、はい。今度は誰が好きになったんですか?」
真っ赤な顔で否定する秋風に、いつもの事と涼しい顔の山口が自分の席に座る。
「変わってないから! か、勘違いしないで!?」
「はっはっは。僕は気にはしませんが、生徒会の仕事はちゃんとやってくださいね、会長?」
「わかってる」
ぶ然と答える秋風に山口は笑っていた。
それから思い出したように、わたわたと書類に目を通し始める秋風をよそに、書記や他の生徒会の面々が用事を済ませ戻ってきた。
再び賑やかになった生徒会室で、秋風はあの唇を思い出しては頬を染めていた。




