30話 夜回りするよ!
学級委員長として葵 月夜は文化祭前日の打ち合わせを終えると1人、教室に残した自分のカバンを手に取ると廊下へと出た。
月明かりの下、誰もいない校舎の薄暗い廊下は不気味だ。天井の蛍光灯の明かりも頼りなく感じる。
葵は自分の上履きの音にびくつきながらも早足で進む。
「葵さん?」
「ひやぁあああ~~!!」
背後から声をかけられ、飛び上がるほどビックリした葵が振り返ると『地底探検部』顧問の岡山みどり先生がきょとんと立っていた。
「み、ミドリちゃんか…心臓が緊急停止するかと思った」
「大袈裟ねぇ。ちょうど良かった、探してたの」
安堵する葵に困った笑いのみどり先生。
2人は文化祭で飾り付けられた廊下を並んで歩き始め、みどり先生が葵に話しかける。
「ねぇ葵さん。今日は学校に泊まらない?」
「えぇ!? 何故だい? さっきも探していたと言っていたけど」
「私、当直なのよ。普段は別に大丈夫だけど、文化祭でごちゃっとしている校舎にいると怖くて。だから葵さんと一緒にいれば平気だし」
「嫌だ。それに家へ電話しないと」
「それなら大丈夫よ。さっき連絡したから」
「は!?」
「ね?」
キラキラ笑顔でみどり先生が言ってくるが目が笑っていない。眼鏡越しの威圧に葵は身を引いた。
「とりあえず当直室に行こうよ。荷物はそこに置いて。ジャージは持ってる?」
「なぜか持ってる…」
「お風呂はあるから安心して。タオル貸すし。はぁ、良かった!」
嬉しそうなみどり先生が先に進み、了解してないのにと葵はブツブツと文句を言ってついていった。
当直室に着いた2人は食事をとると風呂に交代で入った。
夏野 空にもらったおやつのクッキーを2人で食べた後、ジャージに着替えた葵は布団を敷いた当直室でごろりと横になり、みどり先生もスエット姿で準備している。
なんだか疲れた…。去年はラクだったのに、部と組の出し物の準備でクタクタな葵は目を閉じた。
ちなみに2年B組の学級委員長である葵は、委員長の権限をフルに使って組の出し物を強引に決定していた。
文化祭の疲れを癒やす「ふわふわお休みルーム」という名の休憩スペースを提案しクラスの同意をこぎつけると、クッション作成や水の手配をして早々と作業を終えていた。
それもこれも「地底探検部」の出し物が大変だからだ。不満を持つクラスメートには地底部喫茶店での飲食無料券を配り、事なきを得ていた。
10分とたたないうちに、壁にかけてある丸い時計を確認したみどり先生から声をかけられる。
「そろそろ見回りに行くわよ」
「ミドリちゃん。わたしは目を閉じて寝に入るところだ」
「はぁ~ん!? いいの? あなた化粧道具持って来てるでしょ。チクっちゃうぞ?」
ガバッと起きた葵がみどり先生を見た。みどり先生はニタニタしている。
「い、いつ気がついたんだ!?」
「まあ、人に化粧しといて誤魔化せないよねー」
「ぐぬぬぬ…」
悔しがる葵を連れ立って、みどり先生は懐中電灯を片手に教室の方へ向かった。
暗く誰もいない廊下を一つの明かりが照らす。寄り添う2つの影が光の後を追っていた。
文化祭を控えた校舎は、あちこちに装飾が施されて別世界のようになっている。
出し物のある教室の扉にはお化け屋敷や研究発表などの文字がデコレーションされて書いてあった。
今日は1人じゃないから気が楽。必死に片腕にしがみついている葵の体温が安心する。だけど、こんなビビりでいいの? みどり先生は思った。
周りをキョロキョロ見て、オドオドしながら葵がみどり先生に囁く。
「ミドリちゃん。なんで夜の学校は電気を消してるんだい? 明るい方が見回りしやすいだろ?」
「そんなの電気代がもったいないからでしょ。そんなに怖いの?」
「当たり前だ! お、おおおお化けとか、ゆ、幽霊とか出たらどうするんだ!?」
言いながら怖くなったのかギューッとみどり先生の腕に体を寄せる葵。自分以上の怖がりにみどり先生は可笑しくなってしまう。
──ピシッ
2人が歩く廊下の窓ガラスが鳴った!
「ヒッ!?」「わぁああああ!!!!!!」
ビビったみどり先生に叫んだ葵が抱き着く。
みどり先生が恐る恐る窓に目を向ける。ガラスには闇夜がうつるだけで、ジッと見つめるが何も起きない。
よくある気温差とか建付けの関係よね? 冷や汗をかきながら、みどり先生は冷静につとめる。
なんとか立ち直った2人は慎重に足を進めた。
もはや腰にすがりつく葵に、誘ったのは間違いだったかしらとみどり先生は思った。
やがて校舎1階へとたどり着く。
すっかり及び腰の葵はプルプルと震えながらみどり先生にしがみついていた。
2人が正面玄関の近くを通ると、かすかな音が聞こえてくる……。
何か軽い足音とともにフン…フン…と荒い息が葵とみどり先生の耳に入ってくる。
「ひぇええ…」
ビビッて声を漏らす葵に顔面蒼白なみどり先生。
慌てて懐中電灯の光を向けると、そこは玄関の扉。
そ、外かな? みどり先生は恐怖におびえながらも、明かりを動かして校内に何者かがいないのを確かめる。
震えて動かない足を、生徒の前で情けない姿を見せられないと勇気を振り絞り、前へと出す。
葵を引っ付けたまま玄関の扉の前に来たみどり先生は深呼吸する。
ふーっ、大丈夫。大丈夫。きっと枯葉よ。きっとそう──みどり先生は扉の鍵を回して解除した。
ギギギギ……。
いつもとは違い、不気味な音を立てて扉がゆっくりと開く。
外に出た2人は辺りを見渡した。
と、すぐ近くに黒い影があるのにみどり先生が気がついた。
口は開いているのに声が出ない…。カタカタと懐中電灯を持つ手が震えているし、足が固まったように動かない。
揺れ動く先の明かりに影が近づいてくるのが分かった。背中はびっしゃりと冷や汗で濡れていた。
な、なにこれ!? みどり先生は恐怖におののく。
「何者だ!?」
葵が叫びながら、みどり先生の震える手から懐中電灯を奪うと前に出て影を照らす。
そこには四足の小型の獣が光に照らされて長い影を落としていた。
「ヴフゥー」
短い鳴き声を上げると好奇心旺盛な顔を向け興味深そうに葵を見つめた。
相手を照らしつつ、空手の構えをとりながら葵は目を細めて観察する。
長い鼻面を持ち、やたらフサフサの体毛、丸い耳に短い手足。
「…犬? いや、た、タヌキか?」
葵の問いかけに応えるように頭を傾けたタヌキは、次の瞬間、早足で太い尻尾を振りながら校庭を駆け抜けていった。
タヌキの背を見送った葵は、周りを見渡して安全を確信すると気が抜けたのかヘナヘナとその場に座りこんだ。
やっと動けるようになったみどり先生が葵の元へと駆け寄る。
「大丈夫!? 葵さん!」
「ミドリちゃん……腰が…抜けた」
情けない顔の葵がみどり先生を見上げる。
思わず吹き出して笑いながらみどり先生は葵を助け起こすと玄関に戻り扉に鍵をかけた。
その後は何事もなく、みどり先生は葵を引きずりながら見回りを終えて宿直室へと戻った。
怖がりの葵は1人で寝ることを拒否して、みどり先生と同じ布団へと潜り込む。
呆れながらも抱きついて寝ている葵を見てみどり先生は思った。
ビビリで怖がりだけど、いざとなったら頼りになる葵に感謝した。ホントに一緒にいてくれて助かったと。
「ありがとう、ポンコツ部長さん」
囁いて礼を言うとみどり先生は目を閉じた。




