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29話 準備をしよう!

 市立深原(ふかばら)中学校・高等学校の合同文化祭前日。

 『地底探検部』部長の葵 月夜(あおい つきよ)は部員の夏野 空(なつの そら)倉井 最中(くらい もなか)と一緒に家庭科室にいた。

 教室内には他にも部や生徒がいて文化祭に出すためのお菓子や仕込みを作っている。

 材料を並べた葵が制服の上にエプロンを着ると拳を握った。

「よし! では、クッキーとマフィン、それにプリンを作るぞ!」

「違いますよ月夜部長! “岩石クッキー”に“土石マフィン”、“マグマプリン”ですよ!」

 隣にいた夏野がすぐさま訂正した。

「そ、そうか…。まあいいだろう、とにかく作るぞ!」

「おーー!」「おー!」

 いつの間に、そんなネーミングにしたの? と葵は思ったが気にしないことにした。

 夏野と倉井が嬉しそうに拳を上げた。


 料理上手な葵はテキパキと作業を始めて、夏野や倉井に指示を出し手伝ってもらう。

 ふと、プリンの器が少ないのに葵は気がついた。

「空君。どうもプリンの容器が40個しかないようだが?」

「えっ!? 充分ですよね?」

「そんなバカな…少なくとも150個は無いと駄目だよ空君」

 聞いた夏野は目が点になった。冗談かと思ったが、月夜部長の目は笑っていない。

「そんなに必要ないですよ? それに無くなったら別のを出しましょうよ?」

「む…そうなのか。それだと儲けが少なくなるし、せっかくのお客さんが離れてしまうぞ?」

「いいんですよ! 文化祭だから2日しかないし! 商売しないでください!」

「そういえばそうか。ついこの先のプランまで考えていたよ。ハハハハハ」

 笑って誤魔化す葵に冷たい目で夏野は見ている。その横で倉井は指示された下ごしらえをせっせとしていた。

 しばらく進めていたが飽きてきた葵。マフィンをある程度、焼き上げると手が止まる。

「よし! もう大丈夫かな?」

「月夜部長。岩石クッキーがまだですよ」

 冷ややかに夏野が釘を刺すと葵がいやいや生地をこね始める。

 すっかり現場では見張り役の夏野、作業する葵に手伝う倉井で役割分担ができていた。


 やがてチョコチップの入ったクッキーが香ばしい匂いをさせる頃、近くにいた他の1年と思われる女生徒が葵に声をかけてきた。

「あ、あの…。葵先輩ですよね?」

「そうだけど、何?」

「料理上手な子が指に怪我をして、わたしたちでがんばってみたんですけど、どうしても上手くいかなくて…。それで、葵先輩たちが人数が少ないのに美味しそうに作ってるのを見て、わたしたちを助けて欲しいと思って…」

 モジモジと恥ずかしそうにしている女生徒が言うと他の場所からも声が上がる。

「ちょっとー! ずるくない? わたしたちも手伝って欲しかったのに!」「待ってよ! こっちも欲しいんだからね?」「1年は自分でやれよー! そういうわけで2年同士でやらない?」

 あちこちから葵たちの作業台へと集まってくる。

 夏野はチラリと葵の顔をみると青ざめていた。ああ、面倒くさいと思ってるんだろうな。

 戸惑う葵を押しのけて夏野が前へ出て声を張り上げる。

「はい、そこまで! みなさんには月夜部長が順番に回ってアドバイスをしていきますから! これだったら公平でしょ?」

 周りは同意したのか黙ったままだ。見渡して了解を得たと確信した夏野は葵の背中を押した。

「では月夜部長、お願いしまーす」

「……空君」

 きっと断ってくれると思ったのに正反対なことになり、恨めしい目で夏野を見ながら葵は隣の1年生に引っ張られて行った。


 葵を見送った後、残りを2人で始めた夏野と倉井。

 何事も無かったように、作業をしている夏野に倉井が疑問の目を向ける。

「いいの? 月夜部長独占しなくて」

「な、ななななに言ってるの! べ、別にいつも独占してないし! こ、こういう時こそ、わたしたち部員が頑張らないとね!」

 顔を赤くしながら夏野が言い訳しているのをニコニコと倉井は聞いていた。

 クッキーは型に流して焼くだけの作業なので、2人は楽しそうに喋りながら残りを焼き上げた。


 日が沈み早い月が出る頃、燃え尽きた葵はイスに腰かけていた。

 結局、家庭科室にいる他の組や部を全て手伝っていたから。これだったらバイトの方が楽に思えた。

「お疲れ様ですっ! 大変でした?」

 お茶のペットボトルを差し出しながら夏野が葵に声をかける。

「…空君、確かに大変だったよ。お茶をありがとう」

 受け取ると勢いゴクゴクと飲み始める。

 プハーっと息をつくと葵は夏野に笑いかける。

「まったく空君にはまいったよ。てっきり断ってくれると思ったのに」

「甘いですよ月夜部長。これで他の生徒とも距離が縮まったでしょ? わたしたちの部長は偉いんですから! ちょっとは自慢したいんです!」

 夏野も笑って答える。

 何の目的かわからないが空君はわたしの為と思ってのことだろう。…善意って辛い。葵は苦笑いする。

 倉井に目を向けると出来たてクッキーをモグモグと食べていた。

 気がついた夏野がこれ以上は食べないでと言い含めている。

 あまりのマイペースな倉井に葵は吹き出していた。


 出来上がったマフィンやクッキーを冷蔵庫に保管し、帰り支度をした夏野と倉井はまだ手ぶらな葵に聞いてきた。

「月夜部長はまだ残るんですか?」

「ああ。少し委員会の仕事もあるからね。今日は暗いから二人とも気をつけて帰りたまえ」

 見送りがてらに葵が答える。

 夏野は葵に近寄ると紙袋を手渡した。

「これ、わたしたちが焼いたクッキーです。おやつに食べてください」

「ありがとう空君、最中君」

 微笑む葵に照れた夏野が倉井を伴って手を振りながら学校を出ていった。


 校門から出ると、それまで黙っていた倉井は夏野に聞いてくる。

「どうして2人で焼いたって言ったの? あれは空ちゃんが作ったのに…」

「いいの! 月夜部長には秘密。ね?」

 口に指を当てて恥ずかしそうに夏野が答えた。

 ふふっと笑った倉井がニヤニヤとしている。

 2人は楽しそうに話ながらバス停で別れた。


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