27話 根性入れな!
葵家の一角にある空手道場。
普段は師範代の母親が近所の子供たちに空手を教えるために使用しているが、たまに娘たちが稽古していた。
広い道場では母と娘の2人だけ。朝の冷たい空気が辺りを張りつめた雰囲気にさせていた。
空手着に着替えた葵 月夜は正座をして正面を見ている。
対面にはこれまた空手着の母。同じように正座をしている。
ふーっと息を吐いた母がキッと月夜を見据える。
「月夜。最近あなたはたるんでいます。自覚はありますか?」
「いいえ。お母さま」
「…よろしい。聞けば海に無理難題を押し付けてるようですね?」
「いいえ。海は積極的に手伝ってくれてます」
平然と答える月夜に母の眉間がピクピクと動く。
「…そうですか。親と取り決めた事を守らないあなたをビシビシと稽古つけます。いいですか?」
「いいえ。お母さまの稽古はキツイから嫌です」
だんだん青ざめた月夜が答えると無視した母が立ち上がった。
「よろしい。では始めます。さあ、自由に仕掛けてきなさい」
体をひねると足を開き、片手を前に出し構える。
月夜は立ち上がったら最後、地獄の稽古が待っていることを知っていた。
ここは一計を案じる必要がありそうだ。
そういえば母は“自由に”と言っていたな……。
思案を巡らす月夜に母が怒鳴る。
「早くしなさい!」
スッと立ち上がった月夜は、母と正反対の構えを取る。
一呼吸をおいて、
「せりゃぁあああーーーー!」
鋭い叫びとともに突きを繰り出すと、母は腕で受け流しながら月夜の懐に入って来る。
来た! 予想通りの動きに月夜はほくそ笑んだ。
そのまま反対の拳を突き出し月夜の胸を狙う母。月夜は後ろに素早く下がり、母の突きをかわすと飛び出し軸足へタックルをかました。
「なっ!?」
驚いた母が月夜もろとも倒れる! と、素早く月夜が母の腕を取る。
ガッチリと腕ひしぎ逆十字を決めると母が怒鳴ってきた!
「痛たたた! って、何してんの月夜!」
「お母さまが自由に仕掛けろっていうから」
「バカ! 空手で来いって言ってんの! そんな技いつ覚えたの!? 空手にはないでしょ!!」
「ふふふ。ネットで研究してたのだ」
勝ち誇ったように月夜は言うと、技を解いて立ち上がる。
遅れてフラリと立ち上がった母の顔は赤鬼だった。背後には禍々しいオーラが溢れている。
月夜は思った。お母さまってシャレが通じないんだな…。
その後、月夜は怒りの母にボロボロになるまで稽古をつけられていた。
シャワーを浴びて月夜がリビングのソファーでグッタリしていると、妹の海が通りがかる。
この間、倉井 最中と出かけてから機嫌がいいようで、姉の月夜にも当たりが柔らかくなった気がする。
「また母さんを怒らせたの? バカだねぇ~」
ヒヒヒと笑ってきた。すがるように月夜が海を見つめる。
「お母さまにいじめられた。なぐさめて海…」
「キモイから嫌! あたしこれから出かけるから!」
そう言うと、さっさと海は家を出て行った。
ポツンと取り残された月夜。珍しく今日はなにも予定が無い。
そこに洗濯物の入ったカゴを持つ母がやってきた。
「そんなところでゴロゴロしてるなら手伝って! ほら!」
「ううっ。お母さまは人使いが荒い……」
月夜は打ち身に痛む体を押して立ち上がると、母から洗濯カゴを受け取り、庭へとヨロロと出て行った。
晴天の下、洗濯物を次々に干していく。
しかし、あるモノを手にすると月夜の動きが止まった。
こ、これは…海の……パンツ。
両手で持って広げると思ったよりも小さい。
そこには女子高生の間で人気の“くまPO”キャラがプリントされていた。中学生なのにおませさん。
…こんなに小さいパンツで大丈夫なのか? 昔より背が縮んだんじゃないか?
ジッとパンツを凝視して月夜が考えていると、
ドカッ!
母親に後頭部を思いっきり殴られる!
「なに妹のパンツをじっくり見てんだ!? ド変態がぁああ!!」
後頭部を押さえた月夜が慌てて言い訳をする。
「ち、違うんだお母さま! 海のパンツが小さいので心配していたんだ!」
「はぁ!? 何言ってんの?」
「本当だって! ほら、わたしのと比べるとこんなに小さいんだ! だから海の成長が悪いのかなと考えていたんだ!」
妹のパンツを握ったまま自分のギャルパンツを見せて説得する月夜。
呆れた母親が月夜からパンツを取り上げる。
「バカね。海は普通に成長してるし、あんたが心配することじゃないでしょ」
「ところでお母さまのパンツはどれだい?」
「なんで?」
「3つ比べたらわかるだろ? だってお母さまが一番年上だからパンツ大きいし…」
月夜が言い終わる前に母親に頭をつかまれる。鬼の顔を寄せた母が囁く。
「ああ!? 誰が一番大きいって!?」
「お、お母さま!? 違うから! 勘違いしてるって!」
「後で道場に来い!」
「あ、ハイ」
あまりの迫力に怖くなる月夜。
手を離した母はプンプンと怒りながら家の中へと入っていった。
──夜近くになり、妹の海が帰ってきた。
「ただいまーー」
リビングに行くと姉が昼間と同じ状態でソファーでグッタリしていた。
それを見て海は呆れる。
「まだいたの? …なんか昼見た時よりも傷が増えてる気がするけど、まっいいか。お風呂入ってこよ」
パタパタと去って行く音を聞きながら月夜は、なんでお姉ちゃんに感心が薄いの? と悲しんでいた。




