25話 いつでも見てるよ!
市立深原高等学校の屋上、休み時間に葵 月夜は双眼鏡片手に対象を見ていた。
屋上の一角に中等部の校舎が丸見えな部分があり、葵はその場所を陣取っている。
双眼鏡を覗いては手元のメモ帳に書き込む。
もちろん観察対象は妹の海。
ふむふむ。小松君にはもう興味がないのかすっかり接点が無くなったな…。
相変わらず妹は学友にモテモテだな。友達の輪に入って笑顔で話している。くそう、読唇術があれば…。
あっ! 神田進君が声をかけてきた! こいつは要注意。だって海は気が無いみたいだし。
葵はせっせと妹の情報をメモに書きつつ考察を重ねていた。
「月夜部長! なにやってんですかー?」
「おわぁあああ!?」
背後から突然声をかけられ、焦った葵はアワアワしながら振り返える。
そこには夏野 空が不思議そうに葵を見ていた。
ま…マズい! こんなところを見られたら海にチクられてしまう! 慌てた葵は咄嗟に嘘をつこうとする。
「こ、これは決して妹が何やってんのかな? とか思って覗いてたワケじゃなくて、いろいろと情報を握っておけばいいかな? とか思っているわけじゃないぞ…」
「なに自分から白状してるんですか!? 月夜部長って妹さんのストーカーなんですか? キモイです!」
凄く睨んで夏野が葵に食って掛かる。
「い、いや、空君、違うんだ。ワケを聞いて欲しいんだ!」
「ワケもなにも双眼鏡片手に持ってて、説得力ゼロです!」
憤慨している夏野に必死の説得を試みる葵。しかし、聞く耳をもってくれないようだ。
「頼むよ~~! 本当なんだ~! 聞いてくれよ~~~!」
「わ、わかりましたから! そんな情けない顔で迫らないでください!」
眉を下げてググッとくる葵の迫力に根負けした夏野が折れた。
2人は段差に腰掛けると、葵が下に顔を向けたままポツポツと事情を説明しだす。
「…ちょうど2年近く前ぐらいから妹の態度が急に変わったんだ。それまでお姉ちゃん大好きっ子だったのに、わたしを拒否しはじめたんだ……。家でも全然会ってくれないし、一緒にいたくないみたいで…」
あれ? と、葵の話しを聞きながら夏野は思い当たる節があったが、もう少し待った。
「…それで、ひょっとして海が学校でいじめにあっているのかと思って、ここから覗いて原因を調べていたんだ最初は。でも、それが日課になってくると楽しくなってきて…」
「わかりました。もういいですから」
途中で止めさせた夏野は確信する。やはりそうだ! 月夜部長は気がついていない、自分に原因があることに。
中学3年の3学期の当時、学校に現れた葵月夜の髪型は変わっていた。それまで黒髪ロングだったのが茶髪のセミロングになり、耳にはピアスがついていた。
それに言葉使いも変になって、学校中で噂されていた。“高校デビュー”やっちゃた、と。
卒業式で周囲から好奇の目で見られても毅然とした態度を通していた。姿は変わったけど、葵月夜は以前と同じ凜としたたたずまいだったのだ。
その時、確かな自分を持つ葵を遠くで見ているうちに初めて胸のトキメキを覚えた。そして、高校に入ったら必ず同じ部活に入ろうと決意したのを夏野は思い出していた。
そこでハタと気がついた。やばい、自分の事に置き換わってる…。
きっと妹さんも同じだ。大好きだった姉が突然変わったから戸惑っているのだ。きっと。
うなだれている葵に夏野は優しく声をかける。
「…月夜部長、妹さんは大丈夫ですよ。この間、お泊まりしたときも妹さんと一緒に勉強会したじゃないですか。だから、もう少し時間がたてば元通りになりますよ」
顔を上げた葵が優しく微笑む夏野に目を向ける。
「そんなに優しくされるなんて思ってなかったよ空君。もっと怒られるかと思った」
「当たり前です! 事情を知らなければ怒ってましたよー!」
「ハハハ。そうか…」
やっと葵が笑顔になる。ホッとした夏野は続けた。
「とりあえず、もう妹さんを双眼鏡で覗くのはやめてください。変な噂が立ちますよ?」
「ああ、わかったよ。もうしないよ」
苦笑いになった葵が後頭部をかいている。
フフと笑った夏野が立ち上がると手を差し出した。
「それに…わたし、前からずっと月夜部長のこと見てますから!」
「えっ!? なにそれ、怖い!」
青ざめた顔で思わず自分を抱きしめ、ドン引きする葵。あっ、しまった! 夏野は口に手を当てた。
──背中に冷や汗が流れる。葵は悟った。ストーカーって怖い…。
わたしのことを四六時中見ていたのだろうか? ひ、ひょっとして、昨日、冷蔵庫から拝借した妹のプリンも? …恐ろしい。
しかも身近にいたなんて…これからどう空君と付き合っていけばいいのだろうか? 葵は蒼白になって悩んだ。
プルプルと震える葵に慌てた夏野が取り繕う。
「違いますから! ぶ、部員として部長を見守っているって意味です! 勘違いしないでください!」
「えっ!? 本当かい?」
「もちろん本当です! そんなストーカーみたいな事なんてしませんから! だって部活で会えますもん!」
真摯な夏野の態度に胸をなで下ろした葵は、ほっと息を出した。
「そ、そうだよね。あービックリした! 空君はそんなことしないし! しかし、自分に置き換わると怖いものだね。勉強になったよ」
再び笑顔になった葵に血の気が戻ったようだ。その顔をみて夏野は危なかったと胸の内で呟いていた。
「ところでどうして空君がここに?」
今さら思い出したように葵が聞いてくる。
「えっ、それは…外の空気を吸いたくて。たまたま来たら月夜部長がいたんですよ!」
タハハと笑いながら説明する夏野。
言えない。ここに来たら月夜部長に会えると思ってたなんて。ストーカー話の後では非常にマズい。
とりあえず笑って誤魔化し続ける夏野だった。
中学校校舎3階にある教室のカーテンに隠れて葵 海がいた。
あの2人はなにを話しているの? お姉ちゃんってば、行動がわかりやすいから楽なんだけどな。
そう、妹は小型の双眼鏡で高等部校舎の屋上を姉と同じように見ていた。




