23話 美しくしよう!
放課後、『地底探検部』部室。
夏野 空がドアを開け、中に入ると部長の葵 月夜と倉井 最中が互いに顔を寄せ合い長机の上で何かをしているのが見えた。
前に屋上で勘違いしていた事もあり、決めつけるのはまだ時期尚早と近づきながらじっくりと見る。
すると倉井の爪に葵が何かを塗っているようだった。
「あのー、何しているんですか?」
不思議に思って聞いてみる。
葵は顔を上げるとニッとした。
「空君。今、最中君に素敵なマニュキュアを塗り終えてオシャレを伝授しているところだ」
「えーー!? 学校でマニキュアは禁止ですよ月夜部長! 見つかったら怒られますよ!」
驚いた夏野が声を上げる。
「しーーっ! 空君、声が大きいよ!」
「あっと、すみません。でもダメですよ?」
葵が唇に指を当てて注意すると夏野が手を口に当てて反論する。
しかし葵はニヤリとする。
「大丈夫だ空君。ほら、最中君の爪を見たまえ! つやつやしててキレイだろ? つまり、爪を磨き上げた結果、ツルツルになってあたかもコーティングしたようになったのだ!」
倉井の手を持ち上げて葵がドヤ顔で自慢する。倉井もニコニコとしている。
マニュキュアは色付きではなく、透明なタイプのようだった。確かに葵が主張するようには見える。
はぁ~っと長いため息をついた夏野がイスに座る。
「もう。みどり先生にバレても知りませんからね?」
「ありがとう空君! どれ、君にもしてみよう」
「え!?」
驚いている夏野をよそに、席を彼女の隣に移動した葵が手をとると爪磨きを使い始めた。
あれれ? と思う間にもテキパキと葵が作業していく。
なんか頭がめちゃ近い──葵の髪からシャンプーの匂いが漂ってくる。
…なんかこういうのもいいかも。夏野はときめいていた。
「よし! 最後にコレを塗れば…」
仕上げに入ったようで葵がマニュキュアを塗り始めた。
「完成だ。これで3人、おそろいだね」
ヒヒヒと笑った葵が自分の手を差し出す。倉井もつられて手を出す。
3人とも爪が綺麗にピカピカだ。
「わたし、こういうの初めてで嬉しいです!」
倉井が自分の爪を見ながら笑顔になっている。
「これで最中君もオシャレさんだ! フフフ、気持ちがいいものだな、人にオシャレをすると」
考え深げに顎に手を当てて葵は目を閉じた。なるほど、茜先輩の言う通りだ。自身だけでなく周りもオシャレになっていくと華やかな気持ちになる。
一人感動していると夏野が横やりを入れてきた。
「なんで急にこんなことを始めたんですか? あっ! ひょっとして茜先輩の影響?」
「な、なかなか勘が鋭いな空君。この間、屋上でアドバイスを受けて実践してみたのだよ」
ちょっと焦りながら葵が答えると夏野が上目づかいでにらんでくる。
「茜先輩とどういう関係なんですか!?」
「ええっ!? い、いや、普通に先輩、後輩の関係なんだが…。たまに屋上で会うからオシャレ談義をしていたけど」
「どういう談義なんですか!?」
「えっと、その、カラーリングとか、眉とか…」
夏野の勢いにタジタジとなる葵。しどろもどろに答えている。空君に何かしたかな? と葵は冷や汗をかいていた。
そこに、顧問の岡山みどりが部室に入って来た。
夏野が葵を攻め立てているのをお茶を飲みながら倉井が見ている。どんなことになってるの? みどり先生は思った。
倉井の隣に座り、お菓子を取り出して袋を開けると勧める。
ニコッと笑顔の倉井がポリポリと食べ始めた。
「あとどれくらい続くのかしら? あの2人」
「いつもならあと5分ぐらいですよ。たいてい月夜部長が打ちのめされてます」
みどり先生の問いにお菓子を食べながら倉井が答えた。
教師には口が達者なのに後輩に弱い葵を見てみどり先生は笑った。
やがて言い合いが終わったのか、頭をガックシとうなだれた葵が席につき、プンスカ怒っている夏野が続いた。
みどり先生が暇そうに聞いてきた。
「それで、何が原因なの?」
「む、それは…難しいな、ミドリちゃん」
気まずそうに葵が答える。いまだ薄い目で夏野が葵を見ていた。
これはイカン! 化粧について空君に責められていたなんて言えない。なんとか追及される前に誤魔化さないと、葵は話題を変える。
「と、ところで、ミドリちゃんはあまり化粧をしていないようだね?」
「あー、だって生徒相手じゃ、つくろっても意味ないでしょ」
眼鏡を直して関係ない素振りでみどり先生はお茶を飲む。
クワッと目を見開いた葵がダン! と、手をついてみどり先生に迫る。
「それじゃダメだよミドリちゃん!! 美人なんだからオシャレしないと!」
「ひっ! え? 美人……も、もう! そんなこと言っちゃって!」
最初、驚いていたみどり先生だったが照れて耳が赤くなっていた。
葵は自分のカバンを寄せて、中からポーチを取り出すと机の上に置いた。
「ミドリちゃんはそこにジッとしてて! わたしが良くしてあげるから」
「はい!?」
なんだか思わぬ展開についていけないみどり先生。
かまわず葵は片手をみどり先生の顔に触れると薄く化粧を始めた。
「これでどうだい?」
みどり先生に化粧を終えた葵が満足気に手鏡をみどり先生に渡す。
「へえ~、意外と上手ね……自然な感じ」
「だろ? フフフ」
鏡を見て感心するみどり先生。思った以上に良く見える。人にいろいろ試せて嬉し気な葵。
「綺麗ですよみどり先生!」
倉井が目を輝かせて賛辞を贈る。みどり先生は薄く頬を染めて照れた。
「本当にいいですよ先生! かわいい!」
さっきまでブスッとしていた夏野もみどり先生を見て褒める。
それから皆で化粧話に花が咲いた。
部員たちにちやほやされ気を良くしたみどり先生は部室を出ると職員室へとフンフンと鼻歌しながら帰って行った。
職員室の自分の席に戻ったみどり先生は日誌をつけ始める。
あれ? と、なにか部室で見落としていた事に気がつくが思い出せない。
んーなんだっけ? まっいいか。そのまま気にしないことにした。
「あっ!? 岡山先生、雰囲気変わりました?」
「え!?」
隣の席にいる国語教師、岩手 紫が聞いてくる。
年上で清楚なたたずまいの女性で、同じ大学出身の先輩だ。じっとみどり先生の顔を見つめてくる。
「うん。なんか午前中と違って艶やかな感じ。綺麗ですよ」
「い、いいえ。そんな……」
先輩に褒められますます照れ照れなみどり先生。ふふと笑った岩手先生が続ける。
「今度、わたしにもその化粧を教えてくださいよ。自然な感じがいいですね」
「あ、えっと。こ、今度でも…ハハハ」
まさか生徒にやってもらったなんて言えなくて笑って誤魔化す。
そこでハタとみどり先生は気がついた。
「あ!? 注意するの忘れてた…」
「え?」
「いえ、いえ。こちらのことですー」
笑ってさらに誤魔化しながらみどり先生は思い出した。
葵が化粧道具を持って来ていることを。
あれって持ち込み禁止だよね!?




