210話 最後にきたぞ!
地底探検部の部員たちが連れだってバスで向かった先は、県境に近い山の中腹にある鍾乳洞。
自分たちが住んでいる場所から一番近い地下に行ける場所だ。もう何度も来て、おなじみになりつつある。
それに、卒業が近い葵 月夜に冬草 雪と秋風 紅葉の三人と一緒に行ける最後の校外部活動だ。
まだ地底探検部が発足間もないときに訪れた最初の鍾乳洞であり、夏野 空や倉井 最中らも来た印象深い場所。
もちろん、顧問の岡山みどり先生も帰りに必ず寄るうどん屋の味を舌が覚えている。
到着した鍾乳洞は以前のまま、記憶に残っている姿で部員たちを迎えていた。入口の前にはちらほらと人がいて、地元で有名なちょっとした観光名所のようになっている。
バスの狭い席で窮屈だった体を大きく伸ばした月夜。
「うーん。外はいいなぁ。ひさしぶりだが、変わってないなここは」
「ちょっと安心しますよね」
クスクス笑った夏野が同意する。
「うむ。ではさっそく行こうか」
「行きましょう!」
率先して月夜と夏野が鍾乳洞の入り口横にあるプレハブ小屋へ歩き出した。
初めて訪れた吹田 奏は、キョロキョロと辺りを見渡して嬉しそうな顔を春木 桜に向けた。
「わぁ〜初めてきました〜。こんなところがあったんですね! 少し寂れてる感じが昭和的でノスタルジーさを感じます!」
「奏は初めてなんだ。そんなに期待するとがっかりするから、ほどほどにね。あたしがちゃんと案内するから任せてよ!」
「はいっ! お願いします!」
苦笑した春木が吹田の手をとって進み出す。子供の頃にここに来ていた春木は先輩風を吹かしているようだ。一学年上だから当然先輩なのだが。
小屋の窓口には切符売り場があり、人数分を購入して次々と部員たちが中へと入っていく。
暗い鍾乳洞を裸電球がポツポツと先を照らしている。このような場所に多い、つららのような鍾乳石は少ないので一見するとただの洞窟のようだ。
なれた月夜と夏野たちは雑談しながら進んでいく。
後からきた葵 海と一緒にいた倉井は鍾乳洞の壁にある横穴を見つけた。
「海さんこれ知ってる?」
「風穴でしょ。昔、お姉ちゃんに騙されたからよく覚えてるよ」
穴を見つめた海は小学生時代のことを思い出す。穴を見せたがった姉に抱き上げられて、冷たい風を顔面に勢いよく受けたとこのことを。姉が悪気もなくやったことだから怒れなかったのだ。
すると倉井はふふふと笑い出す。
むすっとした海が目を向けると倉井は笑顔のままだ。
「わたしも初めて来たときに月夜先輩に同じことされたから。似てるなって思って」
「はあ!? 最中にもしてんの!? お姉ちゃんって小学生の頃から変わってないじゃん!?」
「ふふふ面白いね」
「ちっとも面白くなーーーい!」
ぷんすかした海が倉井の手を引いて、ずんずん先へ進み出す。
困った顔をしながら笑う倉井は離れていきながら風穴を案内している春木たちが目に入った。
珍しそうに穴を覗き込む吹田の姿に、先の展開が読めて倉井は吹き出していた。
短い鍾乳洞の折り返し地点にきた夏野と月夜。
人が通れない細い穴が先に続いているが、通行禁止の立て看板と共にロープが張られ進めないようになっている。
「もう着いちゃいましたね。戻ります?」
「うむ。後続がまだだがそうしよう。すれ違いで会えるからな」
二人が来た道を引き返していく。
最初に出会ったのは海と倉井。月夜を発見した海が睨みながら倉井の手を引いていく。倉井は苦笑しながら二人に会釈をして連れて行かれた。
不思議そうに倉井に手をふって別れる月夜と夏野。
「私が何かしたかな?」
「さあ? でも月夜先輩がからんでいるみたいですね」
「うむむむ……何も思い当たる節がない。しいて言えば子供の頃に家族で訪れたぐらいだな」
「きっとそこで何かあったんですよ」
「まったく覚えてないなー」
腕を組み記憶をたどる月夜。だが、全然思い出せない。
妹に怒られそうなことはしょっちゅうしているので、身に覚えがありすぎるのが問題だった。
笑った夏野が先をうながし二人は歩き始めた。
少し行くと春木と吹田が現れた。
「すごいですね! あんな風がいっぺんに吹きつけるのなんて初めてでした! いい経験です!」
「あははは。夏だと涼しくていいんだよねー」
「暑くなったらまた来ましょう!」
「いいね!」
興奮している吹田が楽しそうに春木と話しながら歩いていくる。どうやら風穴でもろに顔面で風を受けたようだ。
「あ! 新旧部長コンビだ!」
月夜と夏野に気がついた春木が手を振ってくる。
新旧ってなんだ!? とのツッコミを飲み込みつつ手を振り返す月夜と夏野。
「我々は出口に向かうので、ゆっくり楽しんでくれたまえ」
「そうする。後でねー」
「では後ほどお会いします」
春木と吹田と別れ先を進む二人。
出入り口の明るい光が見えてきた。どうやら他の部員とも会うことはなさそうだ。
月夜が出口に目を向ける。
「雪と紅葉には出会わなかったな」
「たぶん外でみどり先生と一緒にいると思いますよ。雪先輩たちは興味なさそうでしたし」
「ありうるな。あの人たちは帰りのうどんが楽しみで来ているようなものだからな」
「ですねー」
クスクス笑う夏野。温かい湯気をもくもく出すうどんに目を輝かせているみどり先生たちを想像して笑っている。
つられて月夜も笑い、二人は歩いていく。
ふいに月夜は隣を歩く夏野に向け、照れ臭そうに口を開いた。
「空君…」
「はい?」
「今日はありがとう。最後にこの場所を選んでくれて」
「いえいえ。そんな大したことじゃないですし」
突然のお礼に照れた夏野は手を振る。
その様子にふふと優しく笑みを浮かべる月夜。
「地底探検部を作って最初に来たのがこの鍾乳洞だった。そして空君が入部して最初に来たのもこの鍾乳洞だ。最中君や雪だって最初にここに来た。いわば部員にとっての源流的存在だ。ここにくるたびに今までの部活動を思い出すよ。だから部員として最後に訪れたことが感慨深いし、嬉しい」
「月夜先輩……」
「だから部長になってくれた空君には礼をいいたいのだ。ありがとう」
笑顔を向ける月夜と目を合わせた夏野は瞳を潤ませた。
ぶわっと涙を流した夏野はがばっと月夜に抱きつく。夏野の急な行動に驚いた月夜。今の会話のどこに泣く要素があったのだろうかと疑問が頭に浮かぶ。
「うわぁ〜〜〜ん! 卒業しないでくださぁ〜〜〜〜い!!!」
「そっちかー。そう言われてもこればかりは……」
「うぇ〜〜ん!」
「よしよし」
困った顔で月夜は夏野の頭をなでる。気持ちはわからなくないが、こればかりは仕方ない。
どう話したらいいものかと、抱きつかれながら考えていた月夜に奥から戻ってきた海と倉井たちが目に入った。
途中で合流したらしく春木と吹田もいる。なんともいえない状況に月夜は少し顔が引きつる。
キッと睨みつつ通り過ぎる海。そんな海に手を引かれつつ、ニコニコしている倉井。春木と吹田に至っては二人とも親指を立てながらウインクして出口へと向かっていった。
ぐずぐず泣いている夏野をなだめながら、ゆっくりと進む月夜。
夏野もわかっているのだ。これはわがままでどうしょうもない事ぐらい。それでもやはり別れが近づくと悲しくなるのだ。
相手に迷惑をかけたくなかったが、涙が勝手に出てくるし、胸がギュッとするのが耐えられない。
それでも優しく接してくれている月夜に、夏野は改めて惚れ直して余計身に詰まらせていた。
鍾乳洞を出る頃には泣き止み、月夜に突然のことを謝った夏野の目はちょっと赤くなっている。
月夜が気にしないでいいよと笑うと夏野は頬を染めてはにかんだ。
外にいたみどり先生たちは先に合流した海たちから事情を聞いたらしく、月夜たちには普段と変わらない様子で話しかけていた。
帰りには恒例のうどん屋へと向かう。もちろん反対する部員はいない。
できたてのうどんが湯気をゆらしながら部員たちの前に並ぶ。ちょうどお腹も空いているので皆の顔は嬉しそう。さっそくいただきますをする。
久しぶりの味に舌が喜び、みどり先生も満足げだ。
妙に周りの部員から温かく話しかけられている夏野は、泣いてるところを見られたのだろうと気がつき恥ずかしそうにしていた。
それでも月夜の隣でうどんをすすってお腹が温かくなった夏野は楽しそうに笑っている。
夏野の様子を見てほっとした月夜は、服に残った涙の跡にいっぱい泣いたなと微笑んだ。
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