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209話 もやもやするぞ!

 (あおい)家では、いつものように朝食を準備していた葵 月夜(あおいつきよ)がふと思い出したようにつぶやいた。

「そういえば、(そら)君は今日のバイトの予定はどうだったっけ?」

「今日は出るでしょ」

「そうか。なら大丈夫──って!?」

 一緒に準備していた母親が答えていたのを驚いて見る月夜。なぜ夏野 空(なつのそら)の情報を知っているのか? しかも今日の予定まで。

 あまりにも自然な対応だったので、うっかり流してしまうところだった。

 娘の視線に気がついた母が苦笑する。月夜の顔には疑問の文字がありありと浮かんでいるからだ。

「昨日、空ちゃんからL○NEがあったから。まめでいいね」

「そういうことか……」

 理由はわかったが、いまいち釈然としない。なぜ自分ではなく母親に連絡が来るのかと月夜は思った。

 そういえば、最近はよくL○NEでやりとりしているようで母が楽しそうにスマホを使っているのをたまに目撃していた。

 その影響か母親はよく夏野の話題を出してくることが多くなった。

 あまり気にしていなかったが、こうやって母親の方が詳しいことに月夜はあまり嬉しくない気持ちが勝っていた。

 月夜のそんな思いを知らず母親は無頓着に聞いてきた。

「空ちゃんとはどうなの?」

「いや、普通だが」

「そうなの? もっと二人で出かけてきたらいいじゃない?」

「意味がわからないが、空君とはよく会っているからなぁ」

「部活とかバイトじゃなくて、もっとほら、あるでしょ。いろいろ」

「お母様のいろいろはあまりにも範囲が広いから難しいな。だが、空君とはよく遊んでいるぞ」

 察しが悪い娘にイライラしてきた母親。どこの誰に似ているのやらと思うのだが、どう考えても自分に似ているとは母親は気がついていない。

 そんな会話をしていると妹の(うみ)と、今日も泊まっていた倉井 最中(くらいもなか)が起きて顔を出した。

「おはよー」「おはようございます」

「おはよう二人とも。朝食はできているぞ」

 可愛い妹たちに笑顔で返す月夜とこれまた笑顔で母親が迎える。

 いつものことなので気にしない海と毎度恐縮してしまう最中。二人は仲良く支度(したく)をするために顔を引っ込めた。


 こうして学校へ登校すると、あっという間に放課後になった。

 三年生である月夜は推薦もあり希望の大学にすでに受かっているので授業も上の空だ。

 自由に過ごせる部活は月夜にとって気楽にすごせる場のひとつ。

 部室に顔を出せば夏野や倉井、妹の海たちが寒い中で楽しそうに雑談に興じている。寒いとはいえ、春が近づいているので真冬よりは暖かいがそれでも底冷えする。

 春木 桜(はるきさくら)吹田 奏(ふきたかなで)冬草 雪(ふゆくさゆき)秋風 紅葉(あきかぜもみじ)岡山(おかやま)みどり先生とプランケットに包まって話していた。

 同じ三年の冬草は地元のハイテク工場に内定済みだし、秋風もフランスの有名な洋菓子店に研修入りが決定している。部の三年組はわりと安泰で、あとは卒業を残すのみ。

 普通なら二学期で部から離れる三年生が多いなか、月夜たちは最後まで出続けるつもりのようだ。

 遅れてやってきた月夜は夏野たちの輪に入って、妹に突っ込まれつつ温かいお茶を飲みながら話していた。


 あっという間に部活の時間がすぎ、バイト先へと向かう月夜と夏野。本日は学校から直行するので二人並んで歩いて行く。

 冬草も同じバイト先だが、今日はシフトを入れていないようだ。秋風と一緒にそそくさと自宅へと帰っていった。

 陽も少し長くなり、夕日がところどころで溶けずに残る雪をオレンジ色に照らしている。

 夏野と肩を並べて歩いていて、月夜は朝の出来事を思い出した。

「そういえば空君。うちのお母様とはよく連絡をとっているのか?」

「しょっちゅうじゃないですけど、日に何回かL○NEしてますよ」

 あっけらかんと応える夏野に、それってしょっちゅうじゃね? と月夜は思ったが胸の内でツッコミを入れた。

「そうか。なかなか密にやりとりしているようだね」

「はい。でも月夜先輩のお母さんからの質問が多くて、答える形が多いですけど」

「よくわからんが、何が気になるのだろうか?」

「さあ? 好きな色とか明日はバイトでるのとかですよ」

「ますますわからん」

 自分の母親とはいえ後輩に何をやっているんだと月夜は疑問に思った。だが、知らないところでやりとりされているのが気分が悪い。

 なんだか胸がもやもやするが、隣で歩く夏野に八つ当たりしてもしかたがない。月夜はぐっと我慢した。


 バイトはいつものように夜食をとりにくる家族や単身の客や、ゆるくひとりの時間をとりにくる客などが訪れる。昼とは少し違う客層だが、月夜たちなれており普通に応対していた。

 テーブルを回る夏野は元気よく、客の評判も上々だ。厨房で店長と共に調理している月夜は、手が空いたときは客の方へと出て夏野を手伝っていた。

 特に問題もなくバイトを終え帰り支度をしていると夏野のスマホが震えた。

 何気なくスマホを見た夏野は、そのまま画面をタップしだした。どうやら誰かから連絡があったようだ。

 まだ着替え途中だというのにスマホに夢中な夏野に、月夜はいらただしげに自分の支度を始めた。

 帰る準備ができた月夜だったが、夏野はまだスマホに打ち込んでいるようだ。自分の支度を止めてまで返事をする相手とは一体? そこまでする必要があるのだろうかと月夜は思う。

 あまり面白くない感覚にイライラしはじめた月夜。

「…空君。あまり聞いては悪いかもしれないが、誰かから急ぎで連絡があったのかな?」

「あっ!? すみません。返事は短くしているんですけど、すぐに続きがきてて」

 申し訳なさそうにする夏野。だが、どうしても相手とは時間を置いて連絡を取り合うのが難しいようだ。

 そんな夏野の言葉に月夜はひっかかりを覚える。

「ん? 続き? 空君は誰と連絡を取り合っているのかな?」

「えっと、その、月夜先輩のお母さんですけど……」

「はあ!? お母様と!?」

「そうですよ。前にL○NEの交換してて、それからよく先輩のお母さんから連絡がちょくちょく来るようになって、ですね」

「くぁあああああ!!」

 急に変な声を出した月夜に夏野が驚く。ついで月夜は自分の髪の毛をわしゃわしゃとかき乱す。

 そう。月夜は理解してしまったのだ。母がスマホをしていた相手とは夏野だったのだ。

 夏野としては好きな人の母親から連絡がくれば最優先に返事をするのは当たり前だ。少しでも相手に好印象を残せたらとの思いが強い。

 対して、親しい後輩に自分の母親が迷惑をかけていることに気がついた月夜。普段スマホなどのハイテク機器にふれていないことが裏目に出ていた。用がなければスマホを使うことがない月夜は常に手に持つことはしない。だからこそ月夜は気がつかなかったのだ。ギャル必須のアイテムなのに。

「えっと、月夜先輩。大丈夫ですか?」

 気遣って声をかけてくる夏野に無理矢理笑顔を作る月夜。少し怖い笑顔にちょっと夏野は引いた。

「いや、すまない。少し平常心が失われたようだ。うちのお母様がまさか空君と連絡をとりあっているとは思わなくてね」

「そういえば…わたしから言ってなかったですね。てっきり先輩のお母さんから話しているかと思ってたんですけど。違ったみたいですみません」

「空君が謝ることはないぞ。これはうちの問題だからな」

「そうですか? でも、当たり(さわ)りのない話題ばかりですから。今だってバイトが終わったかどうかとか、月夜先輩と一緒に帰るのとかの確認みたいなものですし」

 どうやらたいしたことのない内容らしく、月夜の気分はいくらかましになったようだ。

 月夜の顔つきが自然と柔らかくなる。

「うむ。なんだかよくわからんな」

「ですね。ときどきわたしもわからなくなりますよ? えへへ」

 笑う夏野につられて月夜も笑う。この場合、乾いた笑いだが。

 とにもかくにも月夜のもやもやは杞憂(きゆう)だったようだ。相手が母親ならとホッとした月夜は安心したように微笑んだ。


 やがてバイト先の喫茶店から出た二人は、いつものように途中まで月夜が夏野を送って別れた。

 ひとりになった夏野は自宅が見える辺りに近づいたとき、ぴたりと足を止めた。

 もしかして…ひょっとして? バイトでの月夜の行動を思い返した夏野は後ろを振り返る。

 暗い夜道には月夜の影は無かったけれど、夏野はふふっと笑った。

 まさか、やきもち焼いていたなんて都合のいい想像をしてしまったのだ。もしそうなら嬉しいなと夏野は思った。これなら告白しても良い返事が期待できそうだから。

 わたしの事が好きになっていますようにと、夏野は澄んだ夜空を見上げて星に願った。


 一方、夏野と別れた月夜は怒り心頭でダッシュで家に帰った。

 玄関を開けた第一声は、

「お母様!! なに空君とやっているんだぁーーーー!!」

 だった。


お読みいただきありがとうございます。

年末ぎりぎりの更新ですみません。

みなさま、よいお年をお迎えください。

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