208話 食ったな!?
放課後、夏野 空と葵 月夜は並んで地底探検部の部室へと廊下を歩いていた。
前日のバレンタインデーと誕生日を合わせたお祝いに月夜はニコニコと機嫌がいい。
夏野も告白こそしていなかったが、気持ちのこもったプレゼントとチョコを手渡せたのでルンルンだ。
「昨日は楽しかったな。きちんとした誕生日を祝ってもらうなんて幼稚園依頼だ」
「楽しかったですねー。わたしも月夜先輩の誕生会をできて良かったですよ」
「うむ。これは空君たちにお返ししないといけないな。空君の誕生日は期待してくれたまえ」
「えへへ。とっても楽しみです! なんなら明日でもいいですよ?」
「そんな嬉しそうにされるとプレッシャーが重いが、なんとか頑張ってみるよ」
「絶対ですよ?」
「う、うむ」
軽く言ったものの、なぜか強制的な感じになってあせる月夜。最近は夏野の凄みが増しているような気がするが、気のせいだと月夜は思うことにした。
そんな会話をしつつ部室へとたどり着き、ドアを開ける。
寒い部室内は誰もいないようで静かだ。
一番に来ることはよくあることなので二人とも気にせず中へと入った。
いつもつかう長机の上に包みがちょこんとのっている。
すぐに気がついた夏野が月夜に示す。
「これって月夜先輩のですか?」
「いや。まったく見覚えがないぞ」
「それじゃ、他の人のですかね? 最中ちゃんや海ちゃんでもなさそうだし…桜や奏ちゃん、みどり先生でもないような」
「かと言って雪や紅葉が持っていたのを見ていないが……」
「つまり?」
月夜と夏野が目を合わせて頷く。
「「持ち主不明!?」」
声をハモらせた二人は興味深そうにその包みを観察した。
よくある薄茶色の紙袋の中には重量のあるものが入っていそうで、どっしりとして軽く動きそうもない。
月夜は恐る恐る手を伸ばして包みを慎重に開けた。
「おおーー!?」
中身を覗き込んだ月夜が嬉しそうな驚きの声をあげると、夏野も顔を寄せて紙袋の中を見た。
そこには白いクリームがたっぷりのったケーキが二つ並んでいる。
「これって?」
「うむ。どう見てもケーキだな。どういうことだろうか……」
首をかしげた月夜は、ニカっと夏野に笑いかける。
「きっとこれは差し入れに違いない。たぶん、いや、きっとそうだ」
「ですね!」
もう夏野も食べたくなって同意する。怪しいとか変なものが入っているんじゃないかとかは考えていないようだ。
月夜はそっと崩れないようにケーキを取り出し自分の手にひとつ、もうひとつを夏野に渡す。
「残念ながらここにはケーキが二つしかないようだ。そうすると他の部員たちと公平に分けるのは難しいとは思わないか?」
「思います!」
「そこで私たちがここにある証拠を消せば、このことは無かったことにならないだろうか?」
「なりますね!」
「うむ。というわけで誰も来ないうちに食べようではないか!」
「はい! いただきます!」
いい笑顔で二人は頷き合うと一口を食べた。
生クリームとチーズクリームがハーモニーをかなで、シフォンケーキっぽいスポンジ部分と合っている。シンプルながら飽きのこない味に月夜と夏野は目を細めた。
「さっぱり甘くて美味しいですね!」
「うむ。授業で疲れた頭が癒されるな」
思いのほか一口目が美味くて、ぱくぱくと食べていく。
あともう少しで食べ終えるというときに部室のドアが急に開いた!
「あ!?」
驚いた月夜と夏野がドアへ顔を向けると、そこには冬草 雪が同じように驚いた顔で固まっていた。
「な、な、な、なんで食ってんだ!?」
かろうじて声を出した冬草に、月夜と夏野は残りを食べ切って愛想笑いで誤魔化した。
「いや、なんか言えよ! 聞きたいこととかあるだろ!」
冬草のツッコミに夏野がえへへと誤魔化しながら聞いてきた。
「ひょっとして、これって雪先輩が作ったケーキですか?」
「そうだよ!」
「なんで机の上に置いていたんですか? 冷蔵庫の方がよくないですか?」
「部室が寒いから大丈夫だと思ったんだよ! まさか誰かが勝手に食べるとは思わないだろ普通!」
冬草に言われて、まさにその通りで夏野は素直に頭をさげた。
「…ごめんなさい。でも、でも美味しかったですよ!」
「そうだぞ雪! 甘くて美味しかったぞ! 空君も反省しているようだし、大目に見てもらえないだろうか?」
夏野をかばうように月夜が口を挟んできた。しかし、冬草には逆効果だったようだ。
「うっせーよ!! 月夜も同じだろーが!」
「ひっ!? 誠に申し訳ございませんでしたー!!!」
慌てて土下座する月夜。急な低姿勢に冬草も怒りがしぼんでしまった。
「もういいよ。食べちまったもんはしょうがないし。また作ればいいから」
ぽりぽりと頬をかいて照れたように言う冬草を月夜と夏野は感激して抱きついてきた。
「ありがとうー!」
「また作ってくれ!」
「あ゛あ゛〜〜抱きつくな〜〜!!!」
秋風 紅葉以外に抱きつかれたことのない冬草は顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
それに気がつかない月夜と夏野はぎゅーっとしていた。
とりあえず離れた月夜たち。夏野が冬草に質問してきた。
「どうしてケーキを作ったんですか? 誰かの誕生日とか?」
「違えよ。そ、その……紅葉が卒業したらいなくなるから、あたいが紅葉のママの手伝いができるって証明したかったんだよ」
照れながら語る冬草。夏野と月夜は目を合わせると再び冬草に抱きついた。
「めちゃくちゃ偉いです雪先輩!」
「なんとも優しいな雪! それなら紅葉も安心して旅立てるな!」
「だぁーー! いちいち抱きつくなーーー!!!」
褒められた冬草は照れ隠しで二人を引き剥がした。だが、寒い部室内では抱きつかれていた方が暖かいのも事実だった。
そこにいい案が浮かんだ夏野が片手をあげた。
「それならこれから作りましょうよ! わたし手伝いますから! 食べた罪滅ぼしにもなるし」
「それはいい! 微力ながら私も手をかそう」
「いや。勝手に決めるなって。だいたいどこで作るんだよ?」
自分たちで話を進め始めた夏野たちをたしなめる冬草。
「ふっふっふ。それなら安心したまえ。いい場所を知ってる。さあ! 行こう!」
ニヤリとした月夜は嫌そうな冬草ときょとんとした夏野の手を引いて部室から出ていく。
二人が連れて行かれた先は調理室。
料理部が使用した後のようで、室内はほんのりと暖かい空気が残っている。
ドヤ顔の月夜が冬草へにかっと笑顔を向けた。
「どうだ? ここでなら材料があれば作れるぞ!」
「いや、明日でもいいけどな? というかスポンジ作りは一晩かかるし」
「大丈夫。材料の場所の目処はついているから。さ、ちゃちゃっと終わらせよう!」
月夜は冬草を調理台の前へ立たせ、夏野を伴って調理室から出て行ってしまった。
ぽつんと残された冬草は、仕方ないなと上着を脱いでカバンとまとめてイスの上に置いて手を洗い始めた。
調理に必要なボウルや泡立て器やヘラなどを準備していく。いったいあいつらどこに行ったんだろうかと思いながら。
やがて月夜たちがビニール袋を下げて戻ってきた。
「ふっふっふ。当直室にはいろいろな材料があるから持ってきだぞ」
「それっていいのか?」
「なあに、少し減ったぐらいじゃわかないさ」
自信満々な月夜にそんなものかなと冬草は材料を受け取った。
ニコニコと嬉しそうな夏野が見守る中、ケーキ作りが始まった。今回は時間がないのと材料がきまっているので本格的なものはお預けのようだ。
用意したボウルに割った板チョコと牛乳を入れて電子レンジで加熱。溶けたチョコと牛乳を混ぜて追加の牛乳とホットケーキミックスを加えてよく混ぜる。
次にできた生地を型にいれて予熱しておいたオーブンでしばらく焼く。待っているあいだに生クリームを泡だてて用意しておく。ここは月夜が手慣れたように作業していた。
焼き上がったケーキを型から外して粗熱をとったあと、生クリームを塗ってチョコケーキが完成した。
思ったより簡単にできたことに冬草は感動する。
「おおーー! すげー! こんなんでできるのか!」
「うむ。だが、これは時短レシピだからな。やっぱり本格的なものには劣るよ」
月夜が苦笑して言うが、これならちょっと時間が空いたときに作れそうだ。
切り分けたケーキを包み、冬草に手渡す。
「これを紅葉に持っていくがいい。間違いなく雪の手作りだからな」
「ありがと。なんか悪いな」
「気にしないでくれたまえ。早く彼女に届けてくれ。片付けは私たちがするからな」
「悪いな。じゃあな!」
嬉しそうに冬草はできたてのケーキを胸に持って調理室を出て行った。
見送った夏野が気分よさそうに伸びをした。
「なんか良いことしたみたいで気持ちがいいですね」
「うむ。恩を売ってさらに我々も残りのケーキにありつけるから一石二鳥だな」
そう、月夜はケーキを冬草に作らせて余った分を食べる気満々だったのだ。この頃には原因が自分たちにあることを忘れていた。
夏野も笑顔で頷くとケーキをひとつ手に取った。
二人はいただきますをして美味しく二度目のケーキにありつくのだった。
その日の夜、月夜は妹の海に部活に出なかったことを怒られた。どうやら不在を心配していたようだ。
さらに翌日、顧問の岡山みどり先生に夏野と共に呼ばれて説教されていた。勝手に調理室を使用したほかに先生の私物だったホットケーキミックスやチョコを使っていたので。
最後に待っていたのは秋風 紅葉だ。どうやら冬草から話を聞いたらしく、一番長く文句を聞かされることになった。
さんざん怒られ続けた月夜と夏野はこの日、部室の長机に身を投げてぐったりしていた。
仲良く沈んでいる二人をみて事情を知っていた部員たちは苦笑していた。




