207話 転身するよ!
大阪のとある居酒屋。
地元のアイドルグループのリーダー蟹屋 窓里とメンバーのひとり川岸 水面が個室で対面に座ってビールを飲んでいた。
大量におつまみを注文し、テーブルの上には小皿が所狭しと並んでいる。
二人は乾杯をした後、気に入ったおつまみをつつきつつ今日のライブの感想を言い合っていた。
あたりさわりのない会話に川岸は内心、どういうことかと首をかしげていた。そう。この日、居酒屋に誘ったのはリーダーだからだ。
なんとなくリーダーが悩んでいたのを知っていた川岸だったが、相手が本題に入ろうとしないので少し焦れていた。
このままだとただの飲み会で終わりそうなので、自分から水を向けてみることにした。
「で、何か話があるんじゃないの?」
「うひぃ。今言う? それ」
びっくりした蟹屋がおつまみを飲み込んで変な声を出した。
は〜っと息をだした川岸がぐぐっと身を乗り出す。
「そんなのリーダーがぐずぐずしてるからでしょ。さっさと話せばいいじゃん」
「もう少し落ち着いてからって思ってたのに……」
「絶対に朝になってるから。それか明日とか。短い付き合いじゃないからわかってるって」
「これだからやりずらい」
「はははは。今さらだよー」
笑う川岸を見て蟹屋はしぶしぶ話し始めた。
「実は……ちょっと前から社長に相談してたんだけど、このままアイドル活動してても年齢的に厳しくなってきたし、そろそろ別の事にも目を向けた方がいいんじゃないかって」
「別の事? でも、歌番組に出たいって前に言ってたよね?」
はてなと首をかしげる川岸。アイドル活動に行き詰まっていたとは思ってもみなかった。
確かに年を考えれば納得だ。あと数年で三十に手が届く前に路線変更や脱退が目にチラつき始めてもおかしくない。
蟹屋は川岸の問いに微笑んだ。
「ずいぶん昔に言ったよ。だけど、現実は厳しいもんね。ということでVt○berを始めようと思ってるわけ」
「は? いまさら? 遅くない?」
意外な方向へ行く蟹屋に川岸は驚く。
「まだいけるはず! きっと! そこで水面が必要なの! 一緒にやって!」
パンと両手を合わせて拝むように懇願してきた蟹屋。
さっき以上に川岸は驚いた! まさか自分も関わるとは思っていなかったからだ。
「えぇええ〜〜!? ちょ、急じゃない?」
「二人でやろうよー。失敗したらユニットで別のこともできるし、ね?」
「はぁ。それって会社は知っているわけ?」
「もちろん。水面と一緒にやるって了解得てるし、それならって話だから」
「最近やたらと帰りが別だと思ったら、そんなことしてたんだ。まったく……」
蟹屋がマネージャーと話すことが多くなっていたのは見ていたので知っていたが、裏でこんなことをしていたとは予想外だった。
それでも一言相談があってもよかったのにと川岸は不満げに唇を尖らせた。
川岸の表情の変化に蟹屋は慌てて付け足した。
「ごめんて。変に先に言うと心配させると思ったから、ちゃんと足固めをしてからって決めてたの。怒らないで〜」
「怒ってないし。ちょっと疎外感があるけど」
「ごめん」
「もういいって。嫌っていわないけどさ、リーダーの窓里がいいならいいでしょ」
「本当に!? やった! ありがとう! あした社長に連絡するよ!」
ちょっとぶっきらぼうだけど、川岸が頷いてくれたので蟹屋は喜んで両手をあげた。
大げさに喜ぶ蟹屋を見て、川岸はあまり普段でもしない行動に吹き出した。
そして二人は再び乾杯してビールを喉に流し込んだ。
しかし、残されたメンバーやら新規加入するメンバー選定やらファンのこともある。これからの問題も多々あるのだが二人の頭には今の所ないようだ。
うまく話がまとまってニコニコしている蟹屋とおつまみを食べていると、川岸のスマホがマナーモードで震えた。
何気に画面を見た川岸が目尻を下げる。
「あれ? ああー、そうだったー。向こうはバーティーしてるよー」
「向こうって?」
蟹屋が不思議そうな顔を聞いてくるので、川岸がスマホの画面を見せた。
「ほら、月夜ちゃんたち。バレンタインデーが誕生日なんだって。それで合同パーティーしてるみたい」
「なにこれ…天国ってここだったんだ。天使だらけだ……」
画面には楽しそうにケーキをつつきながらパーティーを楽しんでいる夏野 空や倉井 最中たちが映っている。特に誕生日で主役の葵 月夜は顔を赤らめ照れているようだ。
キラキラ映る向こう側の世界に眩しくて目を細める蟹屋。
それでも美少女たちの宴の風景に萌えて蟹屋と川岸の胸をわしずかみしていた。
よくよく見ようとスマホに顔を近づける蟹屋。だが、居酒屋のでかいテーブルが邪魔していた。さらに掘りごたつ式なので尻を浮かせても近づけない。
そんな蟹屋を見かねて川岸が対面から蟹屋の隣へ移動してきた。
「これなら問題ないでしょ」
「ありがと。バッチリ!」
蟹屋の右隣に座った川岸が右手にスマホを持って見せる。左手は床に手をつけ体を寄せた。
「相変わらず可愛いねー」
「また泊まりに行きたいな。温泉もあるし」
「それいいね!」
「ちょっと遠いのが難点だよね」
「だねー」
そんな会話をしながらスマホの画面を食い入るように見ている二人。
蟹屋は隣にいて空いている川岸の左手をそっと触れようとしてためらっていた。
なんだか照れ臭いのと気持ちがバレるのが恥ずかしいから。
ふらふらと相手の手の上で揺れる右手。
決心もつかないうちにガッと川岸の左手が蟹屋の右手をつかんでしまった。
「……」
「……」
驚きを顔に出さないようにしている蟹屋。隣の川岸は普通を装いスマホの画面を見ている。
「あ。ちょっとリーダー、画面の左側を押してよ」
「……無理。手がふさがってるから」
「こっちも今動かせないんだけど。左手空いてるでしょ?」
「そうだった。利き手じゃないからむずい」
互いに手を握ったままスマホの操作をする二人。新しい画面に切り替わりプレゼント交換している光景になった。
画面から目を離さずに蟹屋が口を開いた。
「そういえば義理じゃないチョコ持ってきたんだけど……」
「偶然。私もー」
川岸の言葉に蟹屋はスマホから視線を外し、まじまじと顔を見た。
顔を向けた川岸が照れ臭そうに頬を染めて笑う。
手をつないだまま蟹屋と川岸は、クスクスと笑い合う。
なんだかホッとした蟹屋は左手でおつまみを口に運んだ。なんだか今日の大一番が終わったので安心したのかもしれない。
もちろんそれはアイドル活動の変更ではなく、いままで溜め込んでいた告白だ。
川岸は川岸でスマホを置いた右手でビールを一気に飲んでいる。きっと照れ隠しで誤魔化しているに違いない。
二人は店員にラストオーダーを告げられるまで手を握り続けていた。
いつもより大幅に遅くなってすみません。
次回更新も日数が離れるかもしれませんが、お付き合いいただけると嬉しいです。




