205話 寂しくないでしょ?
休日の秋風 紅葉の自室には冬草 雪がベッドに座っていた。
なんでも新しいものを買ったから、ぜひ見て欲しいと秋風から連絡があったのだ。
秋風の母は仕事でいない……。
つまり、秋風と冬草はこの家に二人っきりなのだ。ゴクリと喉を鳴らした冬草は、見慣れている部屋を観察している。
特に変わった物はないし、前に来たときと同じように見える。
秋風がお茶を取りに行っている間、冬草はドキドキとうるさい心臓に居心地の悪さを覚えていた。
どうも最近は落ち着かない冬草。あと数ヶ月で秋風はフランスへとパティシエ修行の留学に行くことになっている。
こうして二人でいられるのも少しだ。いつもはバイトで会うことができず、部活では部員たちがいるので二人でゆっくりする時間がない。
もう少し自分たちの時間を作った方がいいのか? 悩む冬草は、そのことを秋風に打ち明けられずにいた。
もし言ったら間違いなくエッチする流れになるからだ。キスだけでも気が遠くなるのに、それ以上となったら……ブルルと震えた冬草は頑張れと自分を励ましていた。
そんなことを考えていた冬草にかまわず部屋のドアが開かれ秋風が入ってきた。
「おまたせ! 寂しかった?」
「別に普通だよ」
「ふふふ、強がりね。お菓子と飲み物を持ってきたよ。ちなみに新作お菓子」
「おおーー」
丸いローテーブルの上に置かれたお菓子を見つめて冬草が感心している。
皿に並べられた黒っぽい溝の入った円柱形なお菓子。天辺には白いパウダーがかかり雪っぽさが出ている。
冬草の不思議そうな顔を見て微笑んだ秋風が、ひとつ取り上げ口元へと運んでくる。
「これはカヌレ。外はカリッと、中はしっとりで美味しいよ?」
ぱくっと一口かじった冬草はもぐもぐして味わう。確かに外側の焼けた生地は硬くてサクサクするけど、中はもちもちして甘くて美味しい。
「むちゃくちゃ、うめぇ……」
そのまま下げずに待っている秋風の手から冬草は全部を平らげた。
秋風の頭には鳥のヒナに餌を与えるのに似ているなと、微笑ましく冬草の様子を見ていた。
出された紅茶で口をスッキリさせた冬草があぐらをかく。
「今日はなんかあんのか? 引越しは先だろ」
「部屋の準備もしたし、あとは雪とママさんが来ればいいだけなんだけど、その前にこの部屋のこと教えないとね」
「な、なんで? 紅葉の私物とかあるだろ? 勝手にいじるのはまずいだろ」
「別に雪に見てもらっても問題ないけどね。それは置いといて、これなの」
秋風は立ち上がると大きなモニターの下にあるテレビ台に並ぶゲーム機本体の場所へ移動した。
つられて冬草も近寄るとミニタワー型のパソコンを示した。
「これ。最近買ったゲーミングPC。私がいない間、雪にはこれで遊んでもらえたらと思って」
「ええー!? パソコン? いや、無理だろ? なんかキーボードでかちゃかちゃするんだろ?」
「ぷっ、違うよ。ちゃんとゲーム用コントローラーもあるから、対応しているゲームだったら問題ないし、雪でも大丈夫」
「ほんとかぁ?」
「それにこのパソコンでフランスにいる私とオンラインゲームできたりするし、チャットもできるよ」
「スマホでよくね?」
「もー! この大画面で私の顔を見たいでしょ? 寂しくなったら私が目の前にいるみたいに感じるでしょ」
「いや、本物よりでかくなるぞ、これ」
五十五型はありそうな大きなモニターと秋風を比べてみる冬草。笑った秋風は無線コントローラー二つを取り出し、パソコンを起動した。
「ちょっと試しに遊んでみようよ。ね?」
「しょうがねえなぁー」
いかにも面倒なふりして興味津々な冬草に秋風はキュンキュンしていた。
まずはパソコンの起動方法からソフトの立ち上げなど、基本的なことを冬草に教える。
ふむふむと真面目な顔で聞いているが、あまりわかってないだろうなと秋風は思った。それでもまた後で教えれば大丈夫だろう。
とりあえず二人で遊べるシューティングゲームを立ち上げる。
サバイバル系ではなく、協力して敵を倒すタイプのゲームだ。ややSFチックで、近未来が舞台になっている。敵は外宇宙からやってきたタコ型星人で、各地にある敵の前線基地を破壊するのが目的だ。
最初は難易度が低めで、タコ型宇宙人が光線銃を持って戦ってくる。だんだんと難易度が上がっていくと、タコ型宇宙人が乗り込んだロボットなどが登場し、特殊武器でないとなかなか倒しにくくなっていた。
「うぉおおおおお!!!」
ゲームに夢中になった冬草が雄叫びをあげて敵陣営に突っ込んでいく。大きなモニターで迫力満点だ。
普通なら敵の攻撃で蜂の巣になっているところだが、偶然か下手なコントローラーさばきのおかげか全てを避けていた。
「ちょっと待って! そこに強い武器が落ちてるから! 拾ってよ!」
「うおおおおおーー!」
秋風の言葉が聞こえていないのか夢中で秋風のキャラクターは敵に殴りかかっている。ゲームとしてはたとえ素手だとしても問題ないが、より強力な武器がある方が有利だ。
そんな喧嘩上等な戦い方をする冬草の後ろから邪魔しそうな敵を排除する秋風のキャラクター。大型武器で確実に敵のロボットを吹き飛ばしている。
やがて中ボスらしき巨大なロボットのところへ来たところで、転んだ冬草のキャラクターが大きな足で押しつぶされ、秋風のキャラクターが集中攻撃で蜂の巣になって終わった。
がっくし肩を落とした冬草に秋風が声をかけた。
「どう? 面白かった?」
「……すげえ良かった。もう一回やる?」
「いいけど、ちゃんと武器とか使ってね。雪ってそのまま突っ込んでいくんだもん」
「……がんばる」
思いのほかこのゲームが気に入ったようで、冬草は夢中で続けた。
秋風の忠告もなんのその。たまに武器を拾うが基本は殴りで敵を倒していく。
五回目を終えたところで集中力が切れたようで、後ろに倒れた冬草はぐったりしている。
そんな冬草のだらけた姿に秋風が笑う。
「なんかはしゃぎすぎ。ばかね」
冬草におおいかぶさった冬草は、マスクをずらしてキスをした。ぐったりしているのでいつのも抵抗がない。
そのまま深くしていき、満足した秋風が顔をあげると冬草は気を失っていた。
「ばかね」
笑みを浮かべた秋風は冬草の唇をそっと指でなぞった。
続きはもっと耐性ができてからね。あまりにも見た目と違って純な冬草に秋風はもう一度キスをした。
はっと気がつき起き上がった冬草。部屋を見渡すが誰もいない……。
気を失う前のことを冬草は思い出し、頬を染めた。あんまりにもキスが気持ち良すぎで気が遠くなったのだ。
それにしても秋風のキステクニックはずいぶん上達しているようだ。何度落とされたことか。ブルルと背を震わせる冬草。
ローテーブルにあった紅茶で乾いた喉を潤す。すっかり冷めていたが、ほてった今の冬草にはちょうどよかった。
すると部屋のドアが開いて、ひょっこりと秋風が顔を出した。
「あ! 起きてた。ちょうどいいタイミング。お昼ができたよ」
「ええ!? アタイが作ったのに」
「最近は雪ばかりだったから。たまには、ね」
むうと顔をした冬草だったが、秋風に背中を押されてダイニングへ行った。
テーブルの上には、できたばかりの料理がほくほくと湯気をあげている。イスに座った冬草と秋風はさっそく、いただきますをした。
パティシエを目指すだけあって秋風の作る料理はそつなく上手だ。荒削りな冬草とは対照的で繊細で口当たりがいい。
とはいえ、最近は調理の腕をあげている冬草は、負けてられねえと思いながらも美味そうにパクパクと食べている。そんな冬草の様子を微笑ましく秋風は見ていた。
美味しくいただいた後は二人で皿を洗い片付ける。
それからリビングでまったりすごしていると秋風が立ち上がった。
「さ、お風呂にしよう!」
「いや、意味わかんねえんだけど。まだ昼過ぎだし、早くね?」
「体はいつ洗っても気持ちいいでしょ。温泉だって朝から入ったりするし」
「ええー。まあ、いいけど。先に入れば?」
よくわからないが風呂に入りたかったら好きにすればいいと、冬草は手振りでどうぞとする。その手を秋風はがっちりとつかんだ。
なんだ? と冬草が秋風を見ると満面の笑みをしている。
「一緒に入ろ♡」
「ぐあぁーーー! む、無理無理無理!」
「なんで? 別にいいでしょ?」
「二人きりなんて無理だっつーの!」
「恥ずかしがることないでしょ。前に温泉行ったときは一緒に入ったのに」
「あれは大勢いたからだろ! だいたいあのときも紅葉の体をなるべく見ないようにして──」
はっと言いすぎて思わず口をつぐんだ冬草。
にぃいと秋風が口元をあげた。
「あらら。そんなに意識してるんだ? 可愛い」
「うるせーよ! とにかく一緒はダメだ!」
ぐいぐいお風呂場へ連れて行こうとする秋風を必死に抵抗する冬草。顔がもう真っ赤だ。二人が裸になった姿を想像したに違いない。
一方、秋風も必死だ。
なんとか学校を卒業するまでに一線を越えなければならないからだ。キスごときで毎回気を失ってもらっては困る。それ以上のことをするためにも馴れてもらわなくては。
互いに譲れぬまま風呂場の前で攻防が続く二人。それは、秋風の母が帰ってくるまで続いていた。




