204話 またやった!
バイトを終えた帰り道。
すっかり辺りは暗くなり、明るい星が夜空に砂を撒いたように輝いている。
夏野 空と葵 月夜は並んで帰路についていた。
歩道の両側には雪が積まれて月の光を反射している。街灯が少ないのでいくぶんいつもより明るく感じる。
「うぅーー。寒いな空君」
「ですね。でも月夜先輩は薄着してるからじゃないですか?」
「そう言っても、おしゃれは我慢だからな」
「前にそれ言ってお腹壊したじゃないですかー」
「あれは食い合わせがまずかったのだ。腹を冷やしたのが原因だよ」
「そもそも冷たい飲み物ばかりとってましたらかね」
「むうー」
他愛もない会話をして歩く二人。夏野の家の方が駅近なのですぐに別れるのだが、月夜は遠回りしてしばらく付き合っていた。
すると夏野が凍った地面に足をすべらせた。
「きゃっ!?」
軽い悲鳴をあげた夏野を倒れないよう月夜が抱き寄せる。思わぬところで抱擁された夏野は、嬉しさを出さないように頬を染めていた。
「おっと危ない。大丈夫かね空君?」
「あ、ありがとうございます」
恥ずかしげに夏野が礼を言うと月夜は笑う。
「はっはっは。なに、空君の可愛い声を聞けただけ得した気分だよ。私なんか、この間たまごを落とした時にとっさに出た言葉が『おおぉあ゛!?』だったからな。我ながらびっくりしたよ。わははは」
「月夜先輩は見た目ギャルなんだから言葉遣いも頑張ってくださいよー」
「むむむ」
「だいたい月夜先輩は怖くなったらすぐ『ぎゃああーーー』って叫ぶじゃないですか。それって女子力低めだと思うんですよね」
「まずいぞ空君。この時間帯で怖いなどというワードは非常に危険だ」
「あ……」
言われて夏野は自分の口に手を当てた。
そう。月夜は極度の怖がりなのだ。一度スイッチが入ってしまうと、かすかな音にも敏感になるのだ。
辺りがすっかり暗くなっているので、今は非常に危険だ。月夜の怖がりを思い出した夏野は提案してきた。
「月夜先輩の家まで送って行きますよ?」
「いや、大丈夫だ。これぐらいでびびっていては大学生になれないからな。いい加減、大人になるべきなんだ」
そう口では言っているが、夏野の上着をしっかりつかんでいる。
苦笑した夏野は情けない顔をした月夜を家の途中まで送っていった。
□
すっかり後輩に送られた月夜は、夏野と別れてから怖いのでダッシュで家へと帰った。
はーはーと息を弾ませる姉に、偶然居合わせた妹の海はきもいと一言告げてその場を去った。
もう少し優しい言葉をかけて欲しかったが、無い物ねだりなので月夜は先にお風呂に入ることにした。
脱衣所のドアを開けると、そこには白い肌もあらわなパンツを脱ごうとしていた倉井 最中がいた。
「きゃああ! お姉さんのえっち!」
「おわぁ! すまん最中君!」
真っ赤になって背を向けしゃがみ込む倉井。動転した月夜が慌ててドアを閉める。どうやらとっさに『お姉さん』と呼ばれたことには気がついていないようだ。
そんな倉井の悲鳴を聞いた海がどこからかすっ飛んできた!
「なにやってんのお姉ちゃん! 最中を泣かせたらただじゃおかないから!」
「違うんだよぉ〜! 誰もいないと思ったら最中君がいたんだよぉ〜。それに一瞬だったからいいじゃないか〜」
「一瞬でもダメ! バカ姉ちゃん!」
妹に怒られる月夜。
よくよく考えれば女同士だから、そこまで言わなくてもいいような気がしていた月夜であった。
お風呂からあがった倉井は恥ずかしそうに月夜の前を通り過ぎていく。
恥じらう倉井に月夜は女子力とはこういうことかと思った。だが、実際はとっさに出た言葉に恥ずかしがっていただけなのだ。
そう、姉という単語。もはや第二の家と言っていいほど倉井は葵家にお世話になっている。海がいつも姉と呼ぶのに影響を受けていた。そもそも月夜が年上だったことが、さらに言いやすさを助長していた。
冷えた体をお風呂で温めた月夜は台所へ行ったあと、リビングに向かった。
広いリビングでは海と倉井がこたつを囲んでみかんをつまんでいる。この前、クレーンゲームでとったクマPのぬいぐるみも一緒だ。
いそいそとこたつに入った月夜は、台所で作った温かいココアを妹と倉井の前に置いた。
「甘いものはどうかな?」
「気がきくじゃん!」「ありがとう」
ちょうど口が欲していたようで、ココアを前に嬉しそうに海と倉井が礼をいう。
先程のことでちょっとしたお詫びなのだが、二人が喜んでいるようでしめしめと月夜はほくそ笑む。夏野が見たら、こういうところがダメなんです! とか言いそうだ。
海と倉井がふーふーと息を吹きかけ熱いココアに口をつける。なんとも可愛らしい仕草に月夜はほっこりして自分のココアを飲んだ。
「あ゛っぢいぃいいいいーーーー!!!」
姉から出た絶叫に海と倉井はびっくりして目を丸くした。
想像以上に熱かったココアに舌をヤケドした月夜は目から涙を流している。
「あふい、あふいほ〜」
舌を出してヒーヒーしだした月夜。海はため息をつくと急いで台所へ行きコップに水入れて持ってきた。
「ほら。これで冷まして」
「あひぃはほー。はわわいいほうほー」
「何言ってるかわかんないし。早く飲んで」
受け取った月夜は水を口に含んで舌を冷やしている。水をたんまり口に含んだものだから、頬が膨れてハムスターみたいになっていた。
その姿を見た倉井がとうとう我慢できずに吹き出した。慌てて口を押さえるが肩が震えている。
「最中も無理しないで笑えばいいよ。アホなお姉ちゃんのやることにいちいち笑うの我慢してたらお腹が死んじゃうよ?」
「あははははは」
海に後押しされた倉井はとうとう笑い転げてしまった。一方、こんなことは日常茶飯事な海は、笑いを通り越して冷静だ。
「……」
水を含んでいるため、口を開くことができない月夜はじとっと倉井を見ていた。
笑い涙をふいた倉井は恥ずかしそうに月夜に謝った。
「ごめんなさい。あまりにも面白くて……」
「いーの、いーの。無反応よりいいでしょ。笑ってあげたほうがお姉ちゃんのためなんだから」
海が姉のかわりに言うと倉井は頷いて、そうだねと応えていた。
いや、それは違うだろうと姉の月夜はヒリヒリする舌で思った。しかし、ここは姉として寛大な姿を見せるべきだと判断した。
「うむ。かわいい海の言うとおりだ。姉として気まずいのは嫌だからな。はははは」
「最中がいると調子いいよね、お姉ちゃん?」
「さ、まだ口の中が熱いからアイスで冷やすことにしょう」
察した海の言葉に月夜は冷蔵庫へと逃げた。そんな姉妹のやりとりに倉井はクスクスと笑っている。
ガリ○リ君を口に入れながら月夜は戻ってきた。手には冷たいコーラを持っている。
コーラをこたつの上に置き、アイスをかじった月夜。
「うむ。冬のアイスもおつなものだな」
ココアといいアイスといい、あまりに極端な月夜の行動に海がツッコミを入れた。
「それだったらみかんを食べればいいじゃん」
「みかんは手が汚れるのが難点だな。みたまえ自分の指先を。みかん汁で少しオレンジ色に染まっているだろ?」
「嘘。皮を剥くのが面倒くさいだけでしょ」
「…そんなこともあるかもしれないな。だが、みかんの出番はまだ早い。まずはアイスを食せねばな」
いひひと笑い月夜がこれ見よがしにアイスにかぶりつく。海はアホな姉貴とつぶやいた。
そんななか、いそいそとみかんの皮を剥いた倉井が月夜に差し出した。
「はい、どうぞ」
「おおっ!? ありがとう最中君! やはりかわいい妹だな!」
「あんまり優しくするとつけ上がるからダメだよ最中」
嬉しそうにみかんを受け取る月夜に、倉井の腕を引いて注意する海。はわわと倉井は混乱した。
急いでアイスを食べ終え、冷たいコーラで口の中をさっぱりさせた月夜はみかんを手にした。
「冬はやっぱりみかんだな」
「さっきアイスで同じこと言ってなかった?」
海のツッコミを聞き流しつつ、月夜はみかんの割った半分を口にいれてもぐもぐする。みかんの甘い果汁が溢れ出してごくごくと喉を鳴らした。
グキュ、グルルルルルーーーー
「うっつ!?」
急にお腹を押さえる月夜。顔中に汗が浮かんでいる。
「い、いかん。お腹が痛くなってきた……」
「ちょとお姉ちゃん!?」
「はうっ!? い、いかん! これはいかん! と、トイレぇええーー」
急に立ち上がった月夜は引けた腰でヒョコヒョコとトイレに向かう。すでに冷や汗がだらだらだ。
熱いココアを飲んだ後、アイスにコーラやみかんなど冷たいものを続けて口に入れたことで胃が急に冷えたのだ。
トイレに向かう途中、夏野との会話が月夜の脳裏に再生された。
『前にそれ言ってお腹壊したじゃないですかー』『お腹壊したじゃないですかー』『お腹壊したじゃないですかー…………
なんてことだ。同じ過ちを繰り返している。
このことは空君には話さないでおこう。腹痛と戦いながらも月夜は思った。トイレはもう目の前だ。
姉の突然の行動に最初は心配した海だったが、お腹を壊しただけとわかり呆れた目をした。
隣に目をむけると顔をふせた倉井の肩が震えている。
「無理しなくていいよ。面白いんでしょ?」
「あはははは、もうだめ。あははは」
爆笑した倉井はくまPのぬいぐるみに抱きつき笑い続けている。
ぬいぐるみはいいなぁと海は羨ましげに倉井を見ていた。




