1-2 闇に浮かぶ偽りの正義
某市の夜は、昼間の喧騒を忘れたように静まり返る。
幹線道路の街灯は一定間隔で並び、光と影が交互に地面へ落ちていた。
その影の帯の中を、一台の車がゆっくりと進んでいく。
車内には、スマホを固定したホルダー。
画面にはライブ配信アプリが映り、視聴者数が増えていく。
配信者のプロフィール欄には、
「黒瀬大輝/交通トラブル系インフルエンサー」
と表示されていた。
だが、配信画面に映るのは――
道路を走るだけの、退屈な映像だった。
煽り運転の瞬間は、どこにもない。
暴言も、蛇行も、急ブレーキも、すべて“編集で消されていた”。
黒瀬は過去にも炎上していたが、
巧妙な編集と“被害者ムーブ”でフォロワーを増やしてきた男だった。
配信者の声が流れる。
「いやぁ、最近は危ない運転する人が多くてね。
こっちは安全運転してるのに、勝手に突っ込んでくるんだよ」
視聴者のコメントが流れる。
「わかる!最近のドライバーやばいよね」
「この人、前にも被害に遭ってたよね?応援してます!」
「煽られたとか言ってる女の動画見たけど、あれ嘘でしょ」
「この人は正義。叩かれてるのがかわいそう」
アズラはその配信を解析し、久遠へ静かに告げる。
『黒瀬は、煽り運転の部分をすべてカットしてるわ。
事故の直前だけを残して、被害者を悪者に仕立ててる。
視聴者は完全に騙されてる』
久遠は夜の街を歩きながら、スマホ越しに配信を見ていた。
街灯の光が彼の影を細く伸ばし、影はアスファルトの上で揺れているように見えたが、闇の方が彼を包み込んでいた。
「……こういうやつ、いるよな」
『あなたの昼の面接官よりは存在感あるわね』
「皮肉か?」
『事実よ。黒瀬は“存在を誇示するタイプ”。
あなたは“存在を消すタイプ”。
相性は最悪だけど、復讐には最高の組み合わせ』
久遠は苦笑した。
「で、俺はどこに立てばいい?」
アズラは地図を表示し、道路の一角を指した。
『ここ。街灯が一本だけ故障していて、光が途切れる“闇の断層”。
車のライトが当たると闇が光を歪めて形を変える。
あなたの体質が最大限に働くわ』
久遠はその場所へ向かった。
道路脇のガードレールは錆び、街灯は古く、光は弱々しく揺れていた。
闇は濃く、深く、まるで液体のように地面に沈んでいる。
『ここなら、黒瀬の車が通った瞬間、あなたの闇が運転席まで触れるわ』
「影が勝手に伸びるって、俺の体質どうなってんだよ」
『あなたは“存在しないもの”よ、闇も同じ。光が乱れると、闇は“本来の形”を忘れるのよ』
「本来の形ってなんだよ」
『さあ?あなた自身が知らないんじゃない?』
久遠は肩をすくめた。
「……で、黒瀬はいつ来る?」
アズラは配信の位置情報を確認し、久遠の視界へ重ねた。
『あと三分。
黒瀬は“安全運転アピール”のためにこの区間を毎晩走る。
闇が伸びる瞬間が、あなたの“おしごと”のタイミングよ』
久遠は闇の中に立ち、闇が足元で静かに揺れた。
アズラが囁く。
『久遠、あなたの影は“黒瀬の嘘”を暴くために存在してる。準備はいい?』
「……ああ。やるよ」
久遠は短く答えた。
闇夜のおしごとは、ここから本格的に動き出す。




