3-2 闇が暴く偽りの免罪符
アズラは白石の依頼を受けると、すぐにネットの裏側へ潜った。
彼女の指先が空中を滑るたび、無数のデータが闇のように流れ込む。
モニターには複数のウィンドウが立ち上がり、購入履歴、SNS、裏アカウント、転売サイトが次々と照合されていく。
『大量注文→大量キャンセル……このパターン、どこかで見た気がする』
アズラは購入履歴を辿り、SNSの裏アカウントを照合する。
やがて、一つの名前が浮かび上がった。
――田沼翔。
彼のSNSは、表向きは普通の生活を装っていた。
だが裏アカウントには、転売品の写真が山ほど並んでいる。
「買ってみたけど微妙だったからキャンセルした」
「大量注文して値段釣り上げてからキャンセルするのが効率いい」
そんな書き込みが、淡々と記録されていた。
久遠は眉をひそめた。
「市場原理の免罪符……ね。
“買う自由”を盾にして、他人の生活を壊す自由まで持ってるつもりか」
闇がざわりと揺れた。
田沼の部屋は、段ボールの山だった。
通販で買った商品が積み上がり、開封もされずに放置されている。
床には転売用のラベルプリンター。
モニターには複数の転売サイトが開かれていた。
田沼は椅子に座り、鼻歌を歌いながらキーボードを叩く。
「いやー、キャンセルって便利だよな。
こっちが損しない仕組みなんだから、使わないと損だろ」
彼の思考は単純だった。
「自分が損しなければいい」
その一点だけで世界を見ている。
アズラはさらに過去を調べた。
田沼は以前、企業の購買部に勤めていた。
だが、社内で「架空発注→キャンセル」を繰り返し、
取引先に損害を与えたことで解雇されていた。
『……自業自得だね。
でも、白石さんの工房を巻き込んだ時点で、もう見逃せない』
アズラは闇の中に手を伸ばした。
『久遠、準備は?』
闇の奥から、静かな声が返る。
「整っている。
田沼のアカウント、スマホ、決済情報……すべて闇が触れられる状態だ」
アズラは頷いた。
「じゃあ、始めよう。
“キャンセル不能の地獄”を」
久遠は少しだけ視線を落とし、闇を見つめた。
その闇は、彼の足元で静かに揺れている。
そして――久遠は、闇に向けて小さく呟いた。
「闇ってのはな光と表裏一体なんだ……
“光で奪われたものを、静かに闇でも奪うだけ”なんだ。
誰かが壊した均衡を、ただ整えるだけの存在なんだよ」
アズラはその言葉に目を細めた。
『……あなたらしい哲学ね』
久遠は肩をすくめた。
「難しいことじゃない。
壊したやつには、壊した分だけ返る。それだけだ」
闇がゆっくりと形を変え、田沼の部屋へ向かっていく。
おしごとが、もうすぐ始まる。




