3-1 悪意に侵される善意
グッズ制作室は、朝の光を受けて淡く輝いていた。
壁一面に並ぶ試作品の数々、乾燥棚に吊るされた布製の小物、軽快な裁断機の金属音。
そのすべてが、彼ーーー白石智也の仕事に対する思い入れ象徴していた。
白石は、布の端を指で整えながら、窓の外に目を向けた。
夏の朝は早く、まだ七時前だというのに光は強い。
その光が制作室の棚を照らし、商品たちを柔らかく浮かび上がらせていた。
「白石社長、今日の分、追加で二百ですって」
部下の声は、いつもより少し弾んでいた。
白石は笑って頷き、裁断機のレバーを押し込む。
刃が布を滑り、規則正しい音が制作室に響く。
大量注文が入ったのは三日前。
小さな工房にとっては奇跡のような出来事で、皆が浮き立っていた。
白石は夜遅くまで残り、社員たちも交代で作業を続けた。
「これで来月は少し楽になるな」
そんな希望が、制作室の空気を温めていた。
白石は、社員たちの笑顔を思い返した。
「社長、これで子どもの習い事増やせますよ」
「うちのローン、少し楽になるかも」
そんな声が飛び交い、工房は久しぶりに明るかった。
だが、その温度は突然、氷点下へ落ちた。
――ピロン。
白石のスマホが震えた。
画面には、見慣れた通販サイトの通知。
「大量注文キャンセルのお知らせ」
指先が震えた。
開くと、数百点の注文が一括で取り消されていた。
理由欄には、たった一行。
「購入者都合によるキャンセル」
白石は息を呑んだ。
文面が一様なことから、大量発注と大量キャンセルの悪意に気づいたが、今はそれどころではなかった。
部下が覗き込み、顔色を変える。
「……嘘だろ。もう作っちゃったんだぞ」
制作室の空気が一瞬で重くなる。
乾燥棚に並ぶ商品が、急に「売れ残りの山」に見えた。
白石は、棚の一番端に置かれた試作品を見つめた。
それは、社員の一人が「子どもが喜びそうだから」と言って作った新デザインだった。
その商品も、今はただの“負債”になってしまった。
その日の午後、白石が社員全員を呼んだ。
小さな会議室。
机の上には、経理資料が積まれている。
「みんな……すまない。今回のキャンセルで、資材費が完全に赤字だ。
銀行にも相談したが、もう持たない。来月で工房を畳む」
白石の声は震えていた。
だが、社員たちは恨みつらみをいうどころか白石をいたわる声が多い。
それほど社員との信頼関係が厚かったのだ。
「社長のせいじゃないですよ」
「悪いのはキャンセルしたやつです」
「社長はいつも私たちのこと考えてくれてたじゃないですか」
その言葉が、逆に胸を締め付けた。
夜の公園。
白石はベンチに座り、スマホを握りしめたまま動けなかった。
胸の奥が重く、呼吸が浅くなる。
視界が滲み、涙が止まらない。
「俺のせいだ……
俺が……みんなを巻き込んだ……
俺が……会社を潰した……」
スマホの画面には、社員たちからの励ましのメッセージが届いていたが、
白石にはそれが“責められているように”感じられた。
「俺が……増産なんて言わなければ…… もっと慎重にしていれば……
みんな……家族がいるのに……」
白石は立ち上がり、公園の柵に手をかけた。
夜風が頬を撫でるが、何も感じない。
「……俺なんて……いなくなった方が……」
その瞬間――
スマホが震えた。
画面には、見慣れないサイトが表示されていた。
「闇夜のおしごと――
社会悪への静かな報復を請け負います」
白石は涙を拭き、震える指で画面をスクロールした。
「……復讐を……お願いします……
あいつに……相応の報いを……」
アズラは静かに依頼を受けた。




