2-閑話 影が薄い少年と、毒舌AIの昼下がり
昼下がりのアパート。
薄いカーテン越しの光が、部屋の中に柔らかい闇を落としていた。
久遠は畳の上で、ぼんやりと天井を見ていた。
アズラは端末から静かに声をかける。
『……ねえ久遠。
今日のあなた、いつもより“存在感ゼロ”が強い気がするんだけど』
久遠は反応しない。
まるで光に溶けて消えそうなほど薄い。
『昼のあなたはだいたい薄いけど、今日は特にひどいわね。
何かあったの?』
久遠はゆっくりと息を吐いた。
「……昔のこと、ちょっと思い出しただけだよ」
アズラは珍しく毒舌を控えた。
『……話す?』
久遠はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと口を開いた。
「……俺、小学生の頃さ。
“影が薄い”ってよく言われてたんだよ」
『今と変わらないじゃない』
「いや、まぁ、そうなんだが。
今は自覚してるけど、当時は自分の体質なんて無自覚だからな。
出席取られても気づかれないし、先生に“久遠くんは今日は欠席?”って言われて凹んだこともあったんだ。」
アズラは静かに聞いていた。
「ある日、クラスで“影踏み鬼”が流行ったんだ。
でも俺、影踏まれないんだよ。誰も俺の影を見つけられなかったんだ。」
「ま、影がないんじゃなくて、光に馴染まないだけだったんだろうな。
今思えば、あの頃から“闇の方に近かった”のかもしれない。」
久遠は天井を見たまま、苦笑した。
「その日から、クラスのやつらが俺を“影なし”って呼ぶようになった。
影がないやつは不吉だとか、幽霊だとか。」
久遠は静かに続けた。
「それから仲間はずれが始まってな……
机に落書きされたり、逆に無視されたり。
子供って容赦ないんだよ。」
久遠は笑った。
だが、その笑いはどこか寂しかった。
「泣くのも疲れて、ある日ふっと“どうでもいいや”って思ったんだよ。
それからは、影がなくても別にいいやって。」
久遠は肩をすくめた。
「ま、思い出した自分の過去と今回の佐伯さんの境遇が少し似てるかなぁ〜と思っていたわけよ。」
アズラは少しだけ優しい声で言った。
『……彼女は誤解も解けて、境遇は改善されるはずよ』
「……そうだな。」
久遠はしばらく目を閉じた後、ふと何かに気づいたように目を開けた。
「……そういや、大河原……あいつ、結局どうなったんだ?」
アズラは即答した。
その声は、いつもより少し冷たかった。
『大河原克己ね。
住民から総スカン、自治会追放、清掃チャンネル閉鎖……そこまではあなたも見てたでしょうけど、
その後が“本番”よ』
久遠は片目だけ開けた。
「……本番?」
『ええ。配信で嘘を撒き散らしていたせいで、視聴者からの通報が一気に増えたの。
自治体にも苦情が殺到して、彼の名前は“迷惑行為常習者リスト”に載ったわ』
久遠は静かに息を吐いた。
「……まあ、自業自得だな」
アズラは続ける。
『さらにね、彼が捨てたゴミの中から“自治会の内部資料”が出てきたことで監査が入ったの。
結果――大河原の家の庭から、違法に廃棄された肥料や廃材が大量に見つかった。
環境課が激怒して、罰金と清掃命令。
彼の家は今、“強制片付け中”よ』
久遠は天井を見たまま、ぼそりと言った。
「……真理さんは?」
『ようやく玄関を開けられるようになったわ。
腐敗臭も消えて、夜風が戻った。
あなたの闇が、ちゃんと守ったのよ』
久遠は目を閉じたまま、ほんの少しだけ口角を上げた。
「……そっか。なら、よかった」
アズラは毒舌を戻す。
『さぁ、心配ごとも解消したんだから、いい加減“人間のふり”くらいしなさい。
もうすぐ食材が届くのよ。
今のあなたの存在感だと、配達員さんはあなたを家具か影どころか“空気”として処理するわ。
そうしたら持ち帰られて、あなたが集荷所に取りに行く間抜けになるでしょうね』
「へーい……」
昼の静寂の中、
久遠のだらしない姿とアズラの毒舌が、
いつもの日常としてゆっくり流れていく。




