第9話「三本の線は、王太子執務室へ」
三度目の記録は、王立学院に残っていた。
証言台へ立った警備管理官が、革表紙の入退室簿を開く。その隣には、王宮発行の通行証と学院側の受領控えが並べられた。
「舞踏会前日から、実行委員控室と備品庫は特別警戒区域でした」
「生徒は自由に入れましたか」
「いいえ。教職員の同伴か、学院が認めた上位機関の通行証が必要です」
わたくしはヨハンの隔離供述を開かせた。
舞踏会が終わった直後、三人は別々の部屋へ移されている。供述を封印した時点では、学院の入退室簿も通行証の控えも王宮へ届いていなかった。
だからといって、ヨハンの言葉が真実になるわけではない。
彼は自分で通行証を使ったのだから、その事実を知っていて当然だ。確かめるべきなのは、彼の供述と、学院側に残る記録が同じ時刻と目的を示すかどうかだった。
「供述には、何と?」
レイモンド書記官が封印写しを読む。
「舞踏会前日の夕刻、『式典備品搬入』を名目とする王宮発行の通行証で、実行委員控室へ入った――以上です」
「管理官殿。学院の記録をお願いいたします」
管理官の指が、一行の上で止まった。
「十七時四十二分、ヨハン・ベルツ。入室目的は『式典備品搬入』。十八時六分に退室しています。入室、退室とも本人の署名がございます」
二十四分。
小瓶を私物箱へ忍ばせるには、長すぎるほどの時間だった。
「その間、ヨハン様には教職員が付き添っていましたか」
「いいえ。上位機関の通行証でしたので、入口で本人確認をした後は単独です」
「わたくしの私物箱が置かれていた控室へも?」
「同じ通行証で入れました」
議場の端で、ヨハンが椅子の縁をつかんだ。
「通行証の発行元は」
「王太子執務室です。専用の番号帯と一致します」
管理官は証票の下端を示した。学院の受領番号と、発行元に残る控え番号が続き番号になっている。
宰相がすぐに片手を上げた。
「待たれよ。その証票が証明するのは、ベルツが控室へ入ったことだけだ。小瓶を入れた場面を見た者はいない」
「はい」
わたくしが認めると、ヨハンが顔を上げた。
「入室目的も備品搬入となっている。実際に備品を運んだ可能性は?」
「ございます」
警備管理官は帳簿の別欄を開いた。
「ただし、搬入品の品名と数量を書く欄は空白です。備品庫の受領担当者の署名もありません」
警備管理官は、空欄から目を上げなかった。
「規程どおり通したつもりでした。ですが、この空欄をその場で正させなかったのは、私の不備です」
「記入漏れかもしれない」
「その可能性は否定できません」
宰相の反論を退けずに、ヘレナ首席審問官が確認する。
「ゆえに、この通行証だけで小瓶の設置を認定することはできない。そういうことだな」
「そのとおりです」
わたくしが求めているのは、紙一枚で誰かを罪人にすることではない。舞踏会でわたくしに向けられた乱暴な推論を、こちらから繰り返すつもりはなかった。
ただ、ヨハンは嘘をついて控室へ入れる立場ではなかった、という逃げ道は消えた。
ヘレナが三枚の記録を机の上へ並べさせる。
王家文書院の貸出票。
財務省の会議録。
王立学院の通行証。
筆跡見本になり得る書簡が動いたのは、事件の三日前。
ベルツ男爵家への税監査が保留されたのは、二日前。
ヨハンが控室へ入ったのは、前日。
保管する場所も、記録した者も違う。紙の色も、印の形も違った。
それでも、三本の線は同じ場所へ戻っていく。
「王太子執務室が準備に使われた。それだけだ」
宰相の声が、三枚の紙の上を横切った。
「書簡の閲覧申請。公益照会。式典用通行証の発行。いずれもフェリクス上級執務官の代理権限で処理できる。アルベルト殿下の自筆命令も、個人印もない」
反論の余地は残っていた。
部署が使われたことと、その長が罪を命じたことは同じではない。
「フェリクスが王太子の名義を悪用し、ミリア嬢とベルツを動かした可能性もある。三人が罪を殿下へなすりつけたとも考えられよう」
フェリクス殿の顔から血の気が引く。
何かを言おうと唇を開いたが、ヘレナが先に手を上げた。
「供述を重ねる前に、記録の到達点を定める」
議場が静まる。
「三つの独立した保管記録により、事件の準備に王太子執務室が利用されたことは強く推認される。また、フェリクス上級執務官に三件を処理する代理権限があったことも認める」
木槌には、まだ手を伸ばさない。
「一方、アルベルト殿下個人の指示を示す署名も個人印もない。現段階では、代理権限の悪用という可能性を排除できない。殿下本人の故意は認定せず、王太子職務の全面停止も保留する」
王宮側の席で、誰かが細く息を吐いた。
アルベルト殿下は動かなかった。けれど、机の下で組んだ指だけが、先ほどより緩んでいる。
三本の線をたどっても、最後の扉には名前がなかった。
ならば、別の側から確かめればいい。
三つの嘘が成功した時、地位を得る者は誰か。
正式告発を宣誓し、わたくしとの婚約を断てる者は誰か。
「次は命令書を探すのではなく、その計画によって得られる利益と、事件前に共有されていた知識を確認させてくださいませ」
ヘレナが許可を出す。
わたくしが提出を求めたのは、王宮ではなく、教会に保管された二冊の記録だった。




