表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/18

第7話「借り出された筆跡」

「共犯者の供述には信用がない」


翌日の審問で、宰相は舞踏会記録を閉じた。


「ミリア嬢もヨハン・ベルツも、自分の刑を軽くするためなら王太子の名を使うだろう。フェリクス上級執務官も同じだ。三人の言葉だけで、殿下の関与を認めることはできない」


フェリクスは王宮側の席から離れた証言待機席にいた。


顔色は悪い。


それでも、彼の顔色は証拠にならない。


「エリカ嬢。意見は」


「わたくしも、供述だけで殿下を裁くべきではないと考えます」


宰相がこちらを見た。


「王宮がわたくしを陥れようとした方法を、そのまま殿下へ返すつもりはございません。先に、動いた物を確かめます」


ヘレナ首席審問官が、王家文書院の管理官を証言台へ呼んだ。


運ばれてきたのは、連番入りの閲覧票と分厚い貸出簿だった。


革表紙の角は擦れ、頁の端には保管庫の細かな埃が残っている。


「隔離供述の該当部分を」


ヘレナの命令で、レイモンド書記官がミリアの供述を読む。


「事件前、筆跡見本として三通の公式書簡を渡された。書簡の日付は春告月十二日、夏至月三日、収穫月二十一日。最初の書き出しは、いずれも――」


書き出しまで読み上げられる。


供述を取った時点で、文書院の記録はまだ取り寄せられていなかった。ミリアには、貸出簿の内容を供述へ合わせる機会がない。


「管理官殿。事件の三日前の記録を」


管理官が該当頁を開いた。


指先が少し震えていた。


「十四時十五分。ヴァルトシュタイン公爵令嬢が王太子殿下へ送った公式書簡の写し三通を貸し出しています」


読み上げられた三つの日付が、ミリアの供述と一致する。


「許可を出した部署は?」


「王太子執務室です。職印と受付番号は、こちらに」


褪せた紙に、四角い職印がくっきり残っていた。


受付番号の前後には、別件の貸出票が連番で綴られている。この一枚だけを後から差し込む余地はない。


「書簡を貸し出す際、写しは作成しましたか」


「いいえ。王族執務室への貸し出しでしたので、原本の写し三通を封筒へ収めました。封筒番号も貸出票に記しております」


管理官が帳面の余白を示す。


その番号も、ミリアが供述した三通の管理番号と一致した。


脅迫状の長い文面をわたくしの筆跡で整えるには、日常の伝言より、正式な書簡の方が見本になる。


「通常の執務で閲覧しただけかもしれない」


宰相はすぐに指摘した。


「婚約者の文体を式典文書の参考にすることはある。貸し出しが適法なら、偽造目的だった証明にはならない」


もっともだった。


貸出票に目的は書かれていない。


わたくしが答える前に、ヘレナ首席審問官が確認する。


「エリカ嬢。この記録だけで、偽造目的だったと主張するか」


「いいえ。そこまでは申しません」


宰相の指が、机を打つのをやめた。


「フェリクス上級執務官を」


呼ばれたフェリクスが証言台へ立つ。


宣誓文を読む声が、途中で一度かすれた。


「この三通を文書院で受け取ったのは、あなたですね」


「はい」


「貸出票の受領番号と、ご自身の業務記録を照合できますか」


「できます。私の業務記録にも、同じ番号があります」


二つの帳簿が並べられた。


文書院の貸出番号。


王太子執務室の受領番号。


間に抜けはない。


わたくし自身の書簡が、証拠机の上で番号だけの物へ変わっていた。


殿下へ季節の挨拶を送り、学院行事の相談をし、国境の状況を報告した手紙。


どれも、誰かを脅すために書いた言葉ではない。


だからこそ、何に使われたのかは推測で決めず、記録の先を追うしかなかった。


「受け取った書簡を、どこへ運びましたか」


「王太子執務室の、殿下の机へ」


「何のためと聞きました?」


「婚約者の文体を研究するため、と……」


宰相が身を乗り出す。


「その後、君自身が書簡をミリア嬢へ渡した可能性は?」


「ございません。私は殿下のご指示どおりに――」


「フェリクス殿」


わたくしはそこで止めた。


「ご記憶だけで、その先を埋める必要はございません」


彼が何をしたかは、これから調べる。


ここで保身の混じった証言を重ねれば、貸出票まで疑わしく見える。


「返却記録を」


管理官が次の頁を開く。


三通は事件翌朝、王太子執務室から一括で返却されていた。返却便の番号も、執務室側の発送控えと一致する。


「ミリアへ渡された時間や経路は分かるか」


ヘレナ首席審問官が問う。


「この記録からは分かりません」


管理官は貸出簿を抱え直した。


「記録にない先を、推測で埋めるつもりはございません」


「当審問会は、事件三日前、筆跡見本となり得る公式書簡三通が王太子執務室へ移され、事件後に同室から返却された事実を認定する」


ヘレナの言葉を、レイモンド書記官が記す。


偽造目的だったかは、まだ決まらない。


ただし、ミリアが供述した三通は偶然どこかから現れたのではない。同じ三通が、事件前に王太子執務室へ入っていた。


最後の貸出票が証拠机へ置かれた。


人は、刑を恐れて言葉を変える。


紙に残った受付番号は、変わらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ