第17話「三人の処分」
翌日、王室金庫で一夜保全された王太子印が、封印された銀の盆のまま議場へ運び戻された。
その隣には、空の銀盆がもう一つ置かれている。
職員が、アルベルト殿下の卓上へ手を伸ばした。
留め具が外れ、『王太子アルベルト』の名札が取り上げられる。真鍮が石の卓を擦る音は、印章を置いた時よりも高く響いた。
「まだ宣告前だぞ」
殿下の声に、職員の手が一瞬止まる。
「続けよ」
グスタフ国王陛下が命じた。
名札は木箱へ収められ、蓋が閉じられた。
「アルベルト。前へ出よ」
国王が宣告書を開く。
「高等審問会の有罪認定を受け、そなたの王太子位と王位継承権を永久に剥奪する。政治、軍事、行政の公職へ戻ることも認めぬ」
「父上、私には王族としての教育も経験もある。いずれ必要とされる時が――」
「来ぬ」
国王の返答は、それだけだった。
「被害回復には私有財産を充てる。身柄は司法省監督下の離宮で終身監督居住とし、書簡と面会は審査の対象とする。王家の名を用いた命令、政治的な働きかけ、旧臣との無許可の接触を禁ずる」
「終身……」
元王太子となったアルベルトは、空になった卓上を見た。
王太子印も名札もない。命令を書いても、それを王命として受け取る者はいない。
ヘレナ首席審問官が続ける。
「被告は、エリカ嬢を重刑へ進める意思はなかったと主張した。だが、被害が止まったのは被告が思い直したからではない。エリカ嬢が虚偽を暴き、自らを守ったからだ」
宣告書の頁が一枚めくられる。
「重刑の恐怖によって虚偽の罪を認めさせる意図そのものが重い。減刑理由とはしない」
警護官が元王太子の両脇へ立った。
彼はもう命令を出さなかった。
次に、ミリアが呼ばれる。
「脅迫状の偽造と虚偽証言、冤罪への共謀により、国立矯正施設での八年間の拘禁を命じる」
ミリアの肩が震えた。
大司教は、先の審問で返納された聖女章を手に取る。
「治癒の力が本物であることと、聖女の職に留まる資格があることは別である。公的な信頼を自ら損なった以上、聖女職を永久に剥奪し、今後、教会の公職へ就くことを認めない」
銀の徽章が、内側に白布を張った封印箱へ収められた。
大司教自身が鍵を掛け、教会の封蝋を落とす。
「ただし」
ヘレナの言葉に、ミリアが顔を上げる。
「治癒能力を刑罰労働として強制使用することは禁ずる。能力は罪を消さず、罪もまた、国家がその能力を所有する理由にはならない」
ミリアは何も答えなかった。
けれど、聖女章が消えた胸元を押さえていた手を、ゆっくりと下ろした。
「ヨハン・ベルツ」
「はい」
声が掠れている。
「物証偽造と設置、偽証の罪は重い。ただし、舞踏会で最初に教唆を明かし、その後の捜査へ協力したことを考慮し、六年間の拘禁とする。王宮、学院その他の公職資格は永久に失う」
ヨハンは一度だけ目を閉じた。
財務監査官が、ベルツ男爵家の台帳を証言卓へ運ぶ。
『保留』の二文字へ定規を当て、赤い線を二本引いた。その隣へ朱肉を付けた印を押す。
『再開』。
紙から印が離れるまで、監査官は力を緩めなかった。
「そんな……」
ヨハンが身を乗り出す。
「私の捜査協力は、父の件には――」
「あなたの量刑には考慮されました」
財務監査官は台帳を閉じた。
自分の罪を認めたことで、自分の刑は二年縮まった。父の罪まで消えるわけではない。二つの責任は、同じ帳簿へ混ぜられなかった。
台帳は証拠袋へ戻されず、監査再開の文書箱へ移された。朱色の「再開」は、その場の演出ではなく、明朝から担当官を動かす行政命令になっていた。
「フェリクス・アーレン」
監督懈怠により王太子執務官を解任し、五年間の公職停止。
共犯ではないという認定と、文官として見過ごした責任。その二つが、短い処分書へ並んだ。
フェリクスは処分書を受け取り、王太子執務官の身分章を返した。弁明はしなかった。
王妃殿下が中央へ進み出る。
もう一つの空の銀盆が、彼女の前へ運ばれた。
「アルベルトの評価を隠し、失敗を学ぶ機会を奪った責任は極めて重い」
国王の声に、王妃は頭を下げる。
「公的譴責を与える。王太子教育と後継者人事に関わる権限を、永久に停止する」
王妃は小さな象牙の箱を開いた。
中から出した王太子教育監督印を、両手で差し出す。アルベルトの答案から不都合な評価を外し、後継者教育の人事を動かしてきた印だ。
印を支えていた指が、盆の縁に触れる寸前で一度だけ止まった。それでも王妃は言葉を足さず、手を離した。
王太子印とは別の銀盆へ、母の印が置かれる。
金の印章と象牙の印章。
親子の権限は、一つの罪として混ぜられず、それぞれの盆で封じられた。
王妃は、運ばれていく二つの盆を追わなかった。
ディートリヒ宰相に対しては、分離和解案によって事実認定を早期に閉じようとした公的譴責と、本件の最終文書作成からの除外が命じられた。
「国家の安定を守るためだった」
宰相は一度だけ述べた。
「その判断が記録を曲げるものであったことも、認める」
宰相印のある和解案が、処分記録へ添付された。
最後に国王陛下が立つ。
「王家は国内外へ公式に謝罪する。また、国王が単独で有してきた王族告発の承認権を、独立審査へ移す。王家の権限を、王家だけで監督する仕組みは終わりとする」
それは王位を失う処分ではない。
けれど、同じ事件を王家の判断だけで小さく収める権限は、王家から切り離される。
宣告書への国王印が押された。
国王陛下は、印影が乾くのを待ってから、わたくしへ向き直った。
「エリカ・ヴァルトシュタイン嬢。罪と処分は記録された。次は、王家がそなたと公爵家へ負う責任を文書にせねばならぬ」
わたくしは一礼した。
罰が決まっただけでは、奪われかけた名誉は戻らない。
終わらせるべき婚約も、まだ契約の上では残っている。




