第13話「十二年分の書類」
休廷日、公爵邸の自室で、わたくしは机いっぱいの書類と向き合っていた。
外交文書、予算案、学院運営、救貧院への助成計画。
王妃になるために学び、アルベルト殿下の執務を補うために直してきた紙が、箱の中で十二年分の重さになっている。
審問のためではない。
王家へ返すもの、公爵家に残すもの、各省へ戻すものを分けるため、古い順に紐を解いた。
一番小さな箱から、薄い共同学習計画が出てきた。
十二歳の春、殿下と並んで作ったものだ。
表題は『良き統治者となるための共同学習計画』。下には、まだ幼さの残る二人の署名がある。殿下の名前の最後だけ、インクが小さく滲んでいた。
あの日、わたくしたちは王宮図書室の大机を半分ずつ使った。
殿下は歴代の条約名と施行年を、驚くほど早く思い出した。わたくしは、それぞれの条約が現在の税制へどうつながるかを表にした。
どちらか一人では、課題の答えにならなかった。
二枚を並べた時、ばらばらだった知識が一本につながった。
「見ろ、エリカ。二人なら先生の模範解答より分かりやすい」
殿下は本当に嬉しそうに笑った。
わたくしも笑った。消し跡だらけの計画書へ、二人で学ぶ項目を書き足した。
図書室を出る頃には雨が降っていた。迎えの馬車を待ちながら、殿下は約束どおり用意させた焼き菓子を半分よこした。
王太子と婚約者ではなく、難しい課題を一緒に解いた二人の子どもとして笑えた時間だった。
「私たちは、よい王と王妃になれる」
あの声を、わたくしは好きだった。
未来を約束されたからではない。同じものを見て、同じ答えへたどり着けたと思えたからだ。
計画書の端には、わたくしの文字で『次回、救貧院の会計』。その横には殿下の文字で『菓子も用意させる』とある。
十二年間の初めには、確かに二人がいた。
その記憶まで、現在の罪に合わせて偽物へ塗り替える必要はない。
わたくしは計画書を、王家へ返す箱ではなく、自分の箱へ戻した。
次の束は、十六歳の時の国境協定修正案だった。
分厚い紙の半分が、わたくしの赤字で埋まっている。
外務省の原案には、旧条約と両立しない関税条項が残っていた。あのまま署名すれば、公爵領の二つの街道で異なる税率が同時に有効になる。
夕刻に気づき、過去二十年分の条約集を運ばせた。
侍女が置いた夜食は冷えた。蝋燭を三度替え、夜明け前にようやく修正条文と根拠一覧を綴じた。
朝の鐘が鳴る頃、指には赤いインクが染み、文字を書くたびに関節が痛んだ。
王太子執務室へ持っていくと、殿下は会議の支度をしていた。
「矛盾がありましたので、修正案と旧条約の対照表を作りました。第三条と第七条は、先方へ再提示が必要です」
殿下は最初の頁だけをめくった。
「ご苦労」
短く言い、完成版の署名欄へ自分の名を書いた。
その日の評議で修正案が採用されると、外務大臣は殿下の周到さを褒めた。わたくしは記録係の後ろで、次の条文をめくっていた。
殿下は褒め言葉を受け取った。
誰が矛盾を見つけたかを、訂正はしなかった。
以前なら、どこが矛盾したのか尋ねただろう。
以前なら、わたくしの表を覗き込み、交渉で使う言葉を二人で選んだだろう。
けれど、その朝の殿下は、次の会議に間に合ったことだけを確かめた。
協定は無事に修正された。
国境の商人も、公爵領の役人も困らずに済んだ。
仕事に意味がなかったわけではない。
ただ、二人で仕上げたはずの紙は、いつの間にか、わたくしが直し、殿下が受け取る紙へ変わっていた。
わたくしは修正案を外務省の箱へ置いた。
机の端には、つい数週間前の予算照合表が残っている。
財務、内務、軍務。三つの省から届いた数字には、同じ橋の補修費が別々の名目で計上されていた。
わたくしは根拠書類を取り寄せ、重複分を差し戻し、浮いた費用を冬の備蓄へ回せる形に整えた。
提出したのは、ミリアの脅迫状が書かれる少し前だった。
アルベルト殿下は封を切らなかった。
わたくしが置いた束を机の端へ寄せ、その空いた場所へ別の書類を押し出した。
「助かる。次も頼む」
顔は次の来客予定へ向いていた。
「期限は?」
そう尋ねたわたくしへ、殿下は初めて視線を戻した。
「お前なら間に合わせるだろう」
信頼の言葉に聞こえた。
当時のわたくしも、そう受け取ろうとした。
必要とされているのなら、役に立てているのなら、それでよいと自分へ言い聞かせた。共同学習計画の笑顔を、まだ同じ場所にあるものとして守りたかったのだ。
けれど今、照合表を手にすると分かる。
殿下が信じていたのは、わたくしの考えではない。渡せば期限までに整って戻ってくる、その働きだった。
十二歳の計画書には、二人の署名があった。
十六歳の修正案には、殿下の署名だけがあった。
数週間前の照合表には、わたくしの確認印しかない。
紙の上から、二人であった痕跡が少しずつ消えていた。
喉の奥が熱くなり、わたくしは窓を開けた。
夕方の冷たい風が、積み上がった紙の端を震わせる。
十二年間のすべてが嘘だったとは思わない。
十二歳のわたくしが抱いた情も、国のために役立ちたいと願った志も、確かにわたくしのものだ。
だからこそ、それを殿下のもとへ戻る理由にはしない。
失った年月が長いほど、残りの年月まで差し出さなければならない道理はなかった。
風にめくれた予算照合表の表紙へ、財務省の起案番号が現れた。
中の項目には、内務省と軍務省から届いた原資料の番号も記されている。
国境協定修正案の表紙には、外務省の起案印。
救貧院の助成計画には、内務省と教会の共同印。
どの書類にも、最初に考え、調べ、数字を積んだ者たちがいる。
わたくしは部署をまたいで照合し、穴を見つけ、決裁できる形へ整えてきた。それはわたくしの仕事だった。
けれど、国そのものを一人で生み出していたわけではない。
アルベルト殿下がいなければ国が止まる。
わたくしがいなければ国が止まる。
どちらも、紙の前にいた多くの人間を見えなくする言葉だった。
わたくしは一枚ずつ、起案した省の札を置いた。
外務。
財務。
内務。
軍務。
高かった山が、四つの低い束へ分かれていく。
制度をどう組み直すかは、明日の議場で、それぞれの権限を持つ者に答えてもらえばいい。
今夜のわたくしが決めることではない。
わたくしにできるのは、書類の来歴を隠さず、あるべき場所へ返すことだけだった。
最後の箱へ札を置き、窓を閉める。
十二年分の紙は、もう殿下の机へ戻る一つの山ではなかった。




