第11話「聖女の力と、聖女の席」
ミリアは警護官に付き添われ、証言台へ立った。
舞踏会の夜に着ていた華やかなドレスではない。飾りのない白い服に、銀の聖女章だけが光っている。
彼女はその章を、指先で押さえていた。
ヘレナ首席審問官が先に告げる。
「ミリア。あなたは舞踏会の直後から、ヨハン・ベルツ、フェリクス上級執務官、アルベルト殿下のいずれとも接触していない。最初の供述は単独で行い、本人の確認後に封印した。間違いないか」
「……はい」
「本日は、その供述と教会記録の一致を確認する。誘導を避けるため、問われたことだけに答えなさい」
ミリアの喉が小さく動いた。
わたくしは面談簿を閉じたまま尋ねる。
「教会の定期再審査を恐れていたのは、なぜですか」
「聖女でなくなれば、何も残らないと思っていたからです」
「治癒能力まで失うと説明されていたのですか」
「いいえ。でも……平民だったわたしが王宮に置いてもらえる理由は、力と聖女の名だけでした」
しばらく床を見た後、彼女は続けた。
「急に連れてこられて、礼儀も分からなくて、どこへ行っても場違いでした。エリカ様は冬服も教本も手配してくださいました」
そこで言葉が切れる。
「なのに、あなたを見ると、自分が持っていないものばかり見せられている気がして……苦しかった」
わたくしの指が、閉じた面談簿の角へ触れた。
最初の冬、薄い制服のまま震えていた彼女を覚えている。けれど、あの日の善意を、今日の支払いとして差し出すつもりはなかった。
「その頃、殿下から妃候補の話をされたのですね」
「はい。エリカ様が退けば、わたしを妃候補にして守ると」
「いつですか」
「教会の面談より前です」
「待遇照会書の存在を知っていましたか」
「いいえ。審査の期間も、特別教育の名前も知りませんでした」
ミリアの供述が照会書を写したのではない。
照会書もまた、彼女の言葉を聞いてから作られたものではなかった。
別々に残った二つの記録が、同じ約束の周囲で重なる。
それでも、約束されたから罪が消えるわけではない。
「脅迫状を書いた時、それがわたくしの文ではないと知っていましたか」
「……はい」
「六日前に受け取ったという証言が、嘘だとも?」
「はい」
「手紙が、わたくしを聖女毒殺未遂の犯人にするため使われることは?」
ミリアの指が、聖女章から離れた。
「知っていました」
三つの返答が、短く記録される。
「断れば、あなた自身が告発される、あるいは傷つけられると脅されましたか」
「いいえ」
「断る機会は、ありましたね」
ミリアは口を開かなかった。
誰も答えを急かさない。
沈黙の間に、彼女の手が一度だけ聖女章へ戻り、縁をなぞった。
長い時間の後、一滴の涙が白い袖へ落ちる。
「ありました」
声は細かったが、聞き返す必要はなかった。
「わたしは妃になりたかった。エリカ様がいなくなればいいと思った。だから、自分で嘘をつく方を選びました」
わたくしは面談簿から手を離した。
彼女が孤独だったことも、身分の違いに苦しんだことも、嘘にはならない。
同じように、彼女が選んだことも消えなかった。
「確認は以上です」
ヘレナがミリアへ向き直る。
「王太子からの誘導、身分への不安、教会側の支援不足は量刑と制度上の責任を検討する際に考慮する。ただし、偽造と虚偽証言を理解し、脅迫を受けずに選んだ本人の責任とは分けて記録する」
大司教が立ち上がった。
「刑事上の処分は王宮審問へ委ねる。教会は本日付で、ミリアの聖女職と、それに伴う宮廷特権を停止する」
神官が銀の盆を差し出す。
「治癒の力は、本人から取り上げられるものではない。刑事手続きの後、その力を使うか、どこで生きるかも、法の範囲で本人が選ぶ。ただし教会は、いまのあなたに公職としての信用を預けられない」
ミリアは両手で留め具を外した。
銀の章が、乾いた音を立てて盆へ落ちる。
失われたのは治癒の力ではない。
その力に、聖女という名で公の信頼を添える資格だった。
警護官がミリアを連れ出す。扉が閉じた後も、アルベルト殿下は彼女の方を見なかった。
宰相が立つ。
「ミリア嬢が自ら選んだことは認めよう。しかし、殿下は不安につけ込まれ、軽率な約束をしただけかもしれない。正式告発が撤回不能となり、虚偽なら自らも審問対象になる――そこまで理解していた証拠はない」
ヘレナはしばらく宰相を見つめた。
「王太子の法務教育記録を、次回までに原本で提出せよ」
王宮側の法務官が顔を上げる。
「国王へ提出された評価書だけでは足りない。教師が保管する答案と評価原本、修正の指示が残る付属紙も含める」
宰相の返事は、一拍遅れた。
次に開かれるのは、誰かの供述ではない。
アルベルト殿下自身が、過去に書いた文字だった。




