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創像師  作者: Haku
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幕間①:遠雷

黎都れいと本局、上層部会議室。

天井まで届く書棚と、創素灯(そうそとう)の淡い光に満たされたその部屋で、各部署の幹部たちが厳しい顔つきで円卓を囲んでいた。


上座には、創刻部長カサンドラ・レーヴェ。

長い銀灰色の髪をきつく結い上げ、切れ長の目で報告書を一瞥するその姿は、五十を過ぎてなお、隙というものがない。


円卓では、配属からひと月を迎えた新人たちの報告が続いていた。大半は、可もなく不可もなく。

問題は、最後の一人だった。


「……また、あの新人か」

幹部の一人が、卓上の報告書を指先で弾いた。


「ミオ・ヴェルナ。照合式に伝説的な遅刻をやらかし、あろうことか、三年間誰も選ばなかったノアに選ばれた娘だな」

「ええ。今度は第三開発区で、無断の現場介入です。指導役のエルドからは、“心臓に悪いので配置換えを検討してほしい”と苦情まで」


教導部長が苦笑混じりに付け足すと、円卓にさざ波のような失笑が広がった。


「……ただ」

その失笑を、観測部長の硬い声が遮った。


「一点、報告に困っていることが。あの新人――境界が揺れる前に、動いているのです。観測機器の警報が鳴るより、数瞬、早く。誰よりも先に、白源の異変を察知した」

「白源感知能力か」

誰かが言った。

「現場のセイル――エルドの書庫精も、感知そのものは本物だと申しております。ですが、本人に理由を質しても、“白源が、低く唸った気がした”と。むろん、そんな音を聞いた者は、ほかに一人もおりません」


円卓に、奇妙な沈黙が落ちた。

手柄と呼ぶには、気味が悪い。説明が、つかない。


「……いくら感知ができても、創像師としての適性評価が最低ではね」

別の幹部が、その沈黙を振り払うように言った。

「動機からして――」


「最低では、ありません」


低く、しかしよく通る声が、失笑の名残を断ち切った。


カサンドラだった。

場の空気が、すっと締まる。


「“最低”という評価なら、まだ扱いようがあります。問題は――あの娘が、評価不能だということです」

「評価、不能……?」

「知識は十分。白源感知は、優秀の部類。判断力も、悪くない……」


カサンドラは報告書を卓に置いた。


「ですが、動機が理解できない。人の役に立ちたいのでも、名を上げたいのでもない。ただ、知りたい。それだけで動く人間を、組織はどう測ればいいのです」


誰も、答えなかった。


「先ほどの感知も、同じです。おそらく、本物でしょう。ですが、本人にも理由が説明できず、機器にも残らない。手柄として、記録のしようがない」


カサンドラの声が、わずかに低くなる。


「測れないものを、組織は評価できません。“評価不能”とは、そういう意味です。……能力は認めます。だからこそ、危うい。あの娘には、組織の中で生きる術を、覚えてもらわねばなりません」

「エルドの“配置換え”願いは、却下なさるので?」

「当然です」

眉ひとつ動かさない。


「預けた以上、エルドには胃の痛い思いをしてもらいます。――あれは、人を腐らせない男ですから」


その時、重厚な扉が音もなく開いた。


「失礼。少々、アステルが寄り道をしたもので」


入ってきたのは、細縁の眼鏡をかけ、どこか浮世離れした穏やかさを纏った男

――アルヴェイン・ルシェルだった。


星紡せいぼうの生まれだが、今は暁星に籍を置く、連合の特務協力員にして一級創像師。

その名は五王国すべての創像局に知られている。本局でも一目置かれる人物の登場に、幹部たちの背筋がわずかに伸びた。


彼の肩口では、ほのかな紫の光を纏った猫の尻尾が、不満げに揺れている。 猫が口を開いた。


「古い書庫を見ると足が止まるのは、お主の悪い癖じゃ」


そう言うやいなや、紫の光が弾けて形を変え、星菫(ほしすみれ)色の癖毛を肩まで揺らす、推定十歳ほどの少年が現れた。アルヴェインの書庫精・アステルだ。


「珍しいな、アルヴェイン。君が、新人の報告会に顔を出すとは」

「ええ。私もちょっと、興味がありますので」


差し出された書類に、アルヴェインは目を落とす。新人達の報告書の、一番上。

ミオ・ヴェルナ、十六歳。黎都本局配属、創刻部研修生。


「……機器が鳴る前に、動いた」

独り言のように言い、文字を指でなぞった。

「機器にも、書庫精にも捉えられないものを、先に視る。……ほう」


それから、顔を上げる。

「そういえば、彼女はなぜ、あの照合式に遅刻したのです?」


「ああ、それが」

教導部長が、呆れ顔で答えた。


「なんでも、街中で白源の気配を感じた、とかで。それを追っているうちに、式に遅れたんだそうです。……まあ、調べても何も出ませんでしたがね。本人も、結局は気のせいだったと。どうせ遅刻の言い訳でしょう」

「気のせい、ですか」


アルヴェインは、穏やかに繰り返した。それきり、何も言わない。その横では、アステルが何やらニヤニヤと、椅子の上で悪戯を思いついたような顔をしていた。



会議が解かれ、幹部たちが席を立つ。

扉へ向かおうとしたアルヴェインを、カサンドラが呼び止めた。


「ルシェル殿。……あの娘に、興味がおありですか」

「面白いですね」

アルヴェインは緩く微笑む。

「面白い、では済みません」

「ですが、興味深い」

「だから、困るんです」


カサンドラは小さく息をついた。


「あなたのような人が面白がると、ろくなことになりません。……あの娘は、まだ何者でもありません。余計な期待は、背負わせないでください」

「善処します」

「しないつもりの顔で、言いますね」


アルヴェインは答えず、ただ目元だけで詫びるように笑った。カサンドラは呆れたように首を振り、踵を返す。その背筋は、廊下の果てまで、一度も曲がらなかった。


静まり返った廊下を、今度はアルヴェインとアステルが並んで歩いていた。


「気になるか」

アステルが尋ねる。


「ええ」

「どちらじゃ? “照合式の気のせい”か。それとも、”第三開発区の一件”か」


アルヴェインは少しだけ笑い、窓の外に広がる黎都の街並みへ目をやった。建てては忘れ、また建てる、せっかちな国の灯り。


「同じ違和感です」

「ほう」

アステルが嬉しそうに目を細める。


「面白そうじゃな。どれ、近々、会いに行ってやろうではないか」

「やめておきなさい。研修担当のライナスが、心労で倒れてしまいます」

「それは愉快じゃ!」

星菫色の癖毛が大きく揺れた。

二人は窓辺に並び、遠く地平線にわだかまる白源の霧を見つめた。


「ミオ・ヴェルナ。あなたは、一体何を見ているのでしょうね」

「ノアが選んだのじゃ」

アステルが、髪と同じ色の瞳をアルヴェインへ向けて笑う。


「きっと、とびきり面白いものを見せてくれるさ」


アルヴェインは答えなかった。

ただ、穏やかに弧を描く目の、その奥だけが、アステルのようには笑ってはいなかった。

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