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発明と予期せぬ事態は不可分

今回は、ある道具が中心になっています。

 ○21世紀初頭 日本国 ???○


「…ねえ、母さんに“あなたを産んで良かった”と思い出させてよ」

「…………」


 生活レベルなどは大幅に向上したその時代、暗く澱んだ女性の瞳を添えて低く唸るような声が、無言で虚ろな瞳の小さな少年に注がれていた。


「それとも“相手すら選べない女の息子”なんてこんなもんだとでも言いたいの…!?」


 肩に食い込む女性の爪が与える痛みは、本来なら子供に肌を貫いて肉を傷つけるそれで泣かせるはずだが、そうした後のその女性の恐ろしさを知るが故に少年がより強張った所で、少年の視界は闇に包まれた。






 ○皇紀2213年・天文22年(西暦1553年) 日本 大隅国 奄美大島 名瀬 名瀬城○


「……う…ぐ…あ、ここは…そうか…」


 視界が闇に染まった少年、島津名護丸が次に闇から目を覚ましたのは名瀬城の寝室で目を覚ました。

 昨日、妖怪になった大猪とやり合った時の負傷は内臓の方にこたえたらしく、今は居城で療養中であった。


「…あ、やっと起きたネー。ほれ、朝食を用意しておいたヨー」


 畳から起きて身に掛けられていた衣服や毛皮を退けた名護丸の傍には王凛夏がいた。


「…あれ? 何で君がこんな所に…?」

「昨日、あなたに助けられたからお礼がしたかったヨ。蕉寧様達は昨日の獣害の後始末で大変でお世話する人が足りないから手伝っていいって言われたネ。あ、私ー()…失礼、明で薬膳習ってたから朝食作ってきたヨ」

「えー、そうだったんだ。じゃあ、いただきますー…!?」


 名護丸は王凛夏が作ってくれたその朝食の手を付けようとするが、そのメニューを見るや目が丸くなった。


「…あ、あのー凛夏ー…これってー…材料はー…?」

「ああ、あなたと会ったあの荘園に、色々と体に良いのがあったから分けてもらったヨ。私、爸爸(パーパ)の伝手で色々な薬草とかを手に入れやすいからこれらの材料も何度か料理したことあるシー」

「…へ、へーそうなんだー(何かどれも雑炊や粥に汁物や消火にいいものばかりでー、前世の現代に近いような料理ばかりだけどー…あまりそういうのは早く口にしたら警戒されそうだから慎重にして今は言わないようにしよう…)」


 その料理はゴーヤなどを細かく切り刻んで食べやすくしたオムライスのように見える卵包み、サツマイモなどを細かく潰した和え物、カボチャを煮込んで柔らかくした煮物、それらの他にも色々な野菜が入っていて蘇鉄から作られた蘇鉄味噌で作られたみそ汁など、名護丸の記憶絡みの興味や警戒心を強めつつも食欲を誘うものであった。


「…はぐはぐ…(前世の現代に比べれば味が足りないのは仕方ないけど…やっぱりーこの世界で今まで食べてきたものに比べればー…)美味しいねー」

「そう♪ 女としてそう言ってもらえたら本望ね♪ これ、あそこの甘蔗サトウキビを使ったお菓子ね♪」

「ありがとー…もぐもぐ…(あー、前の世界のお爺ちゃんお婆ちゃんの家で食べた舟焼(ふにゃやき)が懐かしくなる素朴だけどー舌に染みるー)甘味が口の中に広がってー…!?」


 自分のチートスキル(?)で(前世の史実より多分早く)日本の地で育った作物の味は、懐かしく覚えさせて頬を緩ませてくれたが、黒糖にもち粉やはったい粉を混ぜて薄い生地にして焼いて舟みたいな形に折りたたんだその甘菓子を味わっていた所で、何かを思い出した気まずそうな顔になった。


「…ね、ねー僕ってー…今は療養中だけどー…外出とかはー…?」

「ああ、激しい運動はしなければ大丈夫って蕉寧様は言っていたヨー」

「よし、食後の軽い運動も兼ねて集成園まで散歩に出よう」

「?」


 口にしている内容に比べて顔は一刻もないという様子で立ち上がった名護丸に王凛夏はキョトンとした。






 ○日本 大隅国 奄美大島 名瀬 集成園○


「…ふんごおおお! 甘いもんが出せるのは良いの~!」

「よし! もっと絞れー!」

「甘くて旨いのー♪」


 城での子供達のやり取りから数分後、集成園では王凛夏が明での産物という名目で教えた黒糖を作るため、百姓達が嬉々として切り出したサトウキビを搾って汁を集めていた。


(…あ、ああー…やっぱり素手や布に扱箸や臼で絞って集めてるよー。あれだとキビの方に結構な量の汁が残るしー、何よりすごく労力がかかるんだよなー。この時代の広く使える水準の技術で効率化させるならやっぱり前の務めてた博物館にあった()()だけどー…けれどー下手に言い出すとそんなのどうやって思いついたんだって怪しまれそうだしー…。どう切り出せばー…!?)


 だが、その場に着いた名護丸は彼らに気の毒そうなものを見る顔を浮かべつつ、どうやって改善策を出せばいいかと悩んでいたところ、彼らが搾りつくしたと判断したサトウキビを載せて竈へ運んでいる荷車を見てしめたという顔になった。


「あ! 皆ちょっとサトウキビを搾るのは待って! もっと良い手を考え付いたかもしれないから!」

「え? わ、若様?」

「今さっき搾りだしたのを運んでる荷車とそれから落ちて車輪に轢かれたサトウキビを見て思いついたんです! ここ名瀬にいる木工の長人(ながびと)衆で手が空いている人も呼んできて! 僕の名前も出していいんで!」

「へ、へい!」


 その場へ急に割り込んできた名護丸の珍しい命令口調に人々は物珍しがりつつも素直に従った。


「…お久しぶりです名護丸様。あなたからお呼びがかかるなんて珍しいですなー」


 数分後、現れたのはこの世界のこの時代における名瀬の木工職人衆の頭の一人である柏木長永(かしわぎながひさ)

 史実における徳川四天王の一人の井伊直正を鉄砲で狙撃してその寿命を縮めた柏木源藤の大叔父で、ここ名瀬の町に居住している武士達の仕切り役の一人である。


(…戦国島津を代表するスナイパーの親族がまさかこんな所で暮らしてるなんてなー。しかも戦がないときは木工で暮らしてるなんてー。まー…江戸時代も割と身分は流動的だったという説が前世では出始めてたけど、刀狩りとかされる以前のこの戦国なら武士と百姓の境なんてめっちゃ曖昧なのは今の人生で知ってきたからー。まー、さすがに割と重要な家臣とその一族にも人外系が混じってると知った時は驚いたけどー…)


 名護丸の歴史知識を刺激するその長永だが、彼は周囲の人々より頭一つ分は高いすらっとした長身で、髪や瞳の色は東洋系だが顔の彫りは西洋系のように深くて美しく、何よりその耳は横に長くて耳先が尖っていた。

 柏木長永は、この世界のこの時代の日本ではその長寿と成人以降は老いがほとんどしなくなる美しい身に長い耳から長人(ながびと)と呼ばれるエルフの一員であった(ちなみにエルフという呼び方はこの世界では東方からくる異人たちが持ち込んだ呼び名)。

 長永は父が人間で母は長人(ながびと)という混血で、元服当たりの時期に母親と同じ種族を選んだという身であり、種族柄から植物の扱いに詳しくて弓が上手いため、母方の同族たちのここ名瀬に暮らす人々の纏め役にもなっていた。


「申し訳ありません長永殿、多忙な身で急に来てもらってー…」

「そんな畏まらなくて結構です。むしろ大陸に居場所が亡くなった我らを受け入れてくれた島津家からのご恩に比べれば大したことはありません。それで我らはどのようにすれば…?」

「あー、それなんですけどー…」


 その長永と荘園の人々の前で名護丸は地面に線を引いて図面を描いていく。


「…おお、なるほどー…」

「た、確かにこうすればー…」

「だ、だがこんな難しそうなカラクリ…本当に作れるんかー?」

「いや、真新しさからそう思えるだけで仕組みはむしろ簡単だ」

「…それではよろしくお願いできますかー…!?」


 数分後、作図と説明が終わると長永たちは大いに期待と興味を抱いた顔になるが、そこで彼らの主君も含めたこの地の人々より最も畏敬と畏怖を集める人物が現れた。


「この前にあのような危なきことをして周りを心配させたばかりで…今度は何用で皆の邪魔をしているのですか?」

「は…母上……」

「お仕置きを増やされたくないのであれば、速やかに皆を仕事場へ戻らせてあなたや城へ戻って身を直すことに務めなさ―――!?」


 背後にいつの間にか現れた蕉寧のニッコリとしつつも重い威圧感を添えた姿に、名護丸は夢で覚えた恐怖を思い出して反射で従おうとしかける。


「母上! お願いします! 今回ばかりは例え上手くいっても心配かけさせた罰で武芸の鍛錬を二倍に増やしても! 失敗になったら三倍に増やされてもかまいません! どうか母上と皆のためにも今回はどうか多めに見てください!!」

「―――あ…え??」


 だが、夢の女性と蕉寧は威圧感の量および質が違うのも当世の鋭くなった感覚で感じとり、踏み止まって頭を下げつつも叫び声で反論して彼女を戸惑わせた。


「…若様おやめ下さい! ですが…今回は私も若様の手助けをさせてもらいます!」

「長永…」

「武士と職人どちらの経験が教えてくれています。此度の若様のは本当にうまくいく公算が高く、上手くいけば人々も助かります…」

「わ! 儂らもです!」

「どうかお願いしやす!」


 周囲も続々と名護丸の後押しに回って頭を下げだして自分を強い眼差しで見上げてくる姿に、蕉寧は幾度となく覚えてきた頼もしくも不安も覚える親心に似た感情が沸き立つ。


「…こんな急に人を巻き込んで…人をその気にさせて味方につけるなんて…やっぱり…あなたはあの子の息子だわ…」

「………」

「良いでしょう。ですが、それだけの大事だというのなら危険さも付いてくるはずです。それへの備えも怠らないようにすること、それでも防げなかった時の詫びの準備も進めるように…」

「は、はい!!」


 やがて少し諦めも混じりつつも懐かしさもある頼もしさも覚えた蕉寧のお許しに、名護丸達は喜色に沸き立った。


「…あんだけ沢山のサトウキビをどうするんだろうなー」

「何かやけに大きな布で隠されているけど牛と丸太で括られているあれは何じゃ?」


 二日後、集成園に集まった人々はも目前にあるそれらを奇妙がって騒めいていた。


「…皆ー、仕事の合間に集まってくれてすまんなー。だが、今回は皆に見てもらいたいものがあってなー。今回はこのサトウキビ汁を上手く且つ早く搾り取れる道具が出来たのだ! それがー…これである!!」


 そこで長永は布を取りはらってそれで隠されていた代物を曝け出す。


「な、何じゃあのカラクリはぁ?」

「ギザギザのついた車輪が横倒しになって、三つが横になって噛み合っておるぞ?」

「そんで中央の車輪と牛と括りつけられている丸太が棒で繋がってて-…」

「よし、皆が喰いついてきている! 始めて!」

「はい!」


 人々がその初めて目にするカラクリに注目している中、屋敷に隠れて見守っている名護丸の指示で荘園の者達は動き出した。


「あ、牛が歩かされて車輪が回り始めた」

「それでーサトウキビが一本取られて、車輪の下半分を隠している横板に開いた小さな穴に差し込まれてー…!?」


 人々の戸惑いと興味が強まる中、それは次に見せられた光景で驚きも加えて大きくなっていく。


「うわ! サトウキビ一本からものすごい量の汁が出てきて桶へ自然に集められてくぞ!」

「い、今まで手で搾りだしていたのとはわけが違う!」

「すんげぇ!」

「ちょ、ちょっと近くから見せてくれ!」

「ああ!? 危ないから近づいて集まるなぁ!」


 人々は信じられないという感じだが喜色や驚きを隠せない様子で沸き立ち、場には小さくも混乱まで起き始めた。


「…うわぁ、皆してあそこまで喜ぶなんて…文明の利器ってすげー(ゴキブリが進化&大繁殖した火星に送られた西のお隣の国のあの人もこんな感じだったのかなー。こっちは平和的だけど…)」


 それを屋敷の影から見守る名護丸達は感動を覚えていた。

 この世界では名護丸達が誕生させたそのカラクリは、彼の故郷の奄美では“サタグルマ”と呼ばれた農具”砂糖車”であった。


「…で、でもーよろしいのですかー? 事前に若が決められたとはいえ…若が考えたものなのに―…」

「それをー長永殿たちの功績とするなんてー…」

「あー、その理由は後で説明するからー…!?」

「う、うわぁ! ひっぱられちゃう!」


 一方で家臣達が惜しそうな顔を主君に見ていると、名護丸の鼓膜をそのカラクリ絡みでの嫌な思い出を蘇らせる悲鳴が割り込んできた。


「うわ! 髪が長い小さな女の子が車輪に髪を巻き込まれて引きずられています!」

「しまった、あんだけ集まって間近から見れば…まずい!」

「ああ!? 若君!」


 前の世界の記録では大怪我も残っているそのサタグルマでの事故がこの世界でも起きそうな気配に、名護丸は家臣が止めるのも聞かずに飛び出して少女に駆け寄った。


「退いて退いて! 君! 大丈夫ー…っ! やっぱり(安全装置として組み込んだレバー式の)止め棒がさっき集まった時に踏まれたのか折れてる! 牛を止めて!」

「痛い痛い!」

「だ、駄目です! 先ほどの騒ぎで牛が驚いてしまって歩みを止めません!」

「だったらー…!!」


 名護丸は歯車に巻き込まれそうになりつつある少女をどうにか引き戻そうとしつつ、その場にあった鎌を取って彼女の髪を切り取った。


「…うわぁ!」

「きゃあ!」

「ど、どうにか巻き込まれずに済んだか…」


 どうにか少女は髪を失うだけで済んで歯車から解放され、名護丸の怪力もあってビリっとした破ける音こそ生じたが地に倒れつつも怪我をせずに済んだ。


「わ、若様もうしわけありませぬ! あれだけ念を押されておりながらこのような不始末をー…!?」

「い、いやーそこまで頭を下げなくていいよ。まだまだ改良の余地があるということさ長永ー…え? 何その見てはいけないものを見た気まずそうな顔ー…?」


 どうにか大事に至らずに済んだことで安堵する名護丸であったが、安堵した周囲が羞恥や興味からか気まずさとニヤニヤ感が混ざった視線を向けてきているのを覚えて戸惑う。


「…名護丸、下をよくごらんなさい…」

「…え? 母上まで何でそんな赤らめた気まずそうな顔でー…!?」

「う、うわぁ…背は同じ齢の他の子に比べても小さいけど…」

「殿様の子というだけあってあそこはご立派なのねぇ…」

「う、()()()であんだけ大きく描かれたの納得できるネ」

「す、すごーい…」


 母の言葉でようやく名護丸は、先ほど少女を救ったことと引き換えに、自分の袴と褌が歯車へ気付かぬ内に巻き込まれて、引っ張り戻した反動で破け散って自身の下半身があられもない姿となっていることに気付いた。


「…長永、あなたが立てた誓い通り、怪我が治った後の毎日の武芸は前の三倍にします…」

「…あ、はい…」


 こうして、この世界の島津では“奄美車(アマグルマ)”と呼ばれることになる砂糖車のお披露目は、トラブルがありながら周囲を大きく喜ばせつつも、その真の発起人にとっては微妙な結果となった。

まあ、大怪我するよりも可愛い結果で済みましたよねぇ(笑)。

今回、活躍した発明品が気になる方は、こちら(https://x.com/kaioosima/status/2071562865828602256)を見てみてください。

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