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全モブヒロインに幸あれ! —脇役を愛する勇者の異世界譚—  作者: 臂りき
第4章 学院の光と、その隅にいる者たち
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第24話 大広間の灯と、迎えに来る者たち

 交流会の会場である大広間は、学院祭の熱をそのまま豪奢な器へ流し込んだような場所だった。


 まだ正式な開会の挨拶すら始まっていないというのに、すでにあちこちで人の輪が生まれている。

 生徒。

 教師。

 来賓。

 学院関係者の家族。

 各地の名家や貴族。

 王都の研究機関から来た者たち。

 それらが格式に従ってほどよく散らばり、しかし実際には思い思いに会話に花を咲かせていた。


 立食形式だった。


 大広間の各所に、長く広い卓が置かれている。

 そこへ色とりどりの飲食物が所狭しと並べられ、火を通した肉や魚、果実を使った前菜、薄い生地で焼き上げた菓子、冷やした飲料、地方色の濃い小皿料理などが、いちいち格式高く盛りつけられている。


 訪れた人の数は多い。

 だが、さすがは王都の学院というべきか、大広間そのものが広い。

 人で埋まっているのに圧迫感がなく、まだまだ余力がある。

 この『余裕を残した賑わい』というのが、いかにも格式ある交流会らしかった。


 そしてその空気の中へ、アルト、リュシアン、エルミナの三人が足を踏み入れる。


 その瞬間だった。


「リュシアン様だ!」

「アルヴェール様!」

「本当にいらしたのね!」

「先ほどのご活躍、拝見しましたわ!」


 件の英雄をいち早く見つけた生徒たちが、一斉にリュシアンへ殺到した。


 たちまち包囲される。


 それも、悪意のある包囲ではない。

 むしろその逆だ。

 羨望。

 憧れ。

 好奇。

 そして、同年代の少年少女らしい熱の混ざった包囲。


 リュシアンは、あっという間に輪の中心へ押し込まれた。


「え、あ、ちょっ……」

 助けを求めるように視線を巡らせる。

 だが遅い。


 その時点でアルトは、すでに軽い隠蔽魔法を自分にかけていた。


 完全に消すほどではない。

 ただ、人の視線から自然に外れるくらいの薄いもの。

 目の前にいれば見える。

 だが、人が多く、注目が別へ向いている場では、ひどく見落とされやすくなる。


 つまり、いまこの場で大勢の視線を浴びるのは、ほぼリュシアンだけだった。


 アルトはそれを、ほんの近くで、妙に満足そうに眺めていた。


 良い。


 非常に良い。


 主人公代役計画は、かなり順調に進行している。

 いや、進行どころではない。

 もはや学院内では半ば定着していると言っていい。


 しかも今日のリュシアンは、普段の制服姿ではなくなる。

 装いを変えれば、その中性的な美しさはさらに際立つ。

 英雄視まで加われば、さらに人が寄って来るのも当然だった。


 その一方で、エルミナには別の導線が用意されていた。


 ヴァレイン家の名は重い。

 しかも今夜の彼女は、単なる『家の代表としての代理出席』ではない。

 学院側からの正式な招きもあり、他家からの勧めもあり、満を持してこの場へ立つに足る女性として迎えられている。


 だから、来賓席へ案内されるのも自然だった。


 エルミナ付きの使用人が、一歩、前へ出る。


 少し目元がきつめの女性だった。

 だが、それは冷たさとは違う。

 表情の締まり方に実務の厳しさが出ているだけで、所作そのものはきわめて丁寧だ。


 混雑した場。

 ドレス姿で足元がやや見えにくいエルミナ。

 その状態を理解しきったうえで、自然に手を取り、人の流れを読んで、進むべき道を先に整えている。


 かなり良い。


 アルトの中の平助が、当然のように強く反応する。


 こういう女性は、たまらない。

 主人を立てながら、しかし単なる従属で終わらない。

 実務的で、慈愛があり、判断が早く、何より『本当にその人を大事にしている』ことが、わずかな手の添え方だけで分かる。


 エルミナを問題なく任せられる。


 その一点だけで、平助の中の評価はかなり高かった。


 エルミナは来賓席へ向かう前に、困惑するリュシアンにも分かるよう丁寧に一礼した。


「後ほど、また」

 その声はやわらかい。


 そして、隠蔽魔法をかけて気配を薄くしているアルトにも、ちゃんと視線を残していく。


 優しく。

 ごく自然に。


 アルトはそこで、内心で少しだけ息を呑んだ。


 やはり効かない。


 エルミナには、隠蔽魔法がほとんど意味を成していない。

 見ようとしているわけではない。

 探知しているわけでもない。

 ただ、そこにいると知っていて、普通に見つけてしまう。


 深い信頼や好意の前では、ある種の魔法は抜けるのではないか。


 以前、幼少期からの使用人女性に対しても感じた仮説が、また補強される。

 かなり興味深い研究テーマだった。


 ……いや、今はそれどころではないのだが。


 エルミナは、そのまま使用人と共に控室の方へ向かっていった。

 背筋の伸びた後ろ姿。

 歩幅。

 慎ましさを保ちながら、もう以前のような『追いやられているだけの影』ではない。


 平助の胸に、また柔らかいものがせり上がる。


 駄目だ。

 今日だけで何度この危機を迎えるのか。


 手持ち無沙汰になったアルトは、ひとまず会場の隅へ移動した。


 そして当然のように、観察に入る。


 モブヒロインたちの。


 いや、今やその範囲はかなり広い。

 モブヒロインに限らず、格式の場で本来の自然体を少し失っている者、逆にこういう場だからこそ輪郭が濃くなる者、そうした者たち全般が観察対象になっていた。


 大広間の片隅。

 飲み物の卓のそば。

 談笑の輪の外周。

 そういう場所に、かなり魅力的な存在が散っている。


 中でも、アルトの目を引いたのはミレナだった。


 いつもの制服ではない。

 ドレス姿だ。

 色味は華美すぎず、しかし彼女の体温をきちんと引き立てるもの。

 装飾も控えめ。

 だが、だからこそ『丁寧に整えられた美しさ』が浮く。


 そして、彼女は少しだけ居づらそうだった。


 それがまた良い。


 レオノーラのそばへ自然に寄りすぎてはいけない。

 かといって、完全に離れてしまうのも不自然。

 自分はあくまで支える側であり、友人の範囲を越えすぎてはいけない。


 そういう、遠慮と、少しの痛みと、それでも目で追ってしまう感情が、ドレス姿のミレナにはいつも以上に濃く出ていた。


 魅力に磨きがかかっている。


 アルトはそう思った。


 その時だった。


 自分の方へ、迷いなく歩いてくる気配がある。


 人の波を縫う。

 遠慮はある。

 だが、進む方向に迷いがない。


 アルトは振り向いた。


 見覚えがありすぎる。


 ヴァレイン家の使用人。

 アルトが幼い頃から世話をしてくれていた女性。

 あの、バルコニーから落ちた時の、件の女性だ。


 平助の胸が一瞬、どくりと鳴る。


 いや、これは仕方がない。

 仕方がないのだ。


 もともと、かなり『良い』女性だった。

 実務に根差した落ち着き。

 大きく感情を振り回さないのに、面倒見の良さと信頼が滲む。

 そういう美しさは、平助のような人間に深く刺さる。


 その彼女が、いま、さらに魅力を増していた。


 年相応の落ち着き。

 仕事に磨かれた所作。

 忙しい場でも乱れない視線。

 そして、そのどれもが『ただ整っている』だけではなく、ヴァレイン家という場の中で人を支え続けてきた経験に裏打ちされている。


 眩暈がする。


 しかも悪いことに、この人にもやはり隠蔽魔法が効いていない。


 いや、正確には効いているのだろう。

 だが、それを抜いて来る。

 エルミナと同じだ。


 深い信頼や好意の前では、やはり魔法の方が曲がるのではないか。


 研究テーマが増えた。

 かなり危険な方向で。


 使用人の女性は、見違えるように成長したアルトを前に、一度きちんと腰を折った。


「アルト様」

 その声が、ひどく懐かしい。


 そして、次の瞬間だけ、彼女は本当に嬉しそうな表情をした。


 ほんの一瞬。

 長くは出さない。

 だが、確かにそう見える。


 その一瞬が、平助の心を深く打った。


 この人は、自分の成長をちゃんと喜んでくれている。


 その事実だけで、危うくまた別の涙が出そうになる。


 しかし彼女はすぐに表情を引き締め、慌てたようにアルトの手を取った。


「こちらへ」

 実務モードだ。

「え」

「お急ぎください」

「急ぎ?」

「はい」


 そのまま個室――というより、化粧室と控室を兼ねた着替えのための部屋へ促される。


 手を引かれる。

 その感覚が、幼い頃の記憶を一気に呼び起こす。


 家の中。

 まだ小さかった頃。

 手を引かれ、どこかへ連れていかれる。

 叱られる寸前だったり、着替えだったり、食事の時間だったり。

 そういう記憶。


 頼もしい。

 慈愛がある。

 実務的で、でも乱暴ではない。


 平助はその手の温度に、かなり心を打たれていた。


 そしてその途中、ふと先ほどリュシアンが包囲されていた方へ目を向ける。


 すると、そちらにも異様な光景があった。


 リュシアンが、アルヴェール家の使用人たちに連れ去られていく。


 それも一人二人ではない。

 五人がかりだ。


 見るからに年若い女性たち。

 しかも、活き活きとしている。

 実務として動いているのはもちろん分かる。

 だが、それとは別に、どこか個人的な趣味と喜びがにじむ表情をしていた。


 おそらく、英雄化した上にあの美貌のリュシアンを、自分たちの手で宴の装いへ整えられることに、かなり高まっているのだろう。


 リュシアンは顔を若干赤らめながら、どこか困ったような視線をこちらへ寄越した。


 助けてほしい。

 でも、完全に拒否したいわけでもない。

 そういう目だった。


 アルトはそれを見て、満面の笑みで親指を立てた。


 非常に良い。

 そのまま行け。

 むしろ整えられて来い。


 そういう無言の容認である。


 リュシアンは、わずかに絶望したような、しかしどこか諦めきれず嬉しそうな、ひどく複雑な顔になった。


 その異様な光景をアルトはあっさり受け入れる。


 英雄として、主役として、装われるのもまた経験だ。

 何より、きっと似合う。

 そして使用人たちの高揚も、かなり理解できる。


 そんなふうに思っていたところで、会場の入口に近いあたりに、さらに異様な塊ができていることに気づいた。


 人の輪。

 だが、少し性質が違う。

 熱がある。

 しかも、妙に偏っている。


 近づくと、その中心に一人の少女がいた。


 獣人の少女だった。


 どこか怯えたように、おどおどと立っている。

 十人ほどの女生徒たちに囲まれて。


 まず目につくのは、フードの下から覗く狼耳。

 本人はそれを両手でぎゅっと押さえるように掴んでいた。

 今すぐ隠したい。

 そして、できるならその場から逃げたい。

 そういう心境がその仕草だけでよく分かる。


 アルトは一瞬、その少女の存在感に目を奪われた。


 強い。


 魅力が、単純に強い。


 魅了の加護か、と最初は疑う。

 だが、その種の魔法的な匂いはない。

 つまりこれは、素の魅力だ。

 幼気。

 守ってあげたくなるような小さな身のこなし。

 おどおどと揺れる視線。

 それらが合わさって、世間知らずの良家の令嬢たちの保護欲と好奇心を一気に燃やしている。


 アルトも、少し危なかった。


 良い。

 かなり良い。

 獣人。

 守ってあげたくなる雰囲気。

 しかもこの場に似つかわしくないほどの、生活感と困窮の気配までまとっている。


 平助の変態性が、深く反応する条件が揃いすぎていた。


 だが、少女の目が助けを求めてさまようのを見て、アルトはぎりぎりで踏みとどまった。


 観察ではなく、介入すべきだと判断する。


 この時点では、まだ彼女の名は知らない。

 だが後に冒険者ギルドで再会することになる、一人の少女のために。


お読みいただきありがとうございます。

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