第19話 何に大義を見出し、いかに死ぬか
ゼルフィザは、なおも余裕を失っていなかった。
押されてはいる。
明らかに、押されている。
見えない援護を受けたリュシアンの魔法と機動は、すでに学院生の域を踏み越えつつあり、しかもその精度が戦いの最中ですら上がっている。
普通なら、あり得ない。
それでもゼルフィザが崩れないのは、根本の格が違うからだった。
彼女は高位魔族だ。
それもただ強いだけではない。
耐性と呪詛と異常な自己治癒に支えられた、『負けないこと』に特化したような体を持つ。
火は流す。
氷は砕く。
風は逸らす。
雷も、土も、純粋な魔力圧ですら、致命へは届ききらない。
しかも傷が浅ければ、すぐ閉じる。
リュシアンの高位階魔法が何度も彼女を捉えかけ、あるいは捉えているにもかかわらず、決定打にならないのはそのせいだった。
観衆にも、その異様さは伝わり始めていた。
「効いていないの……?」
「いや、効いてはいるはずだ」
「でも、傷が」
「治ってる……?」
ざわめきが波のように広がる。
リュシアンも、その違和感を肌で感じていた。
当たっている。
確かに手応えはある。
それなのに、倒れない。
いや、倒れないどころか、押し切るには『何かが足りない』。
(アルト)
念話に焦りが混じる。
(分かってる)
アルトの声は静かだった。
(耐性が広い)
(……)
(回復も厄介だ)
(どうすれば)
(探してる)
そのやり取りがあった直後だった。
演習場の端で、もう一つの気配が強く揺れた。
ルゼリアだ。
彼女は遅れてここへ来ていた。
正確には、ゼルフィザからの命令で暗殺部隊の動線を最終調整しなければならなかった。
だが、異変はすでに起きていた。
部隊は見当たらない。
学院中に妙な魔力の波が走り、そして演習場には、最悪の存在が立っている。
ゼルフィザ。
高位魔族。
過激派の女幹部。
自分たち一族を従属させ、失敗のたびに血族の誰かに痛みを返してくる、あの女。
ルゼリアの喉が、音もなく縮む。
見た瞬間、身体が過去を思い出す。
痛み。
命令。
服従。
屋敷に残された血族たちの、声にならない呻き。
足が止まる。
前へ出られない。
演習場に集まる生徒たちのざわめきが遠くなる。
その時、ゼルフィザの目が、まっすぐルゼリアを捉えた。
ぞっとするほど静かな視線だった。
怒鳴らない。
声も上げない。
それでも、その視線だけで十分に『命令』だった。
来い。
役目を果たせ。
従え。
ルゼリアの身体が反射的に硬くなる。
その奥で、もう一つの感覚が微かに揺れた。
アルトの気配だ。
見えない。
消えている。
それでも、この場にいる。
禁書庫の扉の前で、自分に言った。
血よりも。
出自よりも。
何に大義を見出し、どう死ぬかの方が大事だと。
その言葉が消えない。
消えないまま、恐怖の中で何度も回る。
ルゼリアは、震える指をぎゅっと握った。
ゼルフィザの口元が、ほんの少しだけ歪む。
「……来なさい」
声は大きくない。
だが、演習場の内側にだけは、はっきり届いた。
「お前の役目を思い出しなさい、ルゼリア」
何人かの生徒が、そこで初めてルゼリアを見た。
彼女がゼルフィザに名を呼ばれたことに、ざわめきがまた広がる。
ルゼリアは一歩も動けない。
動けないまま、涙だけがじわりと滲む。
そして、その硬直を破ったのは、彼女自身だった。
恐怖は依然ある。
特異な攻撃でもない。
ほとんど、反射的な動きで。
ルゼリアは詠唱を走らせた。
無属性攻撃魔法。
派手ではない。
色も薄い。
だが、魔族由来の、相手の魔力回路に干渉する、きわめていやらしい術だ。
それが、ゼルフィザの腕をかすめた。
浅い。
本当に浅い。
かすり傷ですらない。
だが、その瞬間だけ、ゼルフィザの動きが明確に鈍った。
そして、その傷は――治りが遅い。
アルトは見えない位置で目を細めた。
ああ、そうか。
答えが見えた。
全属性耐性。
異常自己治癒。
それを抜くのは、魔力回路そのものへ触る無属性干渉か。
ゼルフィザの顔から、初めてわずかに余裕が消える。
代わりに浮かんだのは、怒りだった。
静かな、しかし本物の怒り。
「……お前」
声が低く落ちる。
「契約を忘れたのかしら」
ルゼリアの肩がびくりと震えた。
その一言だけで、体が過去の痛みを思い出す。
膝が折れかける。
呼吸が浅くなる。
視界が狭まる。
アルトは即座に、彼女に薄い身体強化をかけた。
崩れきらないように。
立てるだけの最低限。
その補助が入ったことで、ルゼリアはかろうじて地面に手をつかずに済んだ。
そして、そのすぐ傍に、アルトは立った。
姿は消えたまま。
他の誰にも見えない。
だがルゼリアには、すぐ近くにいることが分かる。
「いまの、良かった」
耳元に近い、低い声。
ルゼリアは息を呑む。
「……っ」
「ちゃんと効いてた」
「……でも」
「うん」
「無理よ……」
ルゼリアの声は、もうほとんど泣いていた。
「無理に決まってる……」
「何が」
「契約が」
息が乱れる。
「呪いが……家族が……」
「……」
「私が逆らったら、また誰かが傷つく」
「……」
「もう十分なのに」
涙がこぼれる。
「これ以上、何をどうしたって」
アルトは、それを黙って聞いていた。
責めない。
急かさない。
ただ、聞く。
その静けさが、逆にルゼリアの中の言葉を引きずり出す。
「私だって」
震えながら、絞り出す。
「私だって、本当は」
「……」
「こんなの、嫌よ」
「……」
「でも、どうしようもないじゃない」
「……」
「血も、契約も、呪いも、全部あるのに」
「……」
アルトはそこで、ようやく口を開いた。
「もし」
静かな声。
「その呪いも契約も、全部白紙にできるとしたら」
ルゼリアは、涙に濡れた顔のまま目を見開いた。
「……は?」
「もし、って話」
「そんなの」
反射的に否定が出る。
「そんなの、あるわけ」
「じゃあ」
アルトは遮る。
「それは置いといて」
ルゼリアが言葉を失う。
「とにかく」
アルトの声は少しだけ強かった。
「君自身は、どうしたい」
「……」
「一族とか契約とか呪いとか」
「……」
「そういうの、全部いったん脇へ置いて」
「……無理よ」
「無理でも」
アルトは言う。
「考えてほしい」
「……」
「君は」
「……」
「自分や家族を虐げてきた連中を、どうしたい」
その問いは、ルゼリアの胸に真っ直ぐ突き刺さった。
怖い。
答えたくない。
答えてしまえば、何かが決まってしまう。
ゼルフィザの怒りの気配。
血族の痛み。
契約。
従属。
全部がある。
それでも、アルトはもう一度聞く。
「悔しくないのか」
その一言で、何かが切れた。
涙が一気に落ちる。
「悔しいに決まってる……!」
ルゼリアの声は震えていた。
だが、たしかに自分の声だった。
「悔しいわよ……!」
「……」
「家族が、あんなふうにされて」
「……」
「何もできなくて」
「……」
「嫌に決まってる……!」
嗚咽まじりに、絞る。
「ただやられるだけなんて……そんなの、悔しいに決まってる!」
その答えを聞いた瞬間、アルトの中で何かが決まった。
もう手加減は不要だ、と。
というより、これはルゼリア自身に結末を選ばせるべき場面なのだと、彼は理解した。
よろしい。
ならば、もう遠慮はいらない。
アルトは、努めて平静を装った。
内心では、若干高揚している。
それも仕方がない。
ここまで理不尽な相手へ、ようやく本気で使える魔法があるのだから。
亜空間超圧縮魔法。
平助が生前の頃からずっと気になっていた『問い』から生まれてしまった魔法だった。
物質を極限まで小さくしたら、どうなるのか。
その答えを知りたい。
ただそれだけの、ろくでもなく純粋な探究心。
超圧縮によって生まれたブラックホールの、その先の景色。
すべてを飲み込むほどの重力の崩壊と、そのさらに先にはいったい何があるのか。
座禅で鍛えた意識操作。
世界との同化。
微細な物質との共鳴。
圧縮のイメージ。
観測。
その果てに、ある段階までは答えが見えた。
だが、一定の圧縮を越えた瞬間、不意に観測が途切れる。
そこから先は、よく分からない。
消えるのか。
別の位相へ落ちるのか。
あるいは次元を超えるのか。
ロマンがある。
かなりある。
もちろんアルトは、自分自身を圧縮対象にしたこともあった。
身体強化を極限までかけ、耐えられるところまで行ってみた。
危うく本当に圧死するか、別次元に滑りそうになったので中断した。
さすがにそこは反省している。
たぶん。
その魔法を、いま、使う。
ゼルフィザへ向けて。
アルトは静かにイメージを組み上げた。
高密度。
丁寧に。
無駄なく。
逃げ場を作らない。
同時に、観衆の存在も忘れない。
亜空間超圧縮魔法の周囲を、結界魔法で何重にも囲う。
その数、およそ千。極めて薄く、かつ密に結界の層を重ねていく。
さらにその内部を、色鮮やかな花々で満たす。
それは、衝撃的な破裂の瞬間を人目へ晒さないためだった。
自分が実験で経験したことのある、『あの瞬間』を、学院の生徒たちに見せるわけにはいかない。
結果として、演習場の中空には、突然、花で満たされた閉じた小空間が生まれた。
観衆には、一種の幻想のように見えただろう。
だがその中身は、ひどく冷たい。
ゼルフィザは、もがく暇すらなかった。
圧縮が始まる。
空間ごと。
まるで一点の逃げ場もなく。
徐々に。
しかし確実に。
女幹部の顔から、初めて本物の焦りが滲む。
それでも彼女は最後まで支配を手放さなかった。
念話が飛ぶ。
ルゼリアへ。
やつの魔法を止めろ。
そうすれば、一族のうち一人は解放してやろう。
その声を、アルトは傍受していた。
「必要ない」
涼しい顔で念話に割り込む。
ゼルフィザの意識がこちらへ向く。
「なぜなら」
アルトは続ける。
「お前たちより、もう少しましな方法を考えてあるから」
圧縮が深まる。
ゼルフィザの強大な気配が、徐々に、しかし確実に削れていく。
もがくことも、叫ぶこともできない。
ただ、花に満ちた小空間の中で、存在そのものが小さく、小さく、押し潰されていく。
ある境界を越えた段階で相転移爆発が起き、さらに内部に高密度の黒点、ブラックホールが発生する。
凄まじい大爆発と重力が、すでに展開してある千もの結界層を次々と破壊していく。
アルトは絶えず千単位の結界層の展開を維持し続け、およそ十万を超えたあたりで数えるのをやめた。
万が一間に合わないときの保険のために、層の一枚一枚に魔力の一時固定の秘術を施してある。これにより、破壊された層は、壊れた瞬間から再生と破壊を無限に繰り返す『虚無の空間』と化すことで、どうにか破壊と展開の均衡を保つことができた。
彼はこれまでにない焦りと、不謹慎にも、かなりの興奮を覚えていた。
これまでの実験で、物質ごとに相転移爆発とブラックホールの強度が異なることは確認していた。
だが、これは想定外だった。そして、その想定の外を全力で歓迎した。
人クラスの質量と複雑な構造を持った物質は、ここまでになるのか、と。
アルトが息をするように展開する結界一つの強度は、人族の特級魔法師が全力で展開する千の防御魔法に等しい。
それをおよそ七千万層ほど展開した。
もちろん、最も外層にあたる花弁で満たした層は維持している。
――やがて。
そこに、強大な気配はなくなった。
やはり、物質の気配は一定の境界で霧散する。
アルトは結界を解く。
すると中空から、色とりどりの花弁だけが、遅れて風に乗って散った。
あまりにも美しく。
あまりにも異様に。
演習場は、数秒、完全な静寂に包まれた。
それから遅れて、歓声が上がる。
中心にいたのはリュシアンだった。
当然である。
観衆から見えた『戦いの主役』は、彼だった。
高位階魔法。
近接戦闘。
未知の援護があったとしても、目に映っていたのは彼の姿だ。
人が集まり始める。
教師。
生徒。
学院の者たち。
賞賛。
驚愕。
歓声。
リュシアンは戸惑い、何度も周囲を見た。
本当の中心は別にいる。
そう叫びたい気持ちすらあった。
だが、その別の中心は、すでに姿を消していた。
アルトは、中庭の片隅にあるガゼボへ移っていた。
静かだった。
祭りの喧騒が、そこだけ少し遠い。
アルトは腰掛け、亜空間から読みかけの本を取り出す。
まるで何もなかったかのように。
その平然さが、ひどく彼らしい。
ページを開きかけたところへ、足音が来た。
ルゼリアだ。
顔にはまだ戦いの名残がある。
涙の跡。
震え。
だが、その奥には別の熱もあった。
「……さっきの」
息を整えながら言う。
「でまかせじゃ、ないの……?」
「どれ?」
「全部」
ルゼリアが睨む。
「助ける方法があるって、あれよ」
アルトは本を閉じた。
「ある」
「……」
「多分」
「多分って何よ」
「いや」
アルトは少しだけ首を傾げる。
「魔族の転生仕様は、フィレイアの――とある書物で見た」
「……」
「あれほど高位の魔族なら」
「……」
「おそらく、早くて数万年か」
「……」
ルゼリアは混乱していた。
そこじゃない。あの女幹部の転生時期の心配などまったくしていない。
気がかりなのは、いま、自分が女幹部を裏切ったという事実。
その事実だけで、一族の未来はどうなるのか。
しかもあの女は、東の魔王ヴァルジアの妹なのだ。
それを告げると、アルトはむしろ平然とした。
「なら、なおさら気にしなくていい」
「は?」
「魔王系はさらに転生が早い」
「……」
「数百年単位で、しかも同じ世界に戻る」
「……」
「だから死生観が違う」
つまり、人族や他の魔族ほど復讐に執着はないだろう。
「……」
「本当にそうかは、まあ、少し怪しいけど」
「怪しいの!?」
ルゼリアは思わず声を荒げた。
だがその声には、もう先ほどまでの絶望だけではないものが混じっている。
アルトはそこで、懐から一枚の呪符を取り出した。
見覚えがある。
禁書庫の扉に使おうとしたものに、よく似ていた。
「これ」
ルゼリアが目を見開く。
「……どうして、それを」
「似たのを作ってみた」
さらりと言う。
「もともと魔法を上書きする仕組みは見えてたから」
「……」
「従属魔法の性質だけ引っこ抜いて」
「……」
「対価の部分を、氷菓が定期的に食べたくなる呪いに変えた」
「……は?」
「だから」
アルトは真顔だ。
「君はいま、実質ただのアイス好きの女の子になった」
ルゼリアは、本気でしばらく何も言えなかった。
何を言われたのか理解が追いつかない。
従属魔法。
呪い。
血族を縛っていた契約。
それを。
氷菓が食べたくなる呪いに?
アルトはさらに悪いことを言う。
「ついでに」
「ついで、で済ませる話じゃないわよ……!」
「一族側にも広げた」
「……」
「ちょっとした魔除けも足した」
「……」
「悪意のある魔法はだいたい自動で弾くと思う」
「……」
ルゼリアは呆然とした。
つまり、自分だけではない。
血族に紐づいた従属魔法ごと、根こそぎ上書きされた。
いまや一族は、氷菓好きになったうえ、ちょっとした加護まで得ているらしい。
あまりにも意味が分からない。
頭では分からないのに、身体の内側でそれが本当だと分かってしまう。
あの鈍い、血に食い込むような従属の圧が、もうない。
代わりに、なぜか少し甘くて冷たいものの幻がよぎる。
ルゼリアは、とうとうその場に座り込んだ。
「……返せないわ」
ぽつりと漏れる。
「何が?」
「……恩よ」
ルゼリアは顔を伏せたまま言う。
「こんなの……返せるわけない」
アルトは、そこで一度「見返りはいらない」と言いかけた。
言いかけた。
だが、そこで変態性が働く。
もっと魔族のことを知りたい。
これは本音だった。
かなり強い本音だ。
「じゃあ」
アルトは咳払いした。
「見返りを、ひとつ」
ルゼリアが顔を上げる。
「……何」
「魔族のこと」
「……」
「日頃どういう感覚で生きてるかとか」
「……」
「魔力の感じ方とか」
「……」
「習慣とか」
「……」
「そのへん、今後教えてほしい」
もっともらしい。
かなりもっともらしい。
そして実際、本気でもある。
ルゼリアは困惑した。
命でも金でも服従でもなく、知見を寄越せと言われた。
しかも、その口実の下には、明らかにそれだけではない気持ち悪い探究心が見える。
「……そんなことでいいの」
「いい」
「本当に?」
「かなり」
真顔で言うので、ルゼリアは逆にそれ以上疑いにくくなった。
「……分かった」
小さく頷く。
「それなら」
「うん」
「教えられることは、教える」
了承はした。
したが、その顔にはまだ戸惑いが残っている。
そしてアルトは、もう一歩先を言う。
「あと」
「……まだあるの」
「ある」
「……何?」
「学院で」
アルトは淡々と言った。
「もう少し交友を広げた方がいい」
ルゼリアが眉を寄せる。
「……今さら?」
「今だから」
「……」
「魔族とか、気にしなくていい」
「気にするわよ」
「でも」
アルトは少し考えたあと、補足する。
「リディアあたりなら、手始めにちょうどいい」
「……リディア?」
「うん」
「どうして?」
「何となく」
一拍。
「信頼できる」
これはアルトなりの最大限の推薦だった。
リディアは平助に似た性質を持つ。
粘性はない。
だが、隅へ追いやられがちな存在に向ける眼差しに、やわらかい深さがある。
ルゼリアを、平助とは違う角度から、しかしきっと丁寧に受け止めてくれるだろう。
ルゼリアはしばらく無言でいた。
学院で交友を広げる。
魔族であることを気にせず。
そんなこと、少し前の自分なら想像もしなかった。
だが今、その不可能を可能にしてしまう男が、目の前にいる。
返しきれない恩。
気持ち悪いほどの観察眼。
理解不能な魔法。
そして、なぜか氷菓を勧めてきそうな穏やかな顔。
「……あなたって」
ルゼリアがぽつりと言う。
「本当に、どこまで行っても変なのね」
「そうかも」
「でも」
一瞬だけ、言葉が詰まる。
「……嫌いじゃないわ」
その一言を落としてから、ルゼリアは自分で少しだけ驚いたような顔をした。
アルトは、そこへ必要以上に触れない。
ただ、ごく自然に頷いた。
「それならよかった」
ガゼボの外では、まだ歓声が遠く響いている。
リュシアンが主役のように囲まれているのだろう。
実際、アルトの計画からすれば、それでいい。
だが、その喧騒の外側で、もう一つ別の物語が、静かに結び直されていた。
ルゼリアはもう、ただ従属するだけの少女ではない。
そしてアルトもまた、彼女をただの『隅の異物』として見る段階を、少しだけ越え始めていた。
恐らく、今も中央図書館で業務に励んでいらっしゃる司書のお姉さん。
いかがお過ごしでしょうか?
きっと相も変わらずお綺麗なまま、適度な微笑みと事務的処理で、あの聖域を護られているのでしょう。
私は相変わらず、コンビニ飯と安売りの総菜と、気持ちの悪い妄想によって延命する日々を送っております。
いえ、送ってしまっております。大変に申しわけございません。
きっとあなたは、そんな私の状況報告も「そうですか」と眉一つ動かさずに応えるのでしょう(連絡自体が為されることは決してありませんが)。
……なんていうか……その……下品なんですが……フフ (ry
その事務的な感じが、とても素敵です。
慎ましい佇まいも、眼鏡のブリッジを軽く触る仕草も、目の奥に疲れを押し込んだ感じも、本当に、すべてが素敵でした。
これからもどうか、図書館という空間と本たちを、お姉さんらしく愛していってください。
陰ながら、日々、応援しております。
遠いところから、大変失礼いたしました!




