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すべてのモブヒロインたちに幸あれ! —脇役を愛する勇者の異世界譚—  作者: 臂りき
第4章 学院の光と、その隅にいる者たち
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第6話 ごく自然に、素材へ触れる

 アルト・ヴァレインの扱う魔法は、この世界の誰とも違っていた。


 それは詠唱の長さとか、魔力量の多寡とか、そういう表面の話ではない。

 もっと構造そのものの段階で違う。


 魔族は、魔法を感覚で扱う。

 呼吸に近い。

 血に刻まれた魔力の流れを、そのまま外へ通すような自然さで術を発現させる。

 一方、人族の多くは違う。


 詠唱を組む。

 自らを奮い立たせる。

 あるいは極度の集中、半ばトランスに近い状態へ自分を押し込み、その内側の魔力回路を起点に世界へ干渉する。

 意志と構文と訓練。

 それらの重なりが、人族の魔法だ。


 だがアルトは、そのどちらでもなかった。


 彼は魔法の構造そのものを、感覚的に知っている。


 ただし、それは魔族のように血に刻まれた生得の感性ではない。

 知識の女神の加護によって拡張され、フィレイアの蔵書によって異世界越しに鍛え上げられた意識が、自然と流し込んでくる『理のイメージ』だった。


 アルトはそのイメージへ、自分の中の膨大な器と、そこに脈のように張り巡らされた途方もない魔力回路を重ねる。

 その時点で、もはや一つの世界にも似た概念が、彼の内側では生まれている。


 そしてその上で、世界の構造そのものに干渉する。


 世界にとってそれは異物のはずなのに、同時に『新しい理』として呑み込まれ、奇跡のような自然現象として表出される。


 要するに、少なくともこの異世界において、アルトの魔法を根本から理解できる者は存在しない。


 おそらく、どの異世界にもない。

 どの世界にもなかったものが、変態的な構造把握と概念の暴力によって、無自覚のまま、突然産み落とされているからだ。


 神ですら、対処は困難だろう。

 ――ただしフィレイアなら別だ、とアルトは時々思う。

 知識の女神は、たぶんそれを一目で見抜き、ひとまず面倒くさそうな顔をしてから、結局は全力で受け止めてくれる。


 そしてアルトは、そのような自分の異常さを、少なくともこの世界の魔法体系を見下す理由にはしていなかった。


 むしろ逆だった。


 この世界には、この世界の積み重ねがある。

 詠唱の美しさ。

 術式の整え方。

 位階ごとの積み上げ。

 人が世界へ干渉するために、どれだけ長く失敗と試行を重ねてきたか、その結晶がちゃんとある。


 それは美しい。


 完成された一つの美だ、とアルトは本気で思っていた。


 詠唱など不要だとか、虚飾だとか、そんな俗な考えは露ほどもない。

 詠唱は美しい。

 アウレリアあたりなら、そこはたぶん普通に頷くだろう。

 ただ、アルトの中ではそこへさらに変態性由来の何かがべったり紐付いているに違いなく、その点だけは美の女神も一旦判断を保留するはずだった。


 だからアルトは、この世界の常識に従って詠唱を行う。


 いや、従うというより、美意識としてそうしたいのだ。

 自分が産み落とす魔法は依然どの世界にもないそれなのだが、そこへ無理やりこの世界における魔法名をこじつけ、詠唱を添える。


 決して、新しい名前を考えるのが面倒だからではない。

 まして、一生懸命に三日三晩考えた自分の最上級にかっこいい魔法名を、他人に聞かれて「ださい」と思われたら傷つくからではない。


 本当である。

 重要なので二回くらい言いたいが、さすがにやめる。


 そんなアルトが、この世界の魔法につまずく者を好ましく思わないわけがなかった。


 とくに、それがリュシアンのような『明らかな素材』であればなおさらだ。


 家柄。

 顔。

 華。

 埋もれ具合。

 自己評価の低さ。

 そして、少し手を貸せば一気に上へ抜けそうな危うい均衡。


 彼ほどの逸材なら、いずれ誰もが目を向けずにはいられない英雄になれる。

 いや、なってもらう。

 そのためなら無理にでも手を貸す。


 そうなれば、自分はその濃くできた影に滑り込める。

 主役の座を彼に押しつけ、その周囲で光るべきモブヒロインたちを、存分に目に焼き付けることができる。


 世界には、まだ見ぬ逸材が待っているのだ。

 もちろん、モブヒロイン的な意味で。


 つまりこの時点で、アルトの中ではほとんど計画は固まっていた。


 あとは、ごく自然なきっかけさえあればいい。


 そして、そのきっかけは、魔法実技のあとに訪れた。


 その日の授業では、基礎術式の制御と、詠唱における魔力の乗せ方が扱われていた。

 学院に入学したばかりの年齢にしては、やや高度だ。

 だが、ここは名門の子女が集う場所である。

 家で一通りの基礎を叩き込まれている前提で進むのだろう。


 アルトから見れば、教わっている内容そのものは比較的素直だった。

 人族がこの世界で魔法を行使するにあたり、ひどく正当な導入である。

 だからこそ、つまずく場所も分かりやすい。


 リュシアンは、その『分かりやすくつまずく場所』で綺麗に引っかかっていた。


 詠唱そのものは悪くない。

 発音も整っている。

 魔力も薄くはない。

 だが、言葉へ意識が寄りすぎて、自分の内側の流路が細くなる。

 さらに、失敗した瞬間に『やはり自分は足りない』という認識が魔力回路へそのまま反映され、次の試行がもっと固くなる。


 惜しい。


 非常に惜しい。


 構造は悪くないのに、自己認識が魔法を邪魔している。


 そして、その惜しさが、アルトにはたまらなく好ましかった。


 授業が終わり、実技用の場が解散へ向かう。

 生徒たちは各々、教師へ質問したり、友人同士で感想を言い合ったり、次の移動へ向かい始める。


 その少し外れたところで、リュシアンはまだ、自分の手元を見ていた。


 小さな失敗。

 だが、本人の中ではかなり引っかかっているのだろう。

 指先が少し強く閉じている。

 視線が沈む。

 自分の中の『足りなさ』に、すぐ意識が向いてしまう顔だった。


 そこへ、アルトは歩み寄った。


 ごく自然に。

 あくまでクラスメイトとして。


 もちろん大嘘である。


 アルトの中では、すでに育成計画の導入段階だ。

 この接触がどう転べば、どの程度まで踏み込めるかまで、かなり高速で計算している。


 だが表面だけ見れば、ただ同じ授業を受けたクラスメイトが軽く声をかけるだけに見える。

 見えるのだが、その自然さが逆に不自然だった。


 だからこそ周囲の目を引く。


「今の」

 アルトが言う。

 リュシアンがはっと顔を上げた。

「詠唱の入り方は悪くなかった」


 いきなり核心に触れる。

 しかも、教師ではなく、クラスメイトが。

 それだけで少し距離が近い。


「……え」

 リュシアンが小さく戸惑う。

 当然だろう。

 教室の主役候補たちを差し置いて、勇者家系の少年が自分の魔法のつまずきを拾ってくるなど、予想していない。


「ただ」

 アルトは続ける。

「言葉に自分を合わせすぎている」

「……」

「詠唱を正しく言おうとしすぎて、魔力の流れを細くしている」

「……っ」


 リュシアンの目がわずかに見開く。


 当たりすぎていた。


 しかも、教師の指摘より一段内側を言われている。

 『もっと集中しろ』とか、『流れを途切れさせるな』ではない。

 なぜそれが起きるのか、その手前の癖を言い当てられた。


 リュシアンは一瞬だけ、言葉を失った。


「どうして」

 かすかに漏れる。

「どうして……分かるの?」


 その問いに、アルトは一拍だけ間を置いた。


 正直に答えるなら、構造が見えるから、である。

 あなたの魔力の詰まり方が、自己認識の癖ごと透けて見える。

 さらに言えば、その『自分を下へ置いてしまう感じ』が、かなり素材として良い。


 などとは、当然言えない。


「見てたら、分かるだろ」

 だから、ごく淡々とそう返す。


 その言い方が、また少しだけ罪深い。


 見ていた。

 自分を。

 リュシアンにとって、その一言は妙に胸に残る響きだった。


 どうしてぼくに。


 その問いが、形を持ちはじめる。


 教室の中心格たちではなく。

 華やかな少女たちでもなく。

 どうして、自分の小さな詰まりに気づいて、わざわざ声をかけるのか。


 その戸惑いの中に、まだ名前のつかない淡い熱が、ほんの少しだけ混じった。


 一方で、周囲も見ていた。


 シャルロッテは、露骨ではないが明らかに引っかかっている。

 先日の自己紹介でもそうだった。

 アルトの視線は、自分たちのような『正面の才能』へ向くより先に、妙なところで止まる。

 今もまたそうだ。


 なぜリュシアンなのか。


 しかも、教師の役目まで先取りするような精度で助言を落とす。

 それが気に食わない、というより、理解しづらい。

 だからこそ、目が離せない。


 レオノーラの方も同じだった。


 彼女は彼女で、『またそこへ行くのか』と思っている。


 ミレナ。

 セラフィナ。

 そして今度はリュシアン。


 アルトはどうも、一番分かりやすい中心へ正面から立つのではなく、少しずれた位置にいる者ばかり拾う。

 しかも、その拾い方が妙に的確で、言葉も直球だ。


 レオノーラの胸の中に、またあの小さな面白くなさが生まれる。

 まだ名前にはならないが、確実に引っかかる。


「……君は」

 リュシアンが言う。

 まだ少し混乱している。

「そんなふうに、見てるんだ」

「見てる」

 アルトは頷く。

「今のは、詰まっている場所が分かりやすかった」

「……」

「詠唱を整えるより先に、自分の中の流れを一度太くした方がいい」

「太く……?」

「うん」

「でも、どうやって」

「詠唱の前に」

 アルトはごく自然に言う。

「一瞬だけ、魔力を言葉へ乗せるんじゃなくて、自分の身体の内側へ広げる」

「……」

「魔力を外へ出す準備じゃなくて、自分の中にいったん満たす感じ」

「……そんなこと、授業では」

「教わらないだろうな」

 アルトはさらりと言う。

「でも、その方がたぶん君には合う」


 そこまで言われて、リュシアンはもう否定できなかった。


 教師より早く。

 友人でもないはずの相手に。

 しかも、自分に合うやり方まで提示される。


 戸惑う。

 戸惑うしかない。

 だが、それ以上に、胸のどこかが熱くなる。


 選ばれたみたいだ、という感覚。


 それはまだ、恋ではない。

 だが、その手前の、ひどく危ういところにあった。


 そしてアルトの方はといえば、そんなリュシアンの繊細な揺れのすべてまでは、さすがに想定していなかった。


 ただ、手応えは感じている。


 いける。


 そう確信する。


 この子は、正しく整えてやれば伸びる。

 しかも、自分で自分を少し低く置いているぶん、突破した時の跳ね方が大きい。

 主役の座へ押し上げるには、これ以上なく良い素材だ。


 世界にはまだ見ぬ逸材が待っている。

 そのためにも、ここでリュシアンを取りこぼすわけにはいかない。


 だからアルトは、ごく軽い調子を装って、次の一手を打った。


「自習でもするか?」


 あまりにも自然に。


 自然に言ったつもりだが、周囲から見れば十分に距離が近い。


 授業直後。

 魔法のつまずきを拾う。

 的確に助言する。

 そのまま自習へ誘う。


 それを、教室の主役候補たちが目の端で拾わないわけがない。


 シャルロッテの眉が、今度はわりとはっきり寄った。

 レオノーラも、ああやっぱり面白くないな、という気分を少し自覚し始める。

 セラフィナは離れた位置から、何であいつリュシアンにあんな自然に行くんだ、という顔をしている。

 ミレナにいたっては、単純に『距離近くない?』と思っていた。


 リュシアン本人は、さらに困っていた。


「え……」

「いやなら別にいい」

 アルトは言う。

「でも、今の詰まり方は、今日のうちに一回ほどいた方が後に残らない」

「……」

「少しなら見られる」

「……どうして」

 また同じ問いが出る。


 どうしてぼくに。


 それは、リュシアンの中でかなり切実だった。

 自分が特別扱いされる理由に、まだ慣れていない。

 名門の末っ子として『綺麗だが頼りない』扱いには慣れていても、才能を前提に選ばれることには慣れていない。


 そこへ、アルトは少しだけ目を細めた。


「素材がいいから」

 言い切る。

「……え」

「磨けばかなり上まで行く」

「……」

「だから今のうちに癖を直した方がいい」


 大変よくない言い方である。


 人を素材呼ばわり。

 しかも本人の前で。

 普通ならだいぶ失礼だ。


 だが、アルトは本気でそう思っている。

 打算もある。

 もちろんある。

 だが、同時に本気の評価でもある。


 その真顔のせいで、リュシアンは怒るに怒れなかった。


 ただ、戸惑う。

 そして、少しだけ熱を持つ。


 素材がいい。

 上まで行く。

 そういう言葉を、兄姉たちではなく『自分』へ向けて落とされる経験が、彼にはほとんどなかったのだ。


 アルトはそこで、ほぼ決めた。


 始める。


 リュシアン育成計画を。


 もちろん表向きは、ただのクラスメイトとして。

 ごく自然に。

 少し見てやるだけ。

 その延長で、少しずつ知識と技術と精度の高め方を擦り込む。


 ただし、常識的な範囲で。

 一般人向けの、正常な方法の限界値で。


 いくらなんでも、自分と同じ死にかけの再構築や、変態性濃縮座禅を勧めるわけにはいかない。

 そこは良心が残っている。


 いや、残っていると言っていいのかは怪しい。

 だが少なくとも、『正常者向けの最高効率』くらいは用意できる。


 十分だろう。

 それで主役にはなれる。


 リュシアンはまだ迷っていたが、結局、小さく頷いた。


「……少しだけ」

「十分」

 アルトは言う。


 そのやり取りの短さが、余計に周囲のざわつきを呼んだ。


 気づけば、見ている者がいる。

 主役候補たちが。

 そして、教室の何人かが。


 魔法実技のあと、そのまま自然に二人で抜けていくような空気。

 しかも片方は、勇者家系のアルト。

 もう片方は、名門の末っ子で、やや頼りないと思われていたリュシアン。


 少し距離が近すぎる。


 そう見える。


 アルトはそこまで計算していたわけではない。

 いや、半分くらいは計算していたのかもしれない。

 主役候補を育てるなら、最初に『なぜあの子に?』という違和感を周囲へ刻むのも悪くない。


 だが、リュシアンの側の淡い揺れまで含めて、ここまで周囲の目を引くとは思っていなかった。


 それでも、もう引かない。


 引いてしまえば、この素材は埋もれる。

 ならば、最初の不自然さくらいは呑み込んでもらうしかない。


 アルトは歩き出し、リュシアンもその少し後ろを追う。


 その距離が、また少しだけ近い。

 その近さが、主役候補の少女たちの胸にそれぞれ異なる引っかかりを落としていく。


 シャルロッテは気に食わない。

 レオノーラは面白くない。

 セラフィナは意味が分からない。

 ミレナは静かにざわつく。

 ルゼリアは見ていないふりをする。


 そしてリュシアンだけが、そのすべての中心に自分がいることに、まだ戸惑っていた。


 どうしてぼくに。


 その問いの答えは、いまのアルトにはあまりにも単純だった。


 君が、あまりにも良い素材だからだ。


 だがその打算の内側には、やはり平助の気持ち悪いほどの一貫性がある。

 美しいもの。

 惜しいもの。

 押し上げれば主役になれるのに、今はまだ半歩外側にいるもの。


 そういうものを、放っておけない。


 そのどうしようもなさの上に、リュシアン育成計画は、静かに、しかし確実に動き始めていた。


お読みいただきありがとうございます。

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