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窓の外から小鳥の囀りが聞こえてくる。遮熱性に優れたシームレス仕様のカーテンから朝日が差し込み、朧げな視覚と脳を徐々に覚醒させていく。
「朝ですよ」
カーテンが勢い良く開けられる。耳に届く刺激が嫌らしい。普段は全く気にならない動作でも、この寝起きの瞬間だけは好きにはなれない。
「おはようございます。お嬢様」
「アリサ...おはようですの」
「今日は良い天気ですよ!」
専属侍女のアリサが笑顔で言う。外は青空、雲一つない快晴だ。こんな日には、遠出でもして大地の恵みを楽しみたい気分になる。
けれど、気温の低さが冬の季節を報せており、差し込む太陽の光がちっぽけに思えた。
「も、もう少し眠っていたいですわ」
「まあ...!お嬢様ったら、駄目ですよ?さあ、起きて下さい」
身体を包み込む毛布をアリサが容赦なく払う。途端に身体を肌寒さが通り抜けた。心優しい専属侍女の彼女も、今だけは鬼に見えてしまう。
「アリサったら、もう少し丁重に扱ってくれても...」
「何を仰っているんですか?二度寝なんてしたら学園に遅刻してしまいます!」
「ううっ...」
「ほら、早くお顔を洗って朝食をお召し上がりになられませんと。旦那様も奥様も、先に大広間でお待ちですよ」
「...分かりましたわ」
催促されるまま、用意された桶のお湯で顔を洗う。眠気が少しずつ覚めていく。何の変哲もない温水でも、二度寝の欲望に打ち勝てる必勝の物品だ。
「今、何時ですの?」
「もうすぐ6時半を回りますよ」
「た、大変ですわ!」
慌てて寝間着を脱ぎ捨てる。このままでは本当に遅刻しかねない。誉れある公爵令嬢でありながら、才色兼備の異名で通っている自分の経歴に傷を付けるのは御免だ。
「お嬢様、落ち着いて下さい。着替えなら私がやりますから」
「お願い致しますわ!」
手慣れた動作に身を任せて、学園の制服に袖を通す。気持ちが一気に引き締まったのを確認すると、アリサと一緒に一階の大広間へと向かう。
「申し訳ありません!遅れてしまいました!」
扉が開かれるや、開口一番に謝罪を述べる。大広間には既に両親と弟が席に着いており、朝食に手を付けていた。
「おはよう、ロザンナ。今日も美しいね」
「おはよう、ロザンナ。今日は少し遅かったわね」
「おはようございます、姉上」
家族全員が笑顔で挨拶を返してくれる。公爵家の華やかな食卓がそこには広がっていた。
「私とした事が遅刻してしまうだなんて...面目ありませんわ」
「気にする事はないよ。我々もついさっき食べ始めたばかりだからね」
マベルス公爵家当主であり、父親であるレオナルドが優しく告げる。
透き通った金髪は王族顔負けの高貴さを印象付けており、整った顔立ちは美丈夫そのもの。御年で四十台半ばに差し掛かった今、その色気は悉く完成されている。
「そうよ。それに昨日は事業で忙しくしてたんだから、眠りが深くても仕方がないわ」
父に続いて、母エレノラもフォローをしてくれる。
光沢のある深い黒髪は夜を彷彿とさせる艶やかさを持っており、容姿端麗な様は眩しい朝日の中でも目を惹く。本人の為に年齢は伏せるが、美しい容姿は幼少期から目にしてきたまま、少しも衰えていない。父が太陽だとすれば、母はまるで隣合う月のようだ。
「姉上、こちらへどうぞ」
「ありがとう、クリス」
一つ年下の弟、クリスが隣の席を引いてくれる。
父から受け継いだ太陽の髪と端正な顔立ちは、本人の紳士的な性格も相まって、未来の淑女達から並外れた人気がある。彼の通う中等部では紳士的で、余り感情を表に出さないクールな性格で通っているようだが、その実態は姉想いな優しい子だ。
「でも、侍女の役割を取っては駄目よ?」
「...は!申し訳ありません。僕としたことが、朝から姉上のご尊顔を拝謁出来て、些か周りが見えてなかったようです」
「まあ、お上手ね」
顔を紅くする弟に笑いが溢れる。今日も私の大好きな家族達は健在だ。その事が何よりも嬉しい。
食卓に並べられた料理の品々。丁寧に盛り付けられた肉や野菜は芸術的で、夜会で出しても全く恥を欠かない完成度を誇っている。
──今日も美味しい料理ばかり。こんな素敵な料理を作って下さるシェフには感謝してもしきれませんわね。
感謝の気持ちを抱きながら、料理を上品に口へと運んでいく。毎朝のルーティンだ。血圧の安定しない早朝では、丁寧な所作を取るのも億劫に感じる事もなくはないが、貴族令嬢として、常に品性を欠いてはならない。
最小限の音が食卓を包み込む。小さく鳴るナイフの音は小鳥の囀りのようで、それを支えるフォークは風を運ぶ森林の木の様──。実に優雅な一時だ。
「そういえばロザンナ。もうすぐ一年経つが、学園生活はどうだい?」
静かに食事を進めていると、上品に口元を拭う父が話しかけてきた。
「お陰様でとても充実しておりますわ、お父様」
「それは良かった。何か不備はないかい?」
「勉学も首席を維持できておりますし、特に問題はありませんわ」
「そうか、流石はロザンナだね」
父が褒めてくれる。正面の席では母が頷いているし、隣ではクリスも自慢気に鼻を高くしている。もう何度も経験してきた事だが、家族が自分の事で満足そうにするこの瞬間が好きだ。
「最近では仲の良い学友にも恵まれましたし、ビクトル学園での生活は有意義なものですの」
「言わずもがな、仲の良い学友とはマーガレット伯爵家の御息女の事かい?」
「はい、彼女にはとても良くして貰ってますの。私の親友ですわ」
両親に面と向かって言う。最初は親友という単語を口にする事に気恥ずかしさを覚えていたが、今となっては堂々と公言出来る。
「はっはっは、ロザンナに親友が出来るなんてね。それがミルス嬢ならば、我々としても願ったりだ」
「そうね。娘を庇って頂けただけでなく、仲良くして下さるなんて。伯爵閣下とミルス嬢には頭が上がらないもの」
両親が手放しにマーガレット父娘を褒める。最初は、かの有名な魔王伯爵の娘と仲が良い事実に両親も目を丸くしていたが、あの日から幾度と伯爵閣下と会合を重ねる事で、親同士の親睦はグッと深まったようだ。
今や両親にとって、彼等父娘は娘の窮地を救ってくれた恩人である。
「でもミルスったら、最近は補習に忙しくて、私との時間を取ってくれないんですのよ。全く、私のような淑女を放って置くだなんて失礼しちゃいますわ」
「ロザンナは本当にミルス嬢の事が好きなんだね」
「わ、私は別にそんな...」
食卓に笑いが溢れる。家族に親友の事を悪く言った事などないが、最近は気がつくと、つい彼女の事を口走ってしまうのが玉にキズだ。
もっとも、勉学しか目的を見出だせなかった私に、学園生活の楽しさを教えてくれた彼女には感謝している。学園に通う理由が勉学以外にあるとすれば、それはミルスに会う事が出来るからだ。絶対に表立っては言えないが。
「も、もうこんな時間ですわ! 私、そろそろ学園へ行ってまいります」
「あっ!待って下さい、姉上!僕も一緒に行きますから!」
気恥ずかしさを誤魔化すように食卓を後にする。遠くで両親が笑いながら「気を付けて行きなさい」と言っているのが聞こえたが、顔の熱の方がずっと気になった。
装飾で飾られた馬車が、伝統ある敷地の門を潜る。スコルピア王国広しといえど、専用の厩舎がある学園など此処くらいのものだろう。
「ロザンナ様、おはようございます!」
「ごきげんよう」
同じ学園生に挨拶を返しながら、一学年の玄関へと向かう。Aクラスの下駄箱の前に着くと、自分の下駄箱へと手を伸ばす。
すると、下駄箱を開くと同時に、沢山の手紙が雪崩のように床へと落ちた。
「......またですのね」
見慣れた光景に溜息が出る。手紙の内容はどれも、私に対する好意を綴ったもの。差し出し人は同学年から上級生まで様々だ。ようやく婚約破棄騒動が落ち着いた頃から、この現状は続いている。
異性からこれだけモテるのは、同じ女生徒からすると羨ましいと思われるかも知れないが、そんなに良いものではない。中には顔も知らないような男子生徒からのものもあるし、あからさまに公爵家の肩書が目当てのものもある。断るにしても一筆したためる必要があるし、こうも連日のようにアプローチを仕掛けられるのも苦なのだ。
それに当分は異性と縁を結ぶつもりはない。婚約破棄して間もないのに異性と深い関わりを持つのは体面が良くないし、そういった意欲自体が自分にはない。公爵家の跡取りとして自覚を問われるかもしれないが、これには両親も快く納得してくれている。
「本当にままならないですわね」
床に落ちた手紙を一枚ずつ拾い集めていく。毎度の事ながら、朝からこの作業は億劫になってしまう。朝の朝礼に遅れないよう、手紙を鞄へ入れていると、一枚だけ一風変わった手紙が紛れ込んでいる事に気が付いた。
「あら?」
その手紙は他の封筒とは違い、幅が縦に少しだけ長い和紙で書かれていた。
「何かしら、これ」
徐ろに便箋の文字を確認してみる。するとそこには大きく──。
「は、果たし状...?」
予想外の文字に声が上ずる。手紙には「今日の放課後、学園のテラスにて待つ」と書かれており、和紙の下隅には手書きの緑の生き物のイラストと、差出人の名前が小さく綴られていた。
「一体何を考えておりますの......。ミルス」
イラストよりも大分控え目に書かれた名前に、頭を抱えるしかなかった。
つづく




