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鐘の音が鳴り響く。四つの簡素な音は音響現象を残すと、学園内を隈無く木霊した。
「ロザンナ様、ごきげんよう」
「ごきげんよう。また明日ね」
友人に別れを告げて、帰りの身支度をする。選りすぐりの人材が集まる特進クラスなだけあり、今日もAクラスの授業は高密度なカリキュラムだった。
もっとも、内容は幼少の頃に学習済みの分野ばかりだが、再度演習をすることで、確実に身に付いていくのを実感する。
充実した学業の後の状態では、受け持っている公爵家の事業も捗る。普段ならば、この清々しい余韻を胸に実家へと直帰するのだが、珍しく今日は予定が入っている。
「一体何の用なのかしら...」
学園の校舎を歩きながら、手に持った果たし状を確認する。朝に目にした時は何かの間違いかと思ったが、書状の文字は鮮明にインクの染みを作っている。
随分と物騒な書状だと思うが、彼女に何か失礼を働いた覚えはない。自分が気が付かないだけで知らぬ間に...という可能性もゼロに等しい。なにせ、彼女とは最近折り合いが付かず、会う機会そのものが減ってしまっていたからだ。
──これは補習が終わったと思って良いのだろうか。
期待が込み上がる。鞄に詰まった恋文の山とは比較にならないくらいほど、目の前の書状に釘付けだ。
「落ち着きなさい、ロザンナ。久しぶりに仲の良い親友と会うだけですわよ」
自身を諌める。これほど胸の鼓動を脈打たせてしまうなど、まるで久しぶりに離れていた恋人と会うようではないか。
「なにはともあれ、行ってみない事には始まりませんわね」
緩んだ頬を引き締め直し、普段の淑女の顔に戻す。
指定場所は学園のテラス。二人が仲良くなった思い出の場所だ。とはいえ、当時は心地良い気温が巡る秋の真っ只中だったので、本格的な寒さを迎えた今時期には足を運ぶのも億劫になってしまう。しかし、敢えてこの場所を指定したという事は何か余程の要件があるのだろう。
期待半分、不安半分のまま。お気に入りのコートを着込むと、一学年の廊下を抜けて屋上のテラスを目指す。
白くなぞられた縁がお洒落な勝手口を開けて外に出る。ものの数分で目的の場所にたどり着いた。
生憎と、今日の空は雪模様だった。
鮮やかな紅葉が舞っていた菜園スペースには霜が降りており、秋分点を通った時期とは違う趣を感じる。コート越しに伝わる冷気に、自然と身が引き締まった。
広場には所々に雪山が出来ており、翌日の用務員の気苦労が知れてくるようだ。スコルピア王国は降雪率が低く、積もったとしても翌日には晴れる事が大半なので、雪の被害を受けにくい傾向にある。それでもこの光景を見ていると、そろそろ防水施行や排水設備を検討しても良いのではないだろうかと思ってしまう。
「少し早く来すぎたかしら」
案の定、テラスに親友の姿は見当たらない。終業の鐘が鳴って間もないので無理もない。
両手に張り付く冷気を息で温めながら、徐ろに馴染み深いベンチに腰を下ろす。すぐ隣のスペースには大きな雪山が乗っているが、座る分には何も支障はない。ミルスが来るまでの間だけ、雪と戯れていた童心に帰るのも悪くない。
......静かな一時だ。まるで世界の時間が止まったように思える。
冬の季節は夏や秋とは異なり、こういった妙な静けさを覚える時がある。原因は恐らく動物や人の活動が減少するだけでなく、雪が音を吸収する吸音効果を持ち、冷たい空気が音を減衰させる為なのだろう。
つい理論上の解釈をする癖のせいで夢がないようだが、私はこういう静かな時間が好きだ。
「こんな素敵な時間をあの子と過ごせたら...」
色んな妄想が浮かんでくる。彼女の事だ、きっとこんなロマンチックな時間も全てカエルに繋げてしまうのだろう。
それが少し淋しくもあり、堪らなく愛おしくもある。
「──...って!私ったら、何を考えていますの...」
最近の自分は本当にどうかしている。こんな事を考えてしまうなど、まるで同性愛者のようではないか。親友を勝手に邪な妄想に登場させるなど、淑女の在り方に反している。
本人が来る前に頭を冷やさなければ──。
そう思い、少しテラス内を歩いて見ることにした。
「きゃ!?」
徐ろにベンチから立とうとすると、足が地面に滑って態勢を崩す。反射的に手が伸びた。
「あ、危ないところでしたわ...」
幸いにも、隣にある雪山のお陰で転倒は免れた。いくら童心に帰るからといって、公爵令嬢が全身雪まみれになるなど笑い話にもならない。妄想に耽って気が緩みすぎたか。
早まる鼓動を落ち着かせながら、態勢を戻そうと雪山に体重を乗せる。
手に違和感を覚えたのは直後の事だった。
「......ん?何かしら...」
雪が妙に柔らかい気がする。雪なのだから当然柔らかいのだが、時折指先に伝わる感触が凹凸を作っている。
例えるならばそう。中に何かが入っているような──...。
薄暗い野外の中、少しベンチから離れて雪山を確認してみる。するとどういう訳か、雪山の下から、学園の女生徒らしき脚が伸びていた。
「ひっ!?」
小さな悲鳴が上がる。雪山と思っていた物は人間だったのだ。
「た、大変!」
怯んだのも束の間、慌てて女生徒へ近づく。何か事件の可能性を感じた。
「もし! 貴女、大丈夫ですの!?」
揺さぶって声を掛けるも反応はない。生身の脚が完全に冷えていないことから、まだ息はあるようだが、このままでは凍死してしまう可能性が高い。身近なところで死者が出るなど絶対に御免だ。
そう思った私は、手遅れになる前に手で雪を退かしていく。
すると出てきたのは──線の細い小さな身体に金色の御髪。顔立ちは絵本に登場する妖精のように端正なものだった。それが誰なのか、親友の自分には直ぐに分かった。
「きゃああああ!?ミルスッ!?」
思わず、第一声に濁点が付いてしまいそうな勢いで叫ぶ。
「ミルス!大丈夫ですの!?ミルス!」
雪まみれになって動かない親友の身体を揺さぶる。自分の頬を涙が伝うのが分かった。血の気は一気に引き、顔面はとっくに蒼白だ。主に私の。
何ゆえ、果たし状の送り主が学園のテラスで遭難しかけているのか。状況は全く理解出来ないが、彼女の居ない未来など絶対に嫌だ。
そんな私の熱い想いとは裏腹に、目の前の小さな妖精が一言呟く。
「ふふふ......カエルの桃源郷だ...」
「......えっ?」
意味が分からなかった。気持ちよさそうに寝息を立てていることから、恐らくは寝言なのだろうけれど、こんな危機的状況に立たされていながらも、彼女の表情は穏やかだ。まるで冬に冬眠するカエルの様。
暫し、呆気に取られる。
我に返ったのは、一分も経っていない頃だったと思う。
「ミ、ミルス!しっかりおし!ミルスぅぅぅ!」
彼女が目を覚ますまでの間、私は必死に親友の身体を揺さぶり続けた。
空は雪模様。コートの中は真夏のように暑くなっていた。
つづく




