第39話 運が良ければ(?)異世界で象が見れる
ルリと新たな約束をして、ミナの動揺した姿を見た日から数日の時が流れた。
当面の目的地である南国ソラールの王都、ナチュラまではあと三日。最初に立てた計画通りのペースで歩けていた。
「もうそろそろ着くわね」
「そうか? 確かにあと三日だけど、もうそろそろはちょっと気が早くね?」
「そう? 初日から昨日までがめちゃくちゃ大変だったことを考えれば、何も起こっていない今日を含めて、もうそろそろだと思うけど?」
ミナのこの言葉を聞いて、みんなが苦笑いする。この場にいる全員が、ミナの言わんとすることを理解したからである。
初日、つまり、俺が煌神斬を習得した日。
ミナの言う通り、この日が大変だったのは言うまでもない。厄災級の魔物とやり合った(客観的事実としては、俺が一方的に魔物ボコっていたのだが)のだから。
問題だったのは、二日目から昨日までだ。
何故かは全くわからないが、魔物の出現率が異常だったのだ。間違いなく、俺がラオラルドに来てから一番多かっただろう。
もちろん、厄災級の魔物と戦うことに比べたら、襲い掛かってくる魔物のレベルは低かった。現に、俺たちがピンチらしいピンチに陥ることはなかった。
では、レベルの低い魔物ならいくら相手をしても疲れないかというと、そうではない。
相手の方が弱くても魔物は魔物。油断していたかどうかを問われると、少しの油断があった感は否めないが、それでもある程度の緊張感は持っていた。
そして、それが連続して何日も続いたのだ。疲れるなと言う方が無理である。
煌神斬を使っていたらここまで疲労が溜まることはなかったかもしれない(その時は別の意味で疲れていただろう)が、俺がルリとの約束を破るわけがない。(ちなみに、一番初めに無茶をしないとルリに約束して、それを破ったことは棚に上げている)
要するに、昨日までありえない程の戦闘量をこなしており、今日は一つも戦闘がなかったのだから、このまま戦闘が起こらなければ、三日なんて一瞬だとミナは言いたかったのだ。
「確かに、このまま何もなければすぐに着きそうだな」
なので、今俺が発したこの言葉に、問題はないはずだった。
過去形になっているのは、今の言葉を問題視する方がいたからだ。
「ヒカル、それ、フラグにしか聞こえないぞ」
言われてみれば、このリンカの指摘は最もである。
だが、何かをフラグだと認識するから、それがフラグになると俺は思っている。
「変なことを言ったのは謝るけど、逆にそういうことを言った方が……」
俺のセリフを最後まで聞けた人はいない。当然だ、俺自身が途中で言うのをやめたのだから。
ドスン。ドスン。
数日前にも聞いた気がする音が聞こえてきた。
この音を聞かながら、「俺の運はおかしいぐらい良いはずなのに、なんでこういう時にその効力を発揮しないんだ!?」と思ったのは内緒である。
自分の運に心の中で文句を言ったのはさておき、迫りくる厄災級の魔物(と俺たちは決めつけている)をどうにかしなければいけない。
「ヒカルさん」
「大丈夫。いきなり使わないから」
今ルリが俺のことを呼んだ理由は、わざわざ言わなくてもわかるだろう。
そのルリの言葉に対して、いきなり使わない、と答えた俺。それを聞いたルリは少し不満げだったが、俺は反対に間違ったとは思わない。
こんなことは考えたくもないが、万が一ルリたちの身に危険が及んだ時は、俺は自分の身体の心配を一切せずに煌神斬を使う。そう決めているからだ。
(厄災級でも何でもかかってこい。ルリたちは俺が守る!)
約束をしたばかりなのが原因かもしれない。いつもより過剰にルリのことを意識しながら俺が心の中で呟いたセリフは、幸か不幸か意味がなくなった。
ドスンドスンと音を立てながら向かって来ていたのは、厄災級の魔物ではなかったからだ。
「パオーーン」
という鳴き声が地鳴りと共に聞こえてきた。
そして俺は、今聞いた声が地球では誰もが知っているであろう動物の鳴き声であることに気づいた。
「え? 象?」
ルリたちが「象」という単語に困惑していない所から察するに、ラオラルドにも象はいるらしい。
結論から言うと、この推測に意味はなかった。なぜなら、この推測をしたすぐ後に、俺たちの目の前に象が現れたからだ。
「え? 象?」
ただ、いくら象が存在するとはいえ、珍しい動物であることに変わりはないらしい。
その証拠(証拠という言い方は少し大げさだが)として、今のミナのセリフが挙げられるだろう。ミナも驚いているのか、先程の俺と全く同じことを口にしている。
「うん? 象がどうしたんだ?」
若干名(具体的には一名)、微塵も驚いている様子がない方もいたが。
「グレイルさん……、驚かないんですね?」
「逆に聞くが、なんで象を見て驚くんだ?」
みんなが同時に抱いていた疑問を、ルリが本人に聞いてくれた。
まあ、返ってきた答えは、その疑問を解消するものではなかったが。
「グレイル、象を見たことがあるのか?」
疑問を解消するためにリンカが追加の質問をしてくれたのだが、俺にはグレイルが驚いていない理由に見当がついていた。
リンカも質問をした直後に、その理由に気づいたのだろう。「あっ!」っという顔をしている。
「もちろんだ」
グレイルが「もちろん」と答えるのも当然だろう。
何を隠そう、グレイルはかつて先代勇者様たちと魔王討伐のため旅をしていたのだから。その旅の途中で象を見たことがあったのだろう。
ここまで考えてから、俺は象の上に人が乗っているのに気づいた。
別に俺はボディーガードをしているわけではない。というか、地球での俺はただの高校生だったのだ。
そんな俺が象に気を取られて、象に乗っている人に気づかないのは仕方がない。
しかし、みんなを守ると誓った以上、この隙は致命的なものだと、俺は自覚していた。
この時の俺は、迫ってくるもの=敵のイメージしかなかった。よくよく考えてみれば、象に乗っている人が敵とは限らないにも関わらず。
そう、今回のように。
「あれ? 見かけない顔ですね? 冒険者の方ですか?」
今まさに剣を鞘から抜こうとしていた俺は、この言葉を聞いて、ポカーンと口を開いていた。




