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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第二部 後編
802/803

花の章 「小泉龍臣」

午後10:40、瀬戸家裏門裏。

鏑木組の一件をのぞけば裏通夜に訪れる弔問客は静けさを保っていた。

ていうか本来それが普通なのである。

裏社会に尽力した(この表現大丈夫?)大親分の葬儀なのだから同系組織はもちろんのこと表面上敵対している組、例えば日本で2番目に勢力の大きい稲田組の会長ですら大親分の死を悼み豪ちゃんと姐さんに追悼の意を表していた。

さすが昭和・平成と時代を跨いで大親分と激闘を繰り広げた人だ。

チャカ持たせろなんて言わないし姐さんも弾除けにしない。

『ケンカ相手がいないとつまんねぇもんだぞ豪四郎…』

と言ったその声は本当に寂しそうだった。

稲田会長がそうなのだから他の弔問客など大人しくせざるを得ない。

さっきの鏑木組も稲田会長が来てる時にやらかせば良かったのに。

「いやしっかし親友のプロポーズ見れるとは思ってもなかったよ!」

隣のマサの肩をバッシバシ叩くほどテンションが高かったのは、人の求婚シーンを生で見れた興奮が冷めやらぬからだろう。

「今日するつもりじゃなかったんだがなぁ…。お前らまでいるし。こうやって茶化されるし」

茶化してなんかないよぉ。

ステキだったって言ってんの。

いやそれよりも!それよりもだよモジャ夫くん!

「とか言ってぇ〜!あんた指輪持ってたじゃないのよぉ〜!ねぇいつ買いに行ったの?アフロで行ったの?どんな顔してお店入ったの?ねぇねぇ教えてってばぁ〜。ねぇねぇねぇ〜」

「………ねぇねぇオバサン」

「誰がおばさんだ!」

あんた次言ったらグーでいくよグーで。

「あれは俺が買ったもんじゃねぇ。あの婚約指輪は大姐さんのもんだ」

「え?大姐さん!?」

大姐さん、つまり大親分の奥さんであり豪ちゃんのお母さんでもある。

大姐さんは6年前肝臓ガンで亡くなった。

普段豪快な大親分もその時ばかりは憔悴しきっていて私もマサもそして三太までもが涙した。

唯一泣いていなかった祝人は、ただ大姐さんの傍に座り手に触れてずっと何かを呟いていた。

こっそり後ろに回って聞き耳を立てると、『お疲れ様でした。本当にありがとうございました』を何度も何度も繰り返していて、私はそれにも涙を堪えきれずに泣いた。

大親分が豪快な人なら大姐さんは浪漫の人だった。

幾つになっても少女のような可愛らしさでお茶やお酒よりもレモネードを愛していた。

大親分のことを『私の王子様』と呼び、何度ノロケ話をを聞かされたことか。

「永澄さん、初恋が俺だってこと大姐さんに話してたんだ。そしたら大姐さんに呼び出されてこの指輪を渡された」

「でもそれ永澄がまだ子どもの頃なんでしょ?大人になってまでアンタのこと好きとは限らないじゃん」

「だから俺にその気がないなら返してねって言われた。私の世界で1番大切なものだからって」

「その指輪ってもしかして…」

「大姐さんが大親分にもらったものさ。大姐さん本当は映画みたいに片膝つきながら蓋を開けて求婚して欲しかったみたいだけど…ほら、大親分あの性格だろ?実際はポイって投げられたのよって怒ってたなぁ笑」

大姐さ〜ん、しないよぉ、大親分そんなことするわけないじゃ〜ん笑。

「永澄さんが大きくなって、俺にも永澄さんを娶るつもりがあるのならこの指輪をあげて欲しいって。その時はちゃんと片膝つくのよって。プロポーズの言葉まで決められたんだぜ」

「え?じゃあさっきのって」

「大姐さんプロデュース。俺があんなセリフ思いつくわけないだろ」

それもそうよね、どっちかっていえばあんた大親分側に分類されるもんね。

そう言われてみたら大姐さんの好きそうなロマンティックなセリフじゃないのよ。

「あんた本気で永澄と結婚する気?」

「気持ち悪いか?」

「は?」

「永澄さんは秋の同級生だ。そんな秋とお前は親子だ。16も離れた歳下の嫁さん貰うとか気持ち悪いって思うか?」

あんた意外と保守的なのね。

あ、ヤクザだから右寄りなのか。

「べっつに〜。そんなの気にしてんの?バッカね〜」

「いや、正直まったく。むしろ自慢なんだが」

「なんだろう?ムカつく」

「若い嫁さんだからじゃねぇぞ。瀬戸組組長の娘だからでもない。永澄さんだから自慢なんだよ」

「いちいち言わなくてもわかってんのよそんな事は。謙虚さがないからムカつくって言ってんの!」

まったく、これだからグラサンアフロは。

普通に考えて年中グラサンアフロのスーツって変な格好だからね?

昭和でも奇抜だからね?

「嫉妬か?」

「私が永澄に嫉妬するわけないじゃない」

「いや永澄さんじゃなく、俺に」

「なんで私がアンタに嫉妬するわけ?」

「そっか、わかんないか笑」

「なにニヤついてんのよ。言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」

「いや…生き遅れてんなぁって思って」

「んだとこのやろぁ!」

言っていいことと悪いことの区別持つかねぇのかクソアフロ!

好きで行き遅れてるわけじゃねぇんだよこんにゃろー!

「喰らえ全力花パンチっ!」

「甘ぇよワンパターン」

私の渾身の右ストレートを受け流すだと!?

「少しはやるようになったじゃない」

「俺を誰だと思ってやがる。瀬戸組直系大道寺組の組長だぞ?パートタイマーのヘナチョコパンチなんざ目瞑っても当たらねぇよ」

「なら目閉じろよ。そんでもっぺん受けてみやがれ!くらえ必殺フラワーラビリンス、、、」

「何年経ってもやってることが高校生の時と変わらねぇなぁお前ら笑」

裏門から声がした。

やばい!こんな茶番見られるなんて超恥ずかしい!

だがそれよりもこの声の懐かしさにマサも私も振り上げた拳を下ろし声の主へと駆け寄っていく。

「「御大っ!!!」」

変わらない彫りの深い笑顔を携えた老人が私達を懐かしそうに見ていた。

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>

三國グループは言わずと知れた日本有数の企業グループで旧三國財閥を前身としている。

三國は1870年に土佐藩出身の小泉弥太郎が海運会社を長崎で創業したのが始まりで、大阪や江戸を中心に業績を伸ばす一方、オランダや東南アジアなど海外への展開に力を入れていった。

明治に入る頃にはすでに光井、澄友といった三國より歴史の長い財閥とも肩を並べ『日本三大財閥』の1つに数えられていた。

三國は他のグループと比べ親族間のつながりが強く、財閥解体によって小泉家との資本関係が解消されたあとも徐々に結びつきを強めていき今なお三國・小泉は切ってもきれない関係である。

ちなみにグループ全体の総売り上げは60兆円とも言われており文句なしに日本最大級の企業となっている。

その現会長がいま目の前にいる小泉龍臣その人である。

「久しいな花。変わってないようで安心したぞ」

「ご無沙汰しております御大」

私は太ももに両手を添え静かに頭を下げる。

「やめろやめろお前らしくもない笑。俺の胸ぐら掴んだ時の勢いはどうした?」

「やめてくださいよぉ笑。もうそんな歳じゃないですって」

「どんな歳でも老人の胸ぐら掴んで恫喝はいかんと思うぞ?おいマサ、お前はついに組を持ったそうだな」

「大親分には多大なるご尽力を賜りました」

「そういやお前豪永の孫娘と恋仲だそうじゃねぇか!といってもまだ高校生だったよな。てこたぁ所帯を持つのはまだ先か」

「御大御大っ!この人さっきその孫娘にプロポーズしてましたぁ!」

グラサン越しでもこちらを睨んでいるのが分かるのは付き合いが長いせい。

「はっはっは笑。そいつぁいい。豪永の通夜の日に求婚たぁあいつも喜んでるだろうよ」

御大はとても嬉しそうに顔の皺を深く刻みながら笑った。

妹である大姐さんの葬儀の時もこうして笑って大親分を慰めていたっけ。

本当に優しくて強くてカッコよくて、そしてとてつもなく恐ろしい人でもある。

「ところで花、あいつは来てないのか?」

「あいつ?あいつって三太?」

「あいつは来るだろう笑。来なきゃぶん殴る。そうじゃない、冬馬のことだ」

「誘ったんですけど、やっぱ人が集まる場所には行けないって。大親分の葬儀なら自分のこと知ってる人が来るかもしれないからって」

「あいつも頑固な奴だからなぁ。まぁ死んだ事にしろと言ったのは俺だからあまり強くも言えないが」

最高責任者が死んだ者だったとなれば、万が一何かあった時も逃げ道を多く作れるという御大の判断だった。

だが御大の言葉がなくても元から冬馬はこの世から姿を消すつもりだった。

1人で白蛇の残党を1人残らず殲滅し秋の父親を探す…、それは個人では途方もない道のりになるはずだった。

「残りの小人は中にいるのか?」

「三太だけです。祝人は誰かを迎えに行ってて明日には戻ってくるって豪ちゃんが言ってたけど」

「マキは?」

「あの子は基本音信不通だしおそらく日本にはいないだろうし葬儀には間に合わないんじゃないですかねぇ」

「アリスは」

「連絡しても返信はないし電話をかけても電源が入ってないようで」

「まさか来ない気か?豪永の葬儀だぞ?」

「来ますよ。世界の果てにいようが明日手術を控えていようがあの子は大親分の葬儀には必ず来ます」

「…そうだな、あの子が忘れるはずはないか」

「ですよ。だって大親分が救った命ですから笑」

ふとあの日の光景を思い出す。

左右に大きく揺れながらアリスは首に縄をかけぶら下がっていた。

思わず身震いをする。

あの時何かが間違っていたら私達は大切な人を何人なくしていただろう?

そんな私達を救ってくれたのが大親分であり豪ちゃんや姐さんであり御大だった。

子どもの私達はたくさんの大人達に助けられ今を生きている。

秋もその1人だった。

「で?お前の息子は中にいんのか?」

御大の唐突な問い。

「いいえ、秋はきてません」

「なんだ?反抗期か?笑」

「反抗期というか…反抗期なんでしょうか?目下あの子は家出中でして」

「家出か!そいつぁいい!男たる者1度や2度の家出は必要だ。だが案ずるな、そのうち帰ってくる」

「もう10ヶ月ほど帰ってきてないんですけどね」

御大は目元の深い皺を目一杯伸ばして目を見開いた。

「今なんと?」

「ですから、10カ月ほど帰ってきてないんですよ…秋」

「お前それ…家出じゃなく失踪だろ。警察には届けたのか?」

「祝人が行き先を知ってるみたいで」

「あいつの仕業か。まったく余計なことしかしないな。原因はなんだ」

御大も酷なことを聞く。

私に言わせるの?それを。

「萩のことバレたんでさぁ。いなくなったのはその直後でして」

代わりにグラサンモジャアフロが答える。

「そうか…なら責任の一端は俺らにある。幸い祝人が絵を描いてるなら心配はあるまい。帰ってきたら連れてきなさい。俺から謝ろう」

「いえ、責任なら全てはあの時決断した私にありますから。お気遣いありがとうございます」

「そうではない。そんな理由でもなければまたお前と会うのは数年後になるだろう。俺はもう歳だ、次に会うのが俺の葬式とか笑えん冗談にもならん」

「いやですよ御大。御大には180まで生きてもらわないと」

「そん時ぁお前も死んでいるな笑」

大親分の命日に死ぬとか冗談を言って笑えるのがとても不思議だった。

悲しくないわけじゃない。

悲しいし寂しいし喪失感が凄い。

それでも笑えるんだなぁ。

シュウちゃんの時はどうだっただろう?

あの日は怒りと虚しさでよく覚えていない。

誰がいて、何を言っていたかも記憶にない。

いや、記憶にはあるかもしれない。

ただその日のことを思い出す機能が壊れている。

>

>

>

午前0時、瀬戸家大広間。

裏通夜は特に大きな問題もなく終了し、弔問客もひと通り大親分に別れを告げ今は数名を残して帰宅の途についた。

今この大広間にいるのは豪ちゃん、姐さん、三國グループ会長の御大、稲田組系会長の稲田源治組長、小5女子のおじいちゃん、そして三太にマサに私、計8人が大親分の眠る大広間に膝を突き合わせて座っている。

御大のボディガード達は別室にて待機していた。

「光井と澄川にも声をかけたんだがあいつら揃いも揃って入院中だってよ。まったく、ジジィぶりやがってからに」

光井グループ会長である光井寿樹はガンで、澄友グループ会長の澄川文若は脳動脈瘤で入院したことはニュースを見て知っていた。

まさか御大が知らないということもあるまい。

その2人と御大は偶然にも同じ歳でハタから見ればライバル関係にあると思われがちだが、あそこまで大きなグループの会長ともなると敵対関係よりも同じ悩みを持つ同士という感覚が強いのかお忍びでよくゴルフや釣りなどに行く仲だったようだ。

確かに3人の苦労や悩みなど庶民の私たちが理解できるものではない。

あの3人でしか共有できないものがあるからこそ半世紀以上も友人を続けてきたのだろう。

「いえ、こうして御大や稲田の親分さんにきていただけただけで親父も喜びます」

「抗争の時ぁ『死ねコノヤロー」って互いにこめかみにチャカ突きつけあったもんだが、まさか本当に死んじまうなんてなぁ…。ぶん殴って起こしてやろうと思ってはるばる来たんだが、豪永のあんな安らかな顔を前にしちゃ文句を言う元気もなくなっちまったよ。…あ、すみません御大、仮にも義理の弟でしたね」

「いいさ、お前らはそれが商売だろう?」

「死ね・殺すぞは俺らの間じゃ挨拶みたいなもんでしたよ…。この世界で唯一俺が同等と認めた奴がいなくなっちまうと、なんだか世の中がつまらなく感じますね」

そう言い終えると稲田の親分は大親分に線香をあげるために立ち上がった。

口は達者だが稲田の親分さんも少し膝がよろけていた。

「して御大、ワシらを残して話とはどんな内容ですかのぉ。ま、察しはついてますが」

裏通夜のあと御大は今ここにいる者に残るよう声をかけ、そして他の者は長居せぬよう無言の圧をかけていた。

表社会でそこそこ権力のある者、裏社会に生きる者で御大に逆らうような無知な人間は1人もいない。

「人に聞かれてはならぬ話をしようと思う。お前らの娘達は2階か?」

「えぇ、降りてこないよう伝えてあります。もし降りてくるようでも組の者が階段下におりますのですぐに知らせるよう伝えてあります。他にも坊さんの部屋、それと失礼ながら御大のお連れの部屋にも監視をつけさせていただいております」

「構わん。さすが豪四郎の嫁、手際がいいな」

「ありがとう存じます」

「それじゃあ話すとしようか。その前に皆足を崩せ。痺れちまうぞ」

御大が笑うと張り詰めていた空気が解けていく。

男連中は胡座をかき、私と姐さんは正座のまま足を横に崩した。

「先日うちの三國製薬に英国王族が所有している工場で作られていた薬の現物が届いた。複数の研究所にサンプルを渡して調査してもらっていたが『アレ』との適合率はバラツキが多く一致するものは少なかった。それもそうだろう、他の研究所にあるのは『アレ』のデータのみで実際のものは三國にしかなかったからな。で、今朝三國製薬の研究所による結果が出た。適合率98.7%…イギリスで作られていたのは16年前白崎事変で使われていた『アレ』とほぼ同じと言って間違いない。ほぼ、と言ったのはあの頃のものより若干化学式が変化していたからだ。現在出回っているものは過去のものより生化学検査での異常数値が出にくく、そして依存性が高いらしい」

こんなの日だというのに、それともこんな日だからなのか、今日は朝から薬の話が多い。

渡辺さんがいないのがせめてもの救いか。

「数年前から似たような薬物が出回ってはいたがこれでハッキリしたな、天神白蛇真言宗は活動を続けている」

右の手のひらが痛むのを感じる。

気付くと強く拳を握りしめていた。

わかってはいた、まだ死んでないって。

「まぁそれを見越して創設したのが穴ぐらだ、今さら驚きはしない。だがまさか英国王族の所有地で精製していたとはな。さすがに俺らも手出し出来んわ。どういう経緯で摘発されたかはわからんがよく揉み消されなかったもんだ」

傍若無人な穴ぐらでも流石に他国王族となると手は出せない。

ましてやそれがイギリスとなると感情として疑い探るのは躊躇いが生まれる。

その感情は私だけが持つ特別なものかもしれないが、出来れば三太やマサ、御大にも感じて欲しいと思わずにはいられない。

「御大、発言よろしいですか?」

流石に御大の前では女子力は控えている元警視総監が手を挙げた。

「九州の鏑木組がその薬物と思われるものを大陸マフィアから仕入れて街に流しているようです」

「某国マフィアの犬に成り下がったか。堕ちたもんだ、鏑木組も」

「先ほども弔問を装ってケンカの火種を作りに来てましたよ」

「ほぉ、瀬戸組とドンパチしても勝てると思っているのか。いや、揉めたいのはマフィアの方か。瀬戸組を叩けば日本でクスリを売りやすくなるだろうしな。ということは抗争のための戦闘員がこの日本に送り込まれるということでもあるな…」

そうなれば九州、いずれは西日本も危険にさらされる。

ゆくゆくは日本国内全土にマフィアとクスリが蔓延ることとなるだろう。

やはり早めに潰しておくに越したことはない。

「はい、は〜い御大!」

「どうした花」

「私さっき冬馬に連絡したらそのマフィアの工場に2人ほど送るって言ってましたよ」

「2人?誰と誰だ?」

「さぁそこまでは。私ら誰が同じ穴ぐらなのかわかんないですもん」

「それもそうだな。しかし大丈夫か?2人だけで」

「冬馬が大丈夫と判断したんだから大丈夫じゃないですかねぇ」

「某国じゃさすがに今からじゃ間に合わねぇしなぁ」

と三太が言うとマサもうなづく。

「まぁ冬馬に任せよう。そうなると鏑木組の方だが…」

御大はチラリと豪ちゃんを見た。

「今は喪中なんで戦争は控えさせてもらいますが落ち着いたらきっちりケジメつけてやろうとは思っています」

「ちょいと待ちな!」

手のひらを前に突き出し豪ちゃんを制したのは稲田会長だ。

「そのケンカ稲田組に譲ってもらおうか」

「これはウチらが売られたケンカじゃき。そもそも稲田が鏑木を潰す理由ないんやないか?」

「理由?ケンカするのに理由なんざいらんだろ。気に入らないから潰す、それじゃいかんのか」

子どものケンカじゃないんだから…。

まぁこの人達のは似たようなもんか。

「それにお前ら豪永の遺言状次第じゃすぐには動けねぇだろ。お前らの都合にマフィアも鏑木も待ってはくれねぇんだぞ」

瀬戸組のこれからを指し示すであろう大親分の遺言状…。

その内容によっては瀬戸組の、ひいては日本ヤクザの勢力図が変わる。

「遺言状の公開はいつの予定だ」

「明日の葬式が終わったら」

「モノはここにあんのか?」

「バカ言うな。万が一にも盗まれたりすり替えられちゃウチの組が潰れる可能性だってある。ウチの組だけならまだいい、日本が終わることだってあるんだぞ。ちゃんと信頼できる人に預かってもらってる」

「ほぉ、でそいつが裏切ったり襲われたりする可能性は考えねぇのか」

「ありえねぇな。預けてるのはアリスだ。そして今そのアリスに渡辺と祝人をつけてある」

あぁそれで2人とも朝からいないんだ?

そうよね、祝人はともかく組の若頭である渡辺さんが通夜にいないっておかしな話だものね。

「あの小娘か。なるほど、確かに信頼できるわな」

アリス…大親分に遺言状を託されたんだね。

それを預かった時きっとあなたも少し救われたんじゃない?

また生き延びた理由を大親分に貰えたんだね。

「だが確かにウチの組の体制が変わるとなるとすぐには動けねぇなぁ。そうしてる間にクスリが世に出回るのもうまくない…」

「だろ?だから代わりに俺達が粛清してやる」

「タダでってこたぁないんだろう?」

「ヤクザなんでなぁ、ただより高いモノはねぇぞ?そうだなぁ…ひとつ九州でも貰おうかのぉ」

「どさくさに紛れて地方ひとつ寄越せとは…強欲が過ぎねぇか稲田さんよぉ」

「前々から考えてたことだ。あそこは歴史的にも諸外国との結びつきが強い。対国外となると俺らの方が即対応できる。なにせ俺らの交渉は会話でも金でもなく暴力だからなぁ」

ヤクザらしいヤクザなのは瀬戸組よりも稲田組の方なのは昔から変わらない。

このじいちゃんの恐ろしいところは相手が誰であれまずゲンコツから対話を始めようとするところだ。

あの時まわりが止めてきゃ国会議事堂に装甲車で突っ込んでたことだろう。

「それに瀬戸組お膝元のすぐそばに俺達がいるとなりゃ色々と都合もいいだろ」

それも一理ある。

この組同士のいざこざって予定調和だもんね。

善と悪は混ざり合う。

白か黒なんてハッキリと明暗分かれて成り立つほどこの社会は甘くない。

人間は優れていない。

警察が、法が、全ての日本国民を守れるわけではない。

では誰がどういった手段で抑止力となるのか。

そのひとつの答えが瀬戸組と稲田組なのである。

「九州にいるウチのモンはどうする?」

「引き上げなくてもいいさ。たまに派手にドンパチでもやろうや」

「わかった。鏑木の件はそちらにお任せしよう。2度とクスリなんかに手ぇ出さねぇようキッチリ型にハメてくれ」

「あぁ、日本で1番暴力的なヤクザの恐ろしさを教えといてやるからお前らは大人しく喪に服してろ」

「お妙ちゃんに舐めたマネしやがった分も忘れないでよっ?」

元警視総監殿、怒りで小5女子が溢れちゃってるわよ。

「だったら警察もしばらくは見て見ぬ振りしといてくれや」

「よいでしょう、各県警には伝えておきます」

「では鏑木の件、それでよろしいな」

御大が締める。

某国のおクスリ精製工場と日本の販路である鏑木組はとりあえず潰す目処がついた。

残るは某国マフィアの白蛇との繋がりだが…それをどうするかは冬馬が考えることだ。

私はありとあらゆる男性の精子をDNA鑑定に、、、あの仕事嫌だあああ!!!

私もドンパチしたいいい!!!

「全員とはいかんまでもあの時のメンツがここまで揃う事はなかなかない。他になにか話しておきたいことがあれば聞くぞ」

「瀬戸組は親父の遺言状の中身がわかるまでは動けないので今特には」

「稲田組も右に同じでさぁ」

「警察側も何か動きがあれば対処しますが今のところこちらからは何もないですねぇ」

「冬馬がいないんで俺がここで何かを話すのは控えさせていただきますが、穴ぐらとしては今まで通り基本定例報告でお知らせして緊急時は冬馬から御大達へ連絡…でいいかと」

ここは三太が発言。

「あいわかった。今日ここにいなかった者には俺の方から伝えておこう。では伝えときたいことは伝えたし、俺はそろそろ帰るとするか」

おっこいしょの掛け声とともに立ち上がりゆっくりと大親分の亡骸へと近づいて行く。

傍に座り線香に火をつけ香炉に刺すとその大きな手のひらをひとつに合わせた。

そして合掌を解いた手の片方で大親分手を握り御大は目を細めて大親分に語り始めた。

「妹が世話になったな…。あいつは死の間際までお前といられて幸せだと言っていた。出来るならあの世でも一緒になりたい…と。お前達の結婚に反対してすまなかった。生きている間にそれをお前に言えなかった事だけが悔やまれる。いつまで経っても夢みがちな奴だがそっちでも妹のことを頼む。俺もじきに行く。安心しろ、この日本でお前の孫娘が何の心配もなく暮らせる日を作ってからだ。ちゃんと2人揃って迎えに来い。俺ぁこう見えて方向音痴なんだ笑。じゃあな豪永、しばしの別れだ」

ポンポン、と大親分の胸を2回手のひらで軽く叩き立ちあがろうとしたその時

「帰る前に会ってかなくて良いんですかい?」

と豪ちゃんが御大に尋ねた。

「あいつは一族の恥晒しだった。今さらかける言葉もない」

恥晒し?

誰のことだろう?

ここに来てどうして私の知らない話をするの、この2人。

「随分と厳しいですなぁ…」

「それはどっちに言っている」

「そりゃ御大に決まってるじゃないですか」

「そんな良いもんじゃあない」

どうしよう、さっぱりわからない。

なのに他の人は『そうかぁ、御大そうかぁ』みたいな顔してる!

なんかヤだ!

だから私も『そうかぁ、御大そうかぁ』みたいな顔をした。

よく見たら三太もマサもさっきまでの私と同じ顔をしていた。

私だけじゃなかった。

「おいヤス、御大がお帰りだよ」

またどこからともなく『へ〜いっ!』と聞こえた。

話の流れ的にヤスが御大に関わり合いのある人物だということは否定された。

三国の一族に生まれたにも関わらず漫画の影響でヤクザになりたいと家を飛び出す恥晒し、にも関わらず10数年経っても下働きで盃も貰えない恥晒し…。

ありうる!ヤスならありうる!と思ったりしたのは内緒にしておこう。

そんな妄想をされていたとはつゆ知らずヤスは御大のボディーガードを大広間に連れてくる。

そっかあ、もうお別れかぁ。

前回会ったのは大姐さんの葬儀、で今回が大親分。

葬儀でしか会えないのなんて嫌だよぉ泣。

もっと会おうよ御大ぃぃぃ。

「花、さっきの約束忘れるなよ」

「あいいいい泣」

「なんで泣いてんだよ。おう三太、俺以外の歳上もちゃんと敬え」

「御大くらいデカい人間なら俺ゃ歳下でも敬いますよ」

「能書き垂れんな。それからマサ、お前豪永の孫娘泣かせたら叩っ殺すからな」

「永澄さんの死ぬ間際にゃあ大姐さんと同じセリフ言わせてみせますわ」

「調子くれんなロリコン。アリスとマキにもよろしく言っといてくれ。じゃあなガキども、達者でやれ」

それだけ言い残し御大はボディガードを連れて瀬戸の家を後にした。

大広間には静けさが広がっている。

誰が何を話すわけでもなくお酒を飲んだり、大親分のそばでただ座っていたり、ボーッと何かを思い出していたり各々が好きな時間を過ごしていた。

私は大親分との記憶を蘇らせていた。

その思い出はどうあっても悲しい思い出までついてくる。

この大広間で秋が大親分に抱かれ、シュウちゃんと姐さんが子育て談義で盛り上がり、三太とマサが大喧嘩しているのを豪ちゃんが苦笑いしながら眺め、御大と稲田会長がお茶を飲みながら談笑し、女王様とアキナ王女が大姐さんの着物に目を輝かせ、祝人と冬馬がジェームズと難しい顔をしながらパソコンを囲み、徹夜明けの渡辺さんが端っこの方でうたた寝をしていて、マキと直美さんがアリスを慰め、遠山警視がザキさんと将棋を指しているのを私は遠巻きで眺めていた。

置かれている立場が危機であることに変わりはないのに、何故か安らいでいる自分がいた。

もしかしたらあの時の私は幸せだったのかもしれない。

シュウちゃんは生きていた。

お姉さんみたいに優しかった直美さんも。

遠山警視の息子も入院はしていたけどまだ生きていて、大姐さんもまだガンは見つかっていなかった。

戻りたい、あの頃に。

けどもうあんな思いは2度としたくない。

何かが違えばまたここであの人同じような光景が見れる事もあったのかな?

ううん、それはないな。

白蛇に巻き込まれてしまったことで私達の普通の幸せは砂時計のように落ちていった。

ゆっくりと、確実に。

だから私は、私達は復讐するのだ。

たとえ今は尻尾の先しか見つからなくても、必ずや頭までたどり着いてその牙を抜き口を裂き頭を叩き潰す。

秋や永澄達の未来が恐怖に脅かされる事なく穏やかであるように。

そのために私達はこの手を赤に染める覚悟はできている。

私は秋のためなら喜んで銃口の引き金を引く。

あの日ここにいた誰もがその決意を胸に秘めている。






追記

『それで永澄先輩は?』

「自分ノ部屋…戻ッタ…」

『可哀想じゃん。プロポーズされてちょっと平常心が戻らなかっただけじゃないのよ。一緒に喜んであげたら良かったのに』

「ナンカ…ムカツイテ…」

『ムカついて畳みかけるのやめなよ。永澄先輩だから許してくれるけど他の人にやったら嫌われるよ』

「他ノヒトニハ…ヤラナイシ」

『じゃあそれは甘えだね。あんた永澄先輩が許してくれるってわかってるから酷い事も遠慮せずに言えるのよ』

「グウノ音モ…出ネェヨ」

『なら明日謝っときな。別に軽くでいいからさ。お互い引きずるのも嫌でしょ』

「……ワカッタ」

『ところで花さんとは仲良くなれたの?』

「ウン…マァ…多分…」

『秋先輩の写真は?』

「毎週1枚ズツ…貰エル」

『なんで週イチなのよ。私みたいに毎日でもいいじゃん』

「数アリャイイ…ワケジャナイ…」

『まぁあんたがそれでいいならいいけど。ねぇ見せてね!お互い見せ合いっこしようね!』

「ソレハ…ヤブサカデハナイ」

『やったぁ!花さんどんだけ秋先輩の写真撮ったの?ってくらい持ってるからね。私1人じゃコンプ出来なかったかもしれないからあんたがサブスク登録してくれて助かるよ』

「アキゴスティーニ…楽シミ」

『ねぇ』

「ナンダヨ…急ニ神妙ナ顔…シテカラニ」

『もし秋先輩が帰ってきて、仮によ?仮に万が一もしかして奇跡が起きて秋先輩が私のこと好きになったら…あんたどうする?』

「祝福シテヤンヨ」

『即答ね。そこに嫉妬とかないの?』

「ナイ…ムシロ…ソウダッタラ…イイッテ…チョットダケ…思ッテル」

『なんで?』

「私ト同ジ…恋ノ距離間ダカラ…」

『それだけ?』

「アンタガドレダケ…好キナノカ…ドレダケ幸セ…願ッテタノカ…知ッテルカラ…」

『そ。あんたと同じ、ね。だから仮によ?万が一よ?天地がひっくり返って秋先輩があんたのこと好きになったら私も祝福するから』

「ネェヨ」

『だから例え話よ』

「ダカラナイッテ…」

『そんなのわかんないじゃん!世の中何が起こるかわかんないのよ?あのレンちゃんでさえ乃蒼先輩のこと落としたんだから何があってもおかしくないの!』

「従姉弟ニ対シテ…ヒデェ言イ草ダナ…」

『酷くないよ。だってレンちゃんいい男だもん。ただ秋先輩の存在があってレンちゃんの目も見えなくなって、なのに乃蒼先輩はレンちゃんを選んだ…。普通じゃ考えられないんだよ。乃蒼先輩だからレンちゃんのこと選べるの。そして秋先輩もそういう人間だよ?』

「…マ、本人モマダ帰ッテキテナイノニ…不毛ナ議論ダヨ…」

『知っといて欲しかったのよ、あんたに、私の気持ち』

「オ人好シ…」

『それ悪口じゃないよ?』

「悪口デ…言ッテナイ」

『ふふっ、ありがと。さ、そろそろ寝るとしますか。明日も早いんでしょ?』

「イツモ通リ…」

『体壊さないでよ?』

「互イニナ」

『じゃ、また明日。おやすみ』

「オヤスミ〜」

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