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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第二部 後編
803/803

花の章 「人は失い続ける生き物である」

翌朝目が覚めると普段とは違う天井に少し戸惑った。

数秒かけてここが瀬戸のお屋敷であることを思い出す。

大親分が亡くなった。

胸に手を当てるとそこにまだポッカリと穴があいていた。

トントントンと木の階段を降りると台所では組の下働きの人達が朝食を作っていた。

味噌と胡麻油のいい匂いが廊下まで広がっている。

「おはようございます客人。早いですねぇ」

「おはようヤス。うん、なんか目が覚めちゃって。姐さんは?」

「ちょいと病院に用を足しに行ってまさぁ。1時間ほどで帰ってくる言うちょりました」

「そなんだ」

台所の調理台には大皿に多種多様の惣菜が所狭しと並んでいる。

メインは和食だけどエビチリやザーサイの和え物など中華も混じっていてどれもとても美味しそうだ。

実際昨日の昼食も夕食も大変美味だった。

15年前より今の瀬戸家のご飯の方がレベルが上なのは間違いない。

「客人、つまみ食いは禁止ですぜ」

「しねぇわ!てかこれあんた作ったの?」

「へぇ、あっしの仕事なんで」

「全部?」

「何品かは昨日の作り置きですがね」

「あんた昨日ウチらが寝るまで起きてたわよね?今朝何時に起きたの?」

「4時でやす」

「4時?3時間しか寝てないの?」

「朝餉の支度があるんでいつもそれくらいには起きてまさぁ」

ちゃんと寝てないから髪の毛薄いんじゃないの?

「さすがに毎日ってこたぁないわよね?」

「毎日ですぜ?サブやシゲは目玉焼きくらいしか作れねぇんで」

偉い…偉いわサブ。

あんたが盃もらえないのはヤクザに向いてないんじゃなくてこっちがシゴデキだからなのね。

「健康に気をつけるのよヤス泣。疲れたらちゃんと休むのよ」

「へ?…へい……ありがとう存じまさぁ」

ヤスを労い台所を後にして大広間へと向かう。

線香の守りをすると言っていた豪ちゃんだがそこにはおらず、代わりに七生が大親分のそばで左足を投げ出しちょこんと座っていた。

昨日のように項垂れてはいなかった。

ただ大親分の遺影をジーっと眺めていた。

「おはよう七生。早いね」

悔しいかなヤスと同じことを言っている。

「オハヨウ…ゴザイマス」

朝だからか、それとも七生も寝起きだからか声の掠れが一層強い。

だからなんだ!

七生は七生だ。

線香に火を灯し手を合わせると七生も一緒に拝んでいた。

「豪ちゃんは?」

「線香…交代…少シ…仮眠」

七生と線香の番を交代して少し仮眠をとりに行ったのね。

「七生はちゃんと寝た?」

よく見ると目の下のクマが酷い。

「3時間…クライ…」

姐さんもすでに出かけているしここの人間は3時間しか寝ない決まりでもあるのだろうか?

「若いんだし眠いでしょう?」

何故若い時ってあんなに眠いんだろう?

どれだけ寝ても午前の授業はウトウトしてたし、なんなら午後はマジで寝てた。

家に帰ってもちょっと寝てたし、夜は普通にガッツリ寝てた。

それでも朝は眠かった。

「眠イ…ケド…受験…近イシ…」

そうだ、七生って秋達のひとつ下だったわ。

秋も去年の今頃追い込みかけて頑張ってたもんなぁ。

懐かしいなぁ、もうあれから1年経ったんだ。

「志望校は?」

「………千石」

思わず笑ってしまったのは何も馬鹿にしたわけじゃない。

つくづく私達はあの千石高校に縁があるんだなと思って可笑しくなったのだ。

「七生だったら余裕じゃん」

「全然…模試…B判定…」

「今それだけあれば十分。七生は絶対に合格するよ。だって秋も帰ってきたらきっと千石を受けるもの。推しと同じ学校になりたいでしょ?一緒に登下校したいでしょ?なんなら同じクラスになりたいでしょ?」

モチベーション上がるでしょ?

大半の生徒は千石合格が目標だけど、その先に野望がある人間なら絶対に合格するよ。

「イエ…別ニ…ムシロ…遠慮シタイ…」

ええええ!?なんで!?

推しがそばにいる生活よ?

ハッピーじゃない?バラ色じゃない?

「遠クデ…ミテル…ソレガイイ…認知モ…チョット…」

それがあなたの推し活なの?

なんなら手を繋ぐとか、ハプニングで抱きついちゃうとか、そういうのを求めたりしないの?

「どうせなら仲良くなった方が良くない?」

「………」

七生は何も答えない。

否定もしないということはまだどこかで葛藤があるのだろう。

勝手な推測にはなるけれど、七生の生い立ちとその火傷のせいで謙虚でも遠慮でもなく恐怖になっているのかもしれない。

「じゃあ七生は秋があの街に戻ってきても遠くから眺めてるだけのつもりだったの?」

コクンと首が縦に折れた。

「でもさぁそれってかなり難しい事じゃない?七生は永澄の妹なんだよ?乃蒼の友達だし、昨日姐さんに聞いたけどリンとも仲良いらしいじゃない。なのに遠くから見てるだけなんて無理だよ。友達になれない方が奇跡よ」

「私…逆奇跡…起コシガチ…」

もうっ!そんな過去は忘れなさいっ!

「仮にそうなったとしても!私が七生を秋に紹介してあげる!」

「ダメッ!…花サン…出テキタラ…確定シチャウ」

いいじゃないのよ、何がダメなのよ?

「まぁ私が出るまでもなくあなたは秋と親しくなるわ。それは覚悟しときなさい」

「脅シ…カヨ」

脅しになるの?

あんたの推し活どうなってるのよ?

でもあれね、この子リンと似てるのね。

あの子も自分の決めた線から絶対に一歩踏み出そうとはしないもの。

なんなの?今の子達ってそうなの?

私達の頃とは恋愛の価値観違うの?

「見ラレタク…ナインデス…知リタク…ナインデス…ドンナ目デ…私ヲ見ルカ…怖インデス…」

七生…

七生ぉ…泣

「知リタク…ナインデス…」

七生は同じ言葉を繰り返した。

私はもう一度それを否定するのは違う気がした。

七生は昨日ちゃんと人の目を見て、向き合って生きていくと言った。

その言葉通り私と三太は一度だけ許された。

だけどそれは秋だけには適用されない。

七生の秋への気持ちは恋とは少し違うけど、それでも憧れている人の目は何十億人の他人の目よりも遥かに恐怖を感じる事は想像に難くない。

だったら見ないで欲しい、そっと遠くで憧れてるだけでいいと思うのは当然のことかもしれない。

「今から仮の話をするわね?あのね、もし秋の目が七生のことを傷付けたとしたら親子共々菓子折り持って謝りに行くわ。その代わり、もしそうじゃなかったら…秋の友達になってくれないかしら?」

「ダメェ!」

なんでよ?

「好キニナッチャウ!」

めんどくさいわねこの子!

メンヘラかしら?

「いいじゃん好きになったらなったで。それの何が問題なの?」

「……ハッ!…別ニ…問題…ナカッタ…」

でしょ?

推し活も良いけど恋愛はもっと良いわよ?

それこそ学生生活の醍醐味じゃない。

「片想イ……ソレモ…悪クナイ笑」

「なぜ成就しない恋をそんな嬉しそうに語れんの?別に良いじゃない両思いだって」

七生に寄り添ったいい返答だったと思うのだが、彼女は肩をすくめ苦笑いするのだった。

「花サン…普通ガイイヨ…普通ガイインダヨ…私ナンカジャナク…普通ガイイ…可愛クテ…背ガ高クテ…頭モ良クテ…オッパイ大キクテ…オシリモ大キクテ…腰ガ細クテ…色気ガアッテ…丈夫ナ体ヲモチ…味噌ト少シノ野菜ヲ食べ…友達ガ多ク…働キ者デ…料理ガ出来テ…子ドモガ好キデ…子ドモカラモ好カレテ、、、」

「普通じゃないからねソレ」

途中宮沢賢治いなかった?

「私が秋の相手に何かを求める事はないけど、秋が選ぶ人なら別に普通じゃなくていいよ。容姿なんてどうでもいいし頭だって悪くていい。なんなら人を殺しててもいいしお化けだって構わない」

あの子が選ぶ子なら誰だっていい。

たとえ生きてなくたって、秋がそれを決めたなら私は何も言う気はない。

そばで見てて辛いけど、それでもあの子がまだ好きなら私はそれをやめてだなんて思わない。

「でもね…本当は1つだけあるの。秋の相手に求める条件」

「聞イテモ…イイ?」

「秋より先に死なないこと」

「死ナナイ…コト…」

「うん。あの子はもう2人も大事な人を亡くしてるの。これ以上同じ悲しみをあの子に経験してほしくない。…わかってるよ?病気なんて誰だってなりたくないし、事故で突然ってことだってる。あの子の好きだった子がそうだったから…。それでも私は秋より長生きしてって思わずにはいられないの。もうあの子のあんな顔…見たくない」

もし同じことが繰り返され秋が私に望むなら、私は秋を殺すだろうか?

今はちょっとわからない。

でもしないとは言い切れない。

1度や2度なら多分しない。

けど3度目は…。

「ヤッパリ…私ジャナイ方ガ…イイ…」

「どうして?」

その答えを聞く前に瀬戸家に大きな声が響き渡った。

「ヤス!そいつを捕まえろ!」

「ボディチェックすり抜けて屋敷の中入りやがった!」

「大広間には入れるな!」

「誰でもいい、死んでもそいつからお嬢を守れ!」

え?なに?なに?

もしかしてまたカチコミ?

咄嗟に七生の前に体を入れ盾になる。

守りながらの制圧は無理だけど絶対この子に傷ひとつ付けさせない。

「大丈夫ぅぅぅ!私が七生をぉぉぉ!死んでも守るからぁ!」

外の組員に届くよう怒鳴った直後、大広間の襖が乱暴に開かれた。

その先に立っていたのは充血した目を爛々と見開き髪はボサボサに乱れハァハァと息の荒い1人の女性。

殺気立ってはいるが攻撃の意思はないと確信しホッと胸を撫で下ろす。

「大親分っ!………大…親……うわああああん!!!」

大親分の亡骸に飛び込み、その胸で子供のように泣きじゃくる。

「おうどうしたカチコミ………あぁ、そっか…そっかそっか。おいお前ら、コイツに害はないから安心しろ」

遅れてやってきた三太が事態を把握し組員を落ち着かせる。

大道寺組の若い衆は荒い息を整えながら『へいっ』と短く返事をして屋敷の外へと戻っていった。

「花、2人っきりにさせてやろうぜ」

そう言うと三太もどこかに消えてしまった。

「ごめんね七生、驚かせて。大丈夫だから向こうに行こ?ゆっくりお別れするんだよ、アリス」

私が肩に手を置くと泣き声はより一層大きくなった。

アリスにとってもこれが2人目の大事な人との別れ…。

きっと歳を取るたびにその別れの数は増えていく。

それが普通でよくあることで特別でも何でもなく当たり前に訪れる。

それでもこの悲しみに慣れることはないと私は思う。

だからアリス、いっぱい泣くといい。

大親分も今日だけは許してくれると思うから。

>

>

>

「花サン…アリスサン…知ッテル?」

私は瀬戸家にあてがわれた部屋に七生を連れてきた。

朝起きて布団を畳んでおいたので一応大人としての面目を保てたことにホッとする。

「アリスは私と三太とモジャの同じ学校の友達なんだけど…むしろなんで七生がアリスのこと知ってるの?」

「私ノ…法定後見人」

それも祝人の差金だろうか?

まぁきっとそうだろうな。

でなきゃ東京で弁護士をしてるアリスが瀬戸で七生の後見人になるはずもない。

「もしかして養子縁組の話を進めたのもアリス?」

「細カイ手続キ…アリスサン」

「七生の親になる人達って姐さんの古くからの知り合いって言ってたよね」

「ソウ…姐サント…主任ノ友達」

主任?

あぁ、あの腐れ外道のことか。

「アリスサンモ…桐島サント…仕事シテタ…」

桐島さんって人が七生の新しい親になるのね?

姐さんが信頼してる人だから間違いはないだろうけど、ひとつ腑に落ちないことがある。

「その桐島さんって方、昨日通夜にいた?」

たとえ血は繋がってないとはいえこれから迎えようとしている子がお世話になってる人が亡くなったんだから来るのが筋じゃない?

「ウウン…桐島サンノ…仕事上…ヤクザトノ繋ガリ…タブー」

七生、ヤクザとの繋がりがタブーじゃない業種って本当はないんだよ?

「何をされてる方なの?」

「何故イマ…アッコサン?」

「モノマネしてない。仕事何してんのかなぁ?って」

「芸能…事務所」

あれ?

ちょっと待ってよ?

桐島…桐島…確か永澄と乃蒼の事務所の社長も桐島って言ってたような?

そうよね!永澄もお母ちゃんの知り合いの事務所だから安心って言ってたもんね。

世間って狭い…のか、それとも全部誰かが何かしらの目的で狭い世界に当てはめているのか…。

あの人畜全害ゲロ野郎ならやりかねない。

トントン、と襖をノックする音がして返事をするとそのままヤスの声がする。

「すいやせん、こちらにお嬢いますかね?」

「ハイ…」

「開けるぞ」

とヤスとは違った声がして襖が開くと、そこには人心理解不能野郎が立っていた。

七生が一生懸命立ちあがろうとしている隣で私は顔の右側が醜く歪むのが自分でもわかった。

「おいおい、随分とご挨拶なご尊顔だな笑」

「うっさいバカ!アホ!ゴミ!誘拐犯っ!」

「もう少し待ってなって。そろそろ帰ってくるから」

えっ!♡

帰ってくりゅの?

秋たん帰ってくりゅ?

「シュニンッ!」

秋の帰りを仄めかされて浮き足立ってた私の視界に信じられない光景が飛び込んでくる。

七生が祝人の腰のあたりに飛びついて満面の笑みを浮かべていた。

「杖なしでも歩けるようになったのかい?」

「家ノ中ナラ…外ハマダ無理…」

「上出来だよ。半年前まで車イス使ってたんだから」

「モウ車椅子…乗ッテナイモン!」

祝人に向ける膨れっ面は初めて見る七生の表情だった。

「リハビリも頑張ってるみたいだけど勉強の方はどう?ちゃんと宿題やってる?」

「ヤッテルケド…主任ノ…難シイ…」

「久しぶりにみてあげようか?」

「エッ!?…イイノ?」

「いいさ、こうやって会うのも久しぶりだから」

「ヤッタ!笑」

姐さんの時よりも気を許した笑顔…。

「じゃあ花、このチビ助連れてくぞ」

「私…猫ジャナイ…」

「猫の方が手間かからないんだけどなぁ」

「オマエチョット…便所…来イヤ…」

トイレに行ったかどうかはわからないけど、呆気に取られる私を尻目に2人は部屋から消えてった。

え?……祝人が懐かれてる?

嘘でしょ?そんなことってありえるの?

「お〜いどうした口開けたまんまアホ面して」

馴染みのない声。

けど懐かしい声。

髪はヤンチャな七三でアゴ髭を生やしたガタイのいい大男が私を見つめていた。

「久しぶりだなぁいくつになったよ?」

「三十路過ぎの女に歳聞くなんて失礼よ、渡辺さん」

「アホ言うな笑、女は30過ぎてからが1番いいんだぞ」

3でアホになるキャラはもうやめたの?

けどその方がいい。

本家ももう噺家さんになってることだし潮時だよ。

「けどそうかぁお前もう30過ぎたのか…。直美の歳追い越しちまったんだなぁ」

そうだよ…。

私らね、もう直美さんより長生きしちゃってるんだよ。

「昨日昼過ぎに直美の墓行ったんだが、花と団子が供えてあった。あれ、お前らだろ」

「好きだったでしょ?ふく屋の草だんご」

「団子は丸いからゼロカロリーだってアホみたいな事言ってバカみてぇな量食ってたからなぁ。そりゃ太るわな?がっはっはっは笑」

私は渡辺さんが豪快に笑うのが好きだ。

けどそれを見るたびに聞きたくなる。

ねぇ渡辺さん、本当に可笑しくて笑ってるの?

それとも悲しみが復讐に変わっていかないように無理やり笑っているの?

「そういや遠山さん裏通夜に来たんだって?」

「うん。仕事があるからって深夜に帰ったけど」

「御大と稲田の会長も来たそうだな」

「2人とも渡辺さんに会いたがってたよ」

「会いたかったが1人ずつでいいな。みんな揃うと濃過ぎてなぁ笑」

私もできれば1人ずつが良かった。

会いたかった人に会えたから嬉しい気持ちはもちろんある。

けどみんなで会うとどうしても…。

ましてやこの場所なのもなおさらだ。

1人ずつ、もっと違う場所でだったらこんなに悲しい気分にはならなかったのに。

「今日の葬儀、お前らも出るのか?」

「そのつもりで残ったんだけど」

「ま、お前らは大丈夫か」

「大丈夫って何が?」

「今日の葬儀、コレもんしかいないからよ?」

スッと人差し指で頬を斜めに切る。

「瀬戸組全ての組員がお前らに好意的とは限らない。ましてや15年前のあの頃より後に入ってきた奴らも多くなったしな」

「でもウチら豪ちゃんや姐さんの友人なんですがそれは…」

渡辺さんはわかりやすく困った顔をする。

「俺らは任侠を重んじている。任侠とは思いやりを持ち義に生きるという意味だ。任侠は生き方の指針だが中には己の欲望を満たす手段とするべく組に入った者もいる。やり方が古い、金が稼げないと陰口を叩いてる奴もいる。組織がデカいと一枚岩って訳にはいかないのさ」

「もしかして大親分がアリスに遺言状を預けてたのも、渡辺さんと祝人で護衛しながら連れてきたのもそういう…?」

「便宜上遺言状と言っているがあれは今後の瀬戸組の組閣人事が書かれているはずだ。中身は俺らも知らない。おそらく親分や姐さんでさえ知らないだろう。相談役という名誉職に退いてはいたが大親分は瀬戸組の屋台骨だった。今の幹部連中も半分が大親分の推薦だ。これはあくまで俺の予測だが次の幹部も半分は豪四郎親分の派閥から選ばれるだろう。だが万が一遺言状が消失した場合、力のある奴を選ぶことになる。その中には抗争を望む奴、もっと金を稼ぎたい奴、それと…クスリに手を出したい奴もいるだろう」

クスリは瀬戸組の御法度なのにその禁を破ろうとする者がいるの…。

「豪ちゃんがトップなんだから豪ちゃんが決めるんじゃないの?」

「幹部全員がイエスマンなら組織は腐る。反対勢力が同程度の力があるから多角的に物事が見えるんだ。とはいえ、見ている未来が違えば指針も手段も異なる。そういう人間が幹部に多くいればいくら親分でもNOとは言えない」

つまり瀬戸組がクスリを扱う未来もあり得るってわけか…。

そうなってしまったら豪ちゃんはどうする気だろう?

姐さんは?渡辺さんは?

マサはどうするつもりなんだろう?

流れに身を任せるような4人じゃないし、最悪の場合瀬戸組が2つに割れることもあり得る。

そうなれば同じ組の中で抗争だって起きるかもしれない。

「あの頃だって一蓮托生ってわけじゃなかった。だが今はもっと複雑化している。親分や姐さんの客人だからといって身の安全が保障されてるわけじゃない。だが…役職がついているような古くからいる奴らは三太が組対4課にいたのを知っている。気に入らなけりゃ法の枠を超えて制裁を科すあいつの怖さを忘れちゃいるまい。それに山崎からも昨日連絡があって遅れるが今日こちらに来るそうだ。瀬戸組監査部執行係で『静粛さん』と呼ばれ組員から恐れられていたのは今でも組内で語り草になっている。あいつも抑止力にはなるだろう」

ザキさんも来るんだ?

そりゃまぁ大親分最後の子分だもんね、引退してるとはいえそりゃ来るよね。

「けどまぁ、あいつ1人いりゃ山崎も三太もいらねぇがな」

「あいつ?」

「祝人だ。今年の春頃に横浜のメキシカンマフィアが壊滅されただろ?」

記憶を辿る。

けど秋がいなくなったショックで春頃はあまり覚えてない。

「夏には東京でコロンビアのマフィアも倉庫ごと爆破された」

知らない。

てか何の話してんの?

「あれあいつが1人でやったんだとよ」

「ひひひ1人で!?」

あの人…人格が怖いんだけじゃなく暴力的にも怖い人だったの?

やめてよ!もう強気で暴言吐けなくなるじゃない!

インテリはインテリらしく暴力はからっきしでいてよ!

「そんな祝人もいるわけだしお前は大丈夫だ」

いやヤクザよりも祝人が怖いよ。

祝人からも守ってよ。

今1番祝人にケンカ売ってんのこのあたしだよ!

「ところで…あいつは来ないのか?」

「あいつ?…冬馬のこと?」

「いやそいつはどうでもいい。ジェームズ追いかけてイギリスまで行ったマキだよ」

「あぁ、マキは…どうだろう?久しく連絡とってないからなぁ」

「あいつこそこんな時じゃないと会えないんじゃねぇか?」

「大親分の葬式を同窓会みたいに言わないでよ」

「いや、大親分が俺達を再会させてくれたんだと思うぞ?俺はそう思ってる」

「…だったら大親分が生きてる時に集まりたかったよ」

「そうだな…ホントそうだ」

誰かの死はそれまで会わなかった人と人とを繋ぐ。

切れかけた縁を再び結び直してくれる。

生きている私達のために命の代わりに残してくれた置き土産として。

そして私達は気付くのだ。

自らの愚かさを。

人は虚う。

人は迷う。

だからこそ手放してはいけないものをその手に握っていなければならない。

だがたとえそうやって生きていてたとしても、人はまた簡単に誰かを失ってしまう。

人とはそういう生き物なのだ。

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